
半村良が1975年に書いたSF「死神伝説」を読む。
大気汚染が進み、光化学スモック注意報が発令されると、倫理観が極端に薄れ、青年期の人たちは快楽におぼれるようになる。
原因は退廃した日本を何とかしようと、国を影から動かすフィクサーたちが、神経に作用する微量物質をガソリンの添加物に配合して拡散したため。
このままではいけない、何とかしなければと世論が形成され始めたころに、逆に作用する物質を撒き、集団主義&規制の時代に入っていく。
それを阻止し、自由を取り戻そうとする嵯峨野は、実はフィクサーの一族であり、彼は殺されることなく、彼を取り巻く人達がすべて殺されてしまう。
といった、ストーリーなのですが、決して30年前以上昔の話ではなく、現状は小説以上に退廃している。
秋葉原で集団殺人を起こしたり、いたいけな少女を監禁したりする事件を聞くと、そういった事を知恵付けるビデオやゲームを取り締まるのは当然だとは思う。
しかし、9.11事件をきっかけにアメリカでは盗聴が合法的に行われるようになり、テロ対策という名目の元に戦争が合法化されている状況を見ると、取締りが極端化するのも考え物だ。
自由と規制をどうバランスさせるかの兼ね合いが、求められる。