
平和ボケしている日本にとっては衝撃的な内容である。
北朝鮮の兵士は手刀を鍛えるため、豆の入ったバケツを突く。一日突いていると爪が剥がれるが、それでも突いていると新しい強い爪が生えてくる。一ヶ月も突き続けると次は豆を砂に変え、さらに石に変えて鍛える。そうして鍛えた手刀はもうナイフと同じであり、人の身体くらいは簡単に突き通す。
感情を殺すことも厳しく仕込まれ、何日も連続した行軍にも平気であり、2時間だけ休め、と言われると正確に2時間熟睡して回復させる。
戦争状態になるとたった10秒間の休みによって脳を休めるのだそうだ。
そうして鍛えられたコマンドが9人進入し、福岡球場を占拠し観客3万人を人質に取る。政府が何も手を打たない間に、木で作った12艇の輸送艇がレーダーをかいくぐって空港に降り立ち、500名の部隊となる。
相変わらず日本政府は何もせず、波及を恐れて福岡市を封鎖する。
福岡市民が人質となって何も手が打てないまま、北朝鮮からは12万人の部隊が出発した。
北朝鮮は、この部隊は反乱軍であり必要ならば反乱軍への攻撃に参加する、と表明するため、北朝鮮からの侵略戦争と抗議することも出来ず、12万人の船隊をただ追跡する。
最後は、北朝鮮とも日本政府とも全く関係のない武器収集や毒虫を育てていた狂気集団が彼らを破滅させて終わるのだが、無防備で何も決断できない日本の状況は非常にリアルであり、いつ現実化してもおかしくない。
武装した集団が悪意を持って入国して来たら、自衛隊、海上保安庁、警察はそれを阻止出来るのだろうか。
民間人は、実際に危険がないときには、何でも反対行動を起こすことは出来るのだろうが、その結果自分の身に危険が及ぶことが確実な時に身を挺して阻止することが出来るだろうか。身を挺すれば阻止できる可能性が高いときはまだしも、単なる無駄死にが確実な時に、行動する事が出来るだろうか。
それは不可能であり、危険から少し距離を置いたものが判断し行動をしなければいけないのだろう。
何かを守るためには何かをあきらめなければいけないことが殆どだ。
今回の場合は、初期段階としては3万人の人質を犠牲にして福岡市民を守る。次の段階では福岡市民を犠牲にして大多数の日本国民を守る。そういった取捨選択が出来るだろうか。
現実的には第二次世界大戦時にドイツ軍に対してパリ市民は地下に潜行して戦ったように何とか生き延びつつ抵抗していくことをやっていくしかないのではないだろうか。
しかし、そのためにも身体を鍛えいろいろなリスクに備えておかなければならない。平和ボケした我々は武装し鍛え上げられた兵士の前ではあまりにも無力である。