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カテゴリ 読書 購入 所有 お気に入り 1 - 30件目 / 78件
Civilization and Capitalism, 15th-18th Century
Fernand Braudel / Fontana Press (1985-10-28) / 2,311円1 users
タグ 歴史 社会 経済 カテゴリ:洋書 洋書 / Nonfiction 更新日:2012年05月11日 10時21分52秒 2012/05/11
所有 読中: 
・Ch5.《技術の普及:エネルギー源及び冶金学》
・馬の利用及び国際的伝播(344~352)
中世イタリア商人の世界―ルネサンス前夜の年代記 (平凡社ライブラリー)
清水 広一郎 / 平凡社 (1993-06) / 1,404円19 users
タグ 歴史 経済 社会 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 世界史 更新日:2012年03月08日 14時59分38秒 2012/03/08
所有 読了:  2012年03月06日
・【マキャヴェリ全集】第三巻フィレンツェ史の訳者解説の中で、マキャヴェリが「フィレンツェ史」第二巻の執筆に際してジョヴァンニ・ヴィッツラーニの【年代記】を典拠にしたと言及している。ヴィッツラーニは、銀行家あるいは両替商を主要業務として人物で、広くヨーロッパを歩きまわり、フィレンツェ共和国の総代に三度も就任するなど、当時の最も経験豊かな市民の一人であった」云々と紹介されている。本書は、そのヴィッツラーニの【年代記】を中心に据えた中世の商人及び商業世界の研究書。

******************************
・イタリア内部は、都市国家に区々に分裂し、他都市の市民と激しく争っていた。しかし、いったん「外国」に出れば、彼らは「ロンバルディア人」として一括して扱われることが多かった。22.p[ロンバルディア;イタリア北西部、現在もロンバルディア州があり、州都はミラノ、地図及び歴史は参照
・中世商人には「企業家精神」に立脚した合理性が完全に欠如していたとするゾンバルトの主張に耳を傾ける者は、実際に当時の文書に接した者の中には一人もいない。25.p
・商人の子弟は6歳頃から読み書きを習い始め、4~5年間の勉強をする。その後二年ほど算術の学校に通ってから、12~14歳で実業の道に入るのが普通だったらしい。尤も、算術学校まで通えた者の数は極めて限られていた。37.p
・クレトーの闘い(参照)、1302年;ブリュージュ市民とフランス軍との戦い、ベルギーの歴史家ピレンヌと仏人歴史家ブレンターノとの解釈との対立、52~63p
・13世紀後半、遍歴商人から定住商人への移行期、旅の様子、78~86p
・14世紀は中世最大の不況期、先進商業都市で、商人の破産が相次いだ。91.p(百年戦争、黒死病による人口の急減。1315~から凶作、飢饉、疫病、労働人口の減少による生産力低下が相次ぎ、1340年代にはこれらが一挙に深刻化した。145.p)
・14世紀初頭、アヴィニョン、教皇座の存在都市、金融業の中心地、93p
・結婚契約書、118.p(下女を兼ねた現地妻を迎える場合の契約形式)
・中世都市は、自由なる民衆に立脚した共同体であると意識され、その運営は市民が分担して行うものとされていた。127.p
・1339年以降、天変地異が相次ぐ、都市国家は危機に見舞われる、それまでは覆い隠されていた内部矛盾が噴出する。市民は「都市国家の権力を一人の手に集中することによって、この事態を乗り切ろうとした」、アテネ公を推戴し、結果、今まで後と権力を失い、やがて彼に反抗して蜂起する。152~164.p
・「法」に対するゲルマン地域とラテン地域の感覚mentalityの(対照的な)相違、188.p
・記録への執念;記録、契約書、公証人、リコルダンツェorリコルディ、186~206.p
世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計
読了:  2011年01月08日 お気に入り
・11/01/05、岩槻図書館で借りる。一読思わず惹き込まれる素晴らしい業績だ。最近170年間の世界全体を対象とした俯瞰的観察は、様々な示唆を与えてくれる。
・所得成長、経済成長に影響を及ぼした諸要因、経済発展の諸段階の三章に分けられ、地域別・各国別に主要統計が提示されている。このような分析部分は本書全体の三分の一で、残り三分の二は典拠及び統計資料で占められている。
・本書は、いわば汲めども尽きない地下資源のようなもので、本書から「何を汲み出すか」は(提示された統計資料は、もちろん荒削りの鉱物資源のようなもので、実際にはいろいろな精錬過程が必要かも知れないが)読者自身に委ねられている。

・長期的に見た世界の格差は拡大傾向にあるが、1950年以降は、逆に、かなりの格差縮小傾向が見られる。10.p
・アジアの全世界の産出量に占める割合は1820年の58.3%から1950年の19.3%に減少したが、その後1992年には36.7%に急上昇した。西ヨーロッパの割合は1820年には19.1%であったが、18710~1913年の期間には27%と頂点に達した。その後減少し1992年には18.9%である。アフリカの割合は1820年は4.7%から1992年は3%に減少した。20.p
世界の地域的統合、1820年には輸出は世界産出高の1%、1913年までに8.7%に上昇、1913年から1950年までは新重商主義の時代とも呼べる最悪期、50年以降は急上昇して、1992年の世界の輸出/GDP比は13.5%、31.p
・(1820~1922年の)170年余りの間には、1820~70、1870~1913、1913~50、1950~73、1973~92というそれぞれの特徴を持つ五つの「局面」が見られる。71.p
カール・マルクスの生涯
読了:  2010年12月27日
・岩槻図書館で借りる、10/12/25、
『マルクスの「資本論」』の著者による伝記、マルクス主義の信奉者ではないが、思想史における「資本論」の正当な位置づけに虚心坦懐に立ち向かっている姿勢は、マルクスの人間像に新たな光を注ぐものと期待した。僕の知り合いの医学者はマルクスを評して「自分の家族も養えない甲斐性のない碌で無しの男」と呼んでいた。彼には、下品な品性の持ち主にかくも崇高な作曲の才を授けた神の不条理を嘆くサリエリがモーツアルトの音楽を理解したほどにはマルクスの理解には遠く及ばなかったのだろう。ともあれ、この本の解説者高橋源一郎が「この本の著者は、この伝記から、何を読み取ってもらいたいと考えているのか?それは、人間マルクスの欠陥である」と書いている。が、これまた一面的ではないかと、僕は思う。むしろ矛盾に満ちた多面的性格をありのままに描き出した、そこから何を酌み取るかは読者に委ねられている。
マルクスの『資本論』 (名著誕生)
購入:  2010年12月11日 1,575円 所有
読了:  2010年12月14日
◆訳者の中山元の語り口が好きで、中山さんの著作一覧を見ていて、たまたま目についた本書を読んでみた。Amazonの「資本主義」という怪物を主人公とした小説として読みなおし、という紹介も興趣をそそる。
・この書物のテーマは、まだ私たちの生活を支配している問題でもある。「資本主義が生き続けているのに、『資本論』が死ぬなどということがあり得るだろうか」というマーシャル・バーマンの疑問はもっともなのだ。10.p
・マルクスは生まれ落ちた瞬間から、既にアウトサイダーだった。14.p
・(弁証法の使用価値)予測が外れて嘲笑されるかも知れない。その場合には、弁証法を活用すれば、抜け出せるのだ。事態がどちらにころんでも、上手くいい抜けられるように言葉を選んでおいた。89.p
・マルクスのお気に入りのモットーは、全ては疑いうるだったが、共産主義のロシアでこのモットーを実践して生き延びた人はいない。マルクスが実践したマルクス主義とは、イデオロギーと言うよりも、批判的なプロセスであり、弁証法的な議論を継続していくことであった。138.p(マルクスの名のもとに生み出された体制が、マルクスの精神とは本質的に相容れないある種の神政国家に堕してしまったのは、歴史的必然の体現という認識そのものに胚胎している。
溪内 謙 / 岩波書店 (1970-11-05) / 3円3 users
タグ 歴史 経済 社会 政治 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 古書 更新日:2010年10月18日 12時24分40秒 2010/10/18
所有 読了:  2010年10月18日
・再読、1926~29年の農村の政治的展開の分析。
・27年末からの穀物調達危機を通して、28年1月以降非常措置が実施された(「非常措置」の具体的分析・実施過程の状況は、391.p以降)。非常措置の実施を通して、党組織及び国家組織の組織原則は抜本的に侵犯され、また党と国家との機能上の区分は事実上消滅する。当初、異例の措置として実施された憲法的組織原則の侵犯は、非常措置そのものが常態化していく過程で、ソヴィエト国家と党との新しい組織原則、スターリン政治体制の構造的原理と化していくのである。361.p
・ソヴィエト史における重要な(政策的)転換は、これまですべて穀物問題と密接に結びついていた(戦時共産主義の食料徴発制、ネップの食糧税、24年秋の新政策etc)。穀物問題は経済政策的問題にとどまらず、優れて政治的な問題であった(都市の党であり、農村に社会的支柱を欠いている。農民を体制側に如何に引き寄せるか)。穀物問題の経済的側面と政治的側面は二律背反的に現れてきた。364.p
・(穀物調達危機の性質めぐる)ブハーリン派とスターリン派の分岐は、28年前半には存在したが、表面化せず、外見的にはブハーリン的観点で統一されていた。7月の党中央委員会総会で、初めてスターリンとブハーリンの先鋭な対立が伝えられ(あるいは表面化し)、11月の党中央委員会総会以降は、危機の原因についてのスターリン的観点(もっぱら政治的に捉える)が支配的になる。368.p...ルイコフが原因を「経済的」側面に限定したのに対して、スターリンは、クラーク、調達機関、党、貧農、農村の階級闘争など政治の次元に焦点を収斂させた。374.p
穀物調達危機の深刻化に伴い、調達の自発的・経済的手段に代わって、強制的・権力的手段が「非常措置」として導入された。最初は、一時的・例外的「措置」とみなされたものが、穀物調達危機の常態化に伴って常態化し、やがて原則として定着した。従って、この時期(27-28年)の穀物調達危機をめぐる「非常措置」は、スターリン政治体制(むき出しの暴力的措置を根幹とする権力支配)への決定的な転機とみなすべきか。
・(28年1月以降)都市と農村の結合の基本形態として、これまで維持されてきた原則、経済的には市場関係を媒介にする原則、政治的には農民の大多数に権力的強制の適用を行わず、説得と合意の調達とに基づいて農民との協力関係を確立しようとする原則の否定、420.p
・農村からの「余剰貨幣」の引き揚げ措置、債権の発行&割当、自己課税、租税その他の農民の支払金の徴収。本来的には、工業化のための資本蓄積の必要という観点から発想されていた(いわゆる「社会主義的原蓄」)が、調達危機が深化するのに伴って、当面の危機打開の方策に結び付けられ、それと共に農民の自発性尊重の原則は軽視され、強制力の行使もやむを得ないという観点が優位を占めるに至った。421.p
・自己課税、伝統的な農民の共同体における自治の物質的基礎を確保する手段として古くから発達していた制度で、各農家が村落の管理のための費用、労役を分担するもので、貨幣、現物及び労働の三種類の分担方式があった。この課税を拘束したのは、国家権力ではなく、共同体の伝統的な力であった。..当初は維持されたが、..1924年になって、国家財政の体系化、統一化の過程が農村まで下降していくのに伴い、国家権力との統一性に矛盾する制度として批判された。428.p..1927年8月「住民の自己課税について」の全連邦的立法、432.p..(28年の自己課税カンパニアと共に、自治的・自己管理的性格は否定され、国家財政の一部に組み入れられ、権力的・命令的・強制的・懲罰的な徴発に変わっていく。443-455.p参照)
・土地政策に関する階級的方針、(穀物)調達カンパニアに関連して提起された土地政策に関する階級的方針とは、具体的には、主にクラークの土地利用の制限の強化とクラークの土地余剰の没収(455.p)、地方の活動家にとってクラークとは誰であるかの基準は明確でない場合が多く、たとえ基準が明確にされたとしても、商品穀物の主要な保有者が中農である以上、調達目標の早急な達成という目的からすれば、適応をクラークに限定することは困難であった(458.p)。
・非常措置の核心は、投機抑圧を規定した刑法107条を、穀物調達のために、穀物を隠匿または投機したとみられる農民に広く適用したこと(457.p)、ウクライナでは穀物摘発のための家宅捜索、農民の逮捕、没収の措置が広く適用された。これに併行して、穀物を隠匿または投機した者に対する効率の自己課税その他の賦課、多額の債権の割当、土地の没収などが行われた。このような措置は27年末までは、スターリンを含めた党主流派によって戦時共産主義政策への復活として、左派に対する攻撃の口実に利用され、非難されていた(458.p)。
・非常措置の性格、「行き過ぎ」「臨時的・一時的」をめぐって、「28年以降の党内闘争の重大な争点」になる。463.p
・4月総会の決定は「穀物調達における困難の解消に比例して」非常措置がなくなる見通しを述べたが、4月以降党の予想に反して穀物調達は一層激化した形で再現し、農民の備荒用の貯蔵穀物までも調達の対象とされるにいたり、そのために非常措置が反覆され、行政上の専断行為が行われ、革命的適法性が侵犯され、農戸の戸別巡視、不法な家宅捜査などが行われ、これが国の政治情勢を悪化させ、労働者と農民の結合が危険にさらされるに至った。466.p
28年1-3月の調達カンパニアの中間的、過渡的性格:4月総会の決定の一節(第15回大会のスローガン「クラーク層に対する攻勢をさらに発展させよ」は、大社会主義工業と小農経営との結合の唯一の正しい形態であるところの「新経済政策」を基礎としてのみ、またプロレタリア国家の革命的適法性の厳格な実行に基づいてのみ、実現される)に表現されている。504.p、◆参考:28年1月の調達実績(491.p)、2月の調達実績(495-496.p)
農村における階級関係の実相:1929年末の集団化の急激な展開とそこに至るまでの発展とを農村における階級分化の自然発生的深化もしくは農業生産力と農業生産関係の矛盾の発現として捉えることは、事実を正しく認識するための接近とはなりえない。政治過程に浮上する農村の政治関係は、貧農間の活動に典型的な例を見るように、農村外からの階級的な組織化あるいは抑圧というすぐれて政治的な働きかけに常に関わっていたのであって、上からの政治的な働きかけを別として独立した階級関係の実在を客観的に確認することはほとんど不可能、539p(やや迂遠な表現を取っているが、要するに、クラーク、中農、貧農という階級的区分は農村の社会関係の実相を反映するものというより、政治的要請(ないし配慮)から生じた恣意的分類だ、ということではないか。恣意的性格については、第四章の2、「クラーク」598-626.pで具体的に分析されている。
農村の社会主義化:第15回党大会は「農村の社会主義化」を基本的任務として掲げた。その実際の過程は、「大局的に見て、貧農、バトラーク間の活動の本来的目的、すなわち、農村内部における農業の社会主義化のための主体的勢力を形成し、これを中核として農民の大多数を結集して、彼らの合意と支持を得て漸進的集団化を実現するという目的は、活動が先鋭な危機を打開するための諸方策に連結されることによって後景に退き、さらにこれらの方策実現のための手段、方法がこの活動に浸透することによって、この活動に本来的に含意されていた下からの自発性の契機は、上からの行政的方法、強制にとって変わられいったのであった。545.p
伝統的な農村共同体と村ソヴィエト、ストルイピン改革後、農村共同体は急速に崩壊し、10月革命までに農民経営の半ばが共同体を離れていた。しかし革命後、急速に復活し、農村における支配的な土地関係、社会関係になった。復活の要因として(取り敢えず)考えられるのは、エス・エルの綱領に基づく土地改革実施、共同体的土地再配分、戦時共産主義下の商品流通の制限、革命前の共同体的関係解体の不完全性、ロシア農民のオプシチナ的集団主義の精神、639.p
・(伝統的な農村共同体が存在する。それに対して、革命は階級的・自治的な農民組織を結成し、取り敢えずは伝統的農村共同体を破壊しようとまでは意図しないまでも、それに代わる階級的自治組織を結成しようとした。実質的に成功しなかったことは)第15回党大会以降村ソヴィエトの指導制の強化のため、その物質的基礎の強化、特に村ソヴィエトの独自予算の確立が叫ばれたが、1926-27年に、ロシア共和国の5.7万余の村ソヴィエトのうち独自予算を持つのは3%に過ぎなかった。647.p


◆年表
1927/08/24、全連邦的立法「住民の自己課税について」、432.p
1927/12/02-12/19、第15回党大会、政治報告(スターリン)、五カ年計画作成のための指令(ルイコフ)、コミンテルンのソ連代表団の報告(ブハーリン)。穀物調達危機に関してはルイコフ&ミコヤンが触れる。356.p
1928.02/13、政治局指令、494.p
1928/03/22、全ウクライナ中央執行委員会「不法に占拠された土地余剰の摘発と没収のための措置について」決議を採択、456.p
1928/03/24&6/21、全露中央執行委員会幹部会付属の土地係争最高統制特別参与会総会の決定、クラークの土地利用の制限強化、455.p
1928/04、党中央委員会・中央統制委員会合同総会、466.p
1928/12/15、土地立法の成立、678.p
パックス・アメリカーナの形成―アメリカ「戦時経済システム」の分析
河村 哲二 / 東洋経済新報社 (1995-04) / 3,990円2 users
購入:  2010年02月 3,990円 所有
読了:  2010年10月01日
・GNP及びGNPデフレーターの変化率(四半期別前期比、1875~1983年)、10.p⇒戦時を境に景気循環(のパターン)は変化する。⇒「資本蓄積体制の変容」という認識
・戦時期の連邦政府財政(40~48年度)、60-61.p⇒日本のそれと比較せよ。
・第一章は、軍需生産(自国のみならず、レンド・リース計画による連合国援助、54.p参照)による国民総生産に占める国家の比重の著しい肥大化を金融・財政面から裏付ける。
・軍需生産の拡大と共に、それに対応する社会的な生産管理体制の整備が不可欠の要請となる。資源及び労働力の社会的配分の計画的調整ないしは統制(第三章の分析課題)
1.生産能力に余剰がある場合、「40年5月以降の再軍備プログラムの定式化とそれに伴なう軍需発注の拡大は、供給体制の制約や限界をすぐには顕在化させなかった。30年代以来の過剰生産能力・余剰労働力が存在しており、概ねこうした余剰部分の吸収で対応できた」135.p
2.余剰能力が解消するに伴い、インフレーションの顕在化及び「優先支援」(または個別的「優先統制」方式、134.p参照)の膨大化、事務煩雑化、136.p⇒物資フローの統制面で、41年後半期に、単なる優先統制の手法を超えて、「基礎資材の全般的配分統制が導入され、参戦期の後半にかけて確立されていった」136.p
・戦時生産の拡充に伴う労働力の再配分(1941年末と42年末の比較)、戦時生産の従事者数は480万から1130万に+630万(総労働者数の29%)、軍隊は210万から700万に+490万、合計1120万。これは労働力の新規追加+390万(うち170万は女性)、民生産業からの転換375万、失業者の減少で230万、自営業からの転換で100万などによってまかなわれた。175.p
・第二次大戦期のアメリカ戦時経済の特徴は、次の二点に要約される。1、基幹的な重化学工業で支配的地位を確立していた戦前来の大企業・巨大企業に直接依存するものであった。2、そのような産業体制を前提にして機能する「市場メカニズム」を、かなりの程度利用して「戦時経済システム」は機能した。228.p参照(かなり常識的な指摘、実証分析以前に一般論として予想しうる内容のように思われるが、さて、どうだろう?
- 1 users
タグ 経済 金融 市場 歴史 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年07月02日 05時10分54秒 2010/07/02
読了:  2010年07月02日
・30年代前半、急激なデフレからのV字型脱却、特異な物価変動の定量的分析が狙い
・この時期の物価変動の主要な要因、日本の物価に対しては、海外物価要因や為替レートが相対的に強い影響を与えていたことが確認できる。これに対して、残りの3つの変数が及ぼすインパクトは、いずれもプラスの方向で有意ながら、前2者に比べれば格段に弱く、おのおのの影響度の強さは、output gap、金融変数、財政変数の順になるとの結果が得られた。
・高橋財政」期のデフレ対策、具体的には、①金輸出再禁止(31年12月13日)と銀行券の金兌換停止(金本位制離脱、同年12月17日)後の為替レートの下落放任、②日銀による金融緩和の推進8(32年3月以降)、③32年6月の32年度(昭和7年度)補正予算案の提出9と赤字国債の日銀引受け表明10、の3つである。
・物価面から見た「高橋財政」期の時期区分
(イ)第1期(1931年12月~32年12月)デフレ脱却期
(ロ)第2期(1933年1月~35年9月) 相対的安定期
(ハ)第3期(1935年10月~36年12月)物価じり高期
- 1 users
タグ 経済 金融 歴史 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年07月01日 20時03分14秒 2010/07/01
読了:  2010年06月30日
◆金本位制~国債の日銀引受実施へ・中央銀行の対政府信用に関する歴史的考察」と題する副題の付いた「金融研究」01/09月号所載のものと、その後、この論文を要約し、加筆・修正した02/10月「日本財政学会」での報告版(⇒http://www.imes.boj.or.jp/japanese/kouen/h0210.pdf)とがある。
・中央銀行にとっての「財務の健全性」とは何か?
・物価の長期的推移、1831~1999年までを、幕末維新期、金属本位制度期、管理通貨制度移行期、管理通貨制度定着期の四期に分けて、その特徴を分析。215-218.p(216.p図表1物価の推移グラフを見ての感想、戦後80年代までの約半世紀の物価の推移グラフを見慣れている目から見ると、長期的推移グラフは奇異な印象を受ける。というのは高度成長期、特にその後半はケインズ政策に基づくインフレ成長の時期と見なしていたが、高度成長と物価の相対的安定をもたらした安定成長期と見るのが当たっているように思われるから。同様に、長期的視点から90年代以降を考える際には、日露戦争後&第一次大戦後、特に20年代後半のデフレ期を参照すべきではないか?
・日銀のバランスシートと物価との関係(219.p図表2のバランスシート残高対GNP比率の長期的推移に注目すると、急激に上昇する時期は、日清戦争期、日露戦争期、第一次大戦期、第二次大戦期と90年代以降の五回しかない。前四回はインフレ期で、概ね実質GNP成長率はプラスなのに対して、今回はデフレ期で低成長期だという違いがある。この違いを、どう評価するか??要するに、日銀のバランスシート残高の急上昇にもかかわらずインフレにならないのはなぜか?⇒この最後の点に関連して第3節「中央銀行の対政府信用を巡る論点整理、242.p以下を参照
- 1 users
タグ 経済 金融 歴史 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年06月30日 11時32分39秒 2010/06/30
読了:  2010年06月28日
・「日銀レビュー」(09/04月所載)、鎮目論文
・前半は、20~30年代の簡単な総括、後半は「高橋財政」開始前後の人々のインフレ予想も主要な契機となったのは国債の日銀引受けではなく、為替レートの切り下げだったとの論点(「世界恐慌と経済政策」参照)
- 1 users
タグ 経済 金融 市場 歴史 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年06月30日 11時05分24秒 2010/06/30
読了:  2010年06月30日
・「経済研究所年報」第23号所載の鎮目論文(09/12/05の成城大学経済研究所第68回講演会)
・副題の「開放小国」の意味は「自国の政策運営が海外の動向に影響を受け易い経済」ということで、「開放」の意味は、必ずしも金本位制下には限定されないようだ。
・「高橋財政」の本質は為替・財政・金融の「マクロ経済政策全体」として捉えるべきだが、デフレ&不況から脱却するうえで、最も効果的だったのは、どの政策か?
梅田説では、国内物価に対しては海外物価と為替レートの影響が大きく、財政&金融政策の影響は相対的に弱かった。(⇒「1930年代前半における日本のデフレ脱却の背景: 為替レート政策、金融政策、財政政策」参照)
飯田・岡田説(岩田「昭和恐慌の研究」所載「昭和恐慌と予想インフレの推計」参照)では、金本位制からの離脱&国債の日銀引受による金融政策のレジーム転換によってインフレ予想が転換されたことの影響が大きい。⇒「実際に観測された卸売物価が事前に予測されていたであろう」と前提していると批判しているが、要するに前提に結論を忍び込ませているとうことだ。86.p
・金本位制からの離脱は、人々の予想がデフレからインフレに変わる大きな契機になったが、長期国債の日銀引受はインフレ予想とは結びつかなっか。88.p
・(金本位制からの離脱によって)「高橋財政」期には制度として財政規律を課すメカニズムは失われた。長期的な観点から見れば、国債の日銀引受け制度の導入は財政規律の弛緩に繋がったが、国債の日銀引受けが人々のインフレ予想を惹起させた証拠はない。92.p
・高橋個人の能力と意思に依存した財政規律は、高橋の暗殺と共に失われた。90.p
- 1 users
タグ 経済 金融 市場 歴史 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年06月30日 09時46分45秒 2010/06/30
読了:  2010年06月30日
・「金融研究」21巻2号(02/06)所載(鎮目論文)
◆要点は、戦間期までの金融政策は、1.インフレ率との関連では増幅させる方向に作用、2.通貨体制と密接に関係し金本位制&20年代の管理フロート制のもとでは、国内経済を犠牲にして為替レートの目標達成を主眼にした。金本位制離脱後は国内経済の安定を中心に据えた金融政策運営が可能であったが、必ずしもそうなってない、というもの(何故、国内経済の安定を目指す金融政策が運営できなかったか、との問題提起をしてはいるが、明示的には応えていない。「裁量的な政策運営の弾力性が確保されていたかどうか」云々、58.p参照)
20年代の評価、土屋の「慢性的不況」の時代評価と、中村の「不均衡成長」の時代評価
金輸出再禁止(金本位制離脱)後、「高橋財政」は狭義の財政政策のみならず、為替レートの円安放任、日銀引受国債を財源とする財政支出拡大、金利低下の三つを柱とする政策と捉えるべき。38.p
・金本位制のゲームのルールによる貿易収支の自動調整メカニズムに関連して、(金本位制下、1898~1914年の日本の金融政策運営の実証分析では、日銀は必ずしも「金本位制のゲームのルール」に従っていたとは見えない。⇒註22参照)日銀は国内経済の安定に配慮しながら公定歩合操作をしていたが、結果として国内経済の変動を緩やかにする作用をしたとは言えない。41.p
The Wheels of Commerce: Civilization and Capitalism, 15Th-18th Century
Fernand Braudel / Harpercollins (1983-02) / 10,095円1 users
購入:  2009年12月28日 9,795円 所有
読中: 
・25-51.p、ヨーロッパ、特にロンドンとパリを中心とした市場(特に日用品の取引)の広がり、16、17世紀の庶民の生活が眼に浮かぶように生々と描かれている。一方、金融市場は、単なる商品交換だけでは発達しない、と指摘(51.p)。
The forward market in money could only exist where there was already a highly-charged economy.Such was the case by the thirteenth century
in Italy,Germany,and the Netherlands:...
・労働力の販売、すなわち労働市場は(奴隷市場は別として)、西ヨーロッパでは13世紀には、想像以上に広まっていた。52.p
日常性の構造1 物質文明・経済・資本主義―15-18世紀
読了:  2010年01月20日 星5つ
◆さいたま市図書館、10/01/19(社会経済構成史や政治的上部構造の分析を中心とした歴史分析を、もっぱら「歴史」と見なす立場から見れば、全く異質の・時に瑣末な日常的些事の沼地に足を取られたかの感さえある日常世界が展開される。それはまさに、考古学的発掘にも等しい埋れた記録の丹念な掘り起しによって、15-18世紀に生きた人間の日常的世界の「構造」を再現しようとする至難の技とも云える試みであり、この時代の人々の息遣いを初めて、多少とも感得させる歴史的業績とも云える。
・中国においてもヨーロッパにおいても、18世紀に入るとともに砕け散ったもの、それは生物学的旧制度である。77.p(生物学的旧制度、多分、生と死との拮抗、貧民に常習的に襲いかかる死の日常性を表現しているのだろうが、その意味合いが、やや曖昧だな!!
・エリザベス朝末期に救貧法が登場した。実はこれは貧民に対抗する法律であった。西ヨーロッパ全域を通じて、貧民及び望ましからざる者のための施設が増大していった。救貧院においても、懲役場においても、被収容者は強制労働刑に処せられたのである。84.p
・人間は、当初の動物同然の状態から解放され、また他のもろもろの生物を支配して以来、それらの生物に対して捕食獣として「巨視的寄生」を実践してきた。しかし、同時に、微生物・細菌・ウィルスなど、限りなく小さいもろもろの生体に攻撃されたり悩まされたりしながら、人間自身が「微視的寄生」の餌食となってきたのである.この巨大な闘争こそ、根深いところで人類の本質的歴史をなしているのだろうか。103.p
・1782年のフランスでは、人夫なり農民なりが一日にニないし三リーブル(1キロから1.5キロ)のパンを食べるに至った。「しかし、他に食べるものがあれば、誰もこれほどの量を食べはしない。」/パンが収めたこの大勝利は、小麦がカロリーの高い食物であるのと同程度に、相対的にもっとも安い食べ物でもあるという事情に由来している。1780年頃、小麦の値段は牛・豚・羊の肉の11分の1、鮮魚の65分の1、川魚の9分の1、塩漬け魚の3分の1、卵の6分の1、バター及び食用油の3分の1であった。/「パンの値上がりは...他の食品の体温計であった。」167.p
・小麦・小麦粉・パンの三位一体が、ヨーロッパの歴史に横溢している。都市・国家・商人にとって、また生きるとは「パンにありつく」ことにほかならなかった人達にとって、この三位一体は主要な関心事であった。182.p
・小麦だと一人分の食糧しか得られない土地でも、ジャガイモならたっぷり二人は養えた。それにもまして、戦争の脅威があった。戦争は穀物畑を荒らしたからである。アルザス地方について、ある資料はこう説明している。農民がジャガイモを大切にするのは「それが決して...戦争の掠奪に曝されないから」である、と。軍隊が一夏の間畑に陣を布こうとも、秋の収穫まで台無しにされることはなかった。実際戦争は、そのたびにジャガイモ栽培への刺激となったらしい。...もうひとつ利点があった。この新種の収穫物は、地域によっては十分の一税を掛けられずにすんだ。218.p
・おそらく1350年から1550年に至るまで、ヨーロッパは幸福な個人生活の時代を経験したのであった。黒死病の破局の直後、労働力が手薄になったために、働く者にとっては生活条件が必然的に良好だったのである。実質賃金がその時ほど高かったことは未だかつてなかった。...1520-1540年以前においては、まだあまり人口が多くなかったランドック地方においては、農民も親方職人も白パンを食べていた。中世の「秋」から遠ざかるにつれて、生活の質の低落が始まっていき、そのまま19世紀の正しく半ば迄続いたのである。251.p
・早くも15世紀末期からニューファンドランド沖の棚にいるタラの大規模漁獲が行われたが、これは革命的な出来事であった。これがきっかけとなって、バスク人、フランス人、オランダ人、イギリス人の間で突きのけあいが始まり、強国の漁民が保護の弱い国の漁民を追い払っていった。こうしてスペイン領バスク人は排除され、漁場に近づくことができたのは、イギリス、オランダ、フランスという強力な海軍を有する列国のみとなった。284.p
一見、歴史の大局的流れから見ると、あまりにも瑣末な日常的些事に拘り過ぎていると思われる事柄も、自分の既知の歴史的事実に関連するや、俄に精彩を帯びて来るばかりか、既知の事柄そのものが生き生きと蘇り、新たな生命の息吹を吹き込まれたかの色彩を帯びることさえある。ということは僕自身の歴史的見識に比例して興趣の増す業績とも云えるか。
世界大恐慌―1929年に何がおこったか (講談社選書メチエ)
秋元 英一 / 講談社 (1999-03) / 1,836円9 users
購入:  2009年07月22日 1,785円 所有
読了:  2010年01月11日
・循環的要素と構造的要素の両方の観点を意識して歴史を再解釈したい云々、11.p
・20年代の(米国の)経済現象を理解する鍵概念-大衆資本主義的性格、16.p
・月別株価指数と連邦準備銀行債割引率のグラフ(1925/01~39/12、35~39を100とする株価指数)、20.p
・多くの商品の全国市場が成立する1880年代以降は、大量生産、大量販売、大量消費が社会の潮流になった。31.p
・信用販売が拡大され、借金の罪悪感が消えた。20年代には新車の70%、中古車の65%は分割販売、家具の70%、ラジオの75%、ピアノの90%は信用販売、32.p
○戦間期世界経済の不安定要因
・アメリカ経済の比重が圧倒的に強化されたにもかかわらず、政治的には「孤立主義」的スタンスを取った。
・農業分野の需給の不均衡
・限界を迎えた内需の拡大
・米国内の独特な資金需要の流れ、49-52.p
○大暴落からNDまでの三期
読みかけにして、約半年放置したままにつんどく状態。民主党政権は発足とともに「国家戦略室」を設けたが、果たして民主党の国家戦略の基本は何なのか、そもそも「国家戦略」があるのか、大規模なパラダイム転換を図るためのプランを持っているのか、そもそもどのようなパラダイム転換が必要なのか--などの問題を考えるための参考素材にするため、改めて読む。(10/01/11)
投資の科学 あなたが知らないマーケットの不思議な振る舞い
読了:  2010年01月09日
◆さいたま市図書館、10/01/07
投資の哲学、投資の心理学、イノベーションと競争戦略及び科学と複雑系理論の四部構成。理論的支柱は第四部の「複雑系理論」で、前半は金融、投資市場の豊富な具体例をあげて、無数の集団的行動の集積が「ある種の秩序」を形成していくかを挙証している。お陰で、マンデルブロの『禁断の市場』では、市場分析でのべき乗法則の意味合いが、いま一つ曖昧だったが、やや具体的に理解できたようだ。(10/01/09)
○「現実の世界は平均値ではなく、異常値に支配されている-ウォール街が注目する米経済界の俊英が、生物学、統計学、心理学などの幅広い知見と独自の視点で、ファイナンス理論の常識を覆した話題のエッセイ」という日経BP社の既刊案内が面白そう。殊に世界は平均値ではなく、異常値に支配されているという一節が興味深い。
○Amazonの「愚かな投資家がたくさん集まれば、株式市場は正しく機能する」という著者からの内容紹介はもっと面白い。はたして「愚かな政治家がたくさん集まれば、国の政治は正しく機能する」と言えるだろうか??偶然性と必然性の関係を如何に読み解くかは、量子力学の課題の一つだけれど、へーゲルは「必然性とは、認識された偶然性である」と喝破した。なにやら、対立物の統一を思い起こさせるアイロニーを感じさせる。トルストイは「戦争と平和」の中で、ナポレオンのモスクワ撤退の場面で、戦争の大きな必然的な流れは無数の偶然の出来事の集積の結果だと描いていた。
◆第四部、科学と複雑系理論
一見無秩序でランダムな集団的行動がもたらす秩序、分散化されたシステムでは、たとえ個々の構成要素の能力が限られていても、複雑な問題を極めて効率的に解決することがある。知識を組織全体にまんべんなく分配することにより、安いコストで、集団の知恵を活用できるのである。また、我々は分散化された問題解決システムを十把一絡げにしてしまいがちだが、システムごとに特徴があり、その特徴がシステムのパフォーマンスを左右する。例えば株価は、投資家がそれぞれの多様な行動をとるときに効率的な値動きを示す傾向がある。ひとたび多様性が失われ、投資家の誤りが同じ方向に向かうと、株価が極端に高くなったり安くなったりする。187.p
・投資家は二つの理由から、集団行動の正確性に注目すべきである。一つは、情報の集積力こそマーケットの効率性をもたらす中核的機能だという点である。ここで効率性と言うのは、ある特定の投資家が、合理的な方法を用いて市場平均よりも優れたリターンを手にすることが出来ないことを意味する。もうひとつは、集団に蓄積される情報を活用する企業が、競争優位にたつことができるかもしれないという点だ。189.p
・株式市場を複雑系ととらえれば、投資家は二つの罠を避けることができる。一つはすべての結果に対して個別の原因を探そうとすることである。複雑系では、小さな混乱や動揺が集まって大きな変化が生じる。原因と結果が直ちに結びつくわけではない。..もうひとつの罠は、マーケットそのものを理解しようとせずに、個別の情報にこだわってしまうことである。213.p
・複雑系は、そこに含まれる異質の構成要素の一つ一つを分析しても、全体の性質や特徴を理解できない。複雑系は線形ではないので、部分を足しあわせても全体と等しくならない。原因と結果という文脈で考えると、納得の行く説明が出来ない。このようなシステムの代表例が株式市場である。217.p
・ジップの法則(べき乗法則)は、順位×サイズ=定数という単純な数式で表される。
マンデルブロは、ジップの法則に二つの修正を施し、より一般的なべき乗法則を導いた。一つは、1位から3位までのサイズを、1/(1+C)、1/(2+C)、1/(3+C)としたこと。二つ目は分母を(1+C)乗すること。その結果、1位から3位までのサイズは、1/(1+C)^(1+C)、1/(2+C)^(1+C)、1/(3+C)^(1+C)...
アクステルは、企業規模の分布は、政治や規制の状況、企業買収の増減、新興企業や企業倒産の動向、労働人口における大規模な人口学的推移(例えば、女性労働者の大量増加)などの要因では左右されないことを示した。
べき乗法則をもたらすメカニズムはまだ完全には解明されていないが、べき乗法則を発生させるモデルやプロセスは多数存在する。225-227.p
・企業規模の分布と成長率の研究から、以下の四つの法則が抽出できる。
1.企業規模の分布はジップの法則に従う。
2.企業成長率の分散は企業規模の増大とともに減少する。
3.大企業の成長はしばしば失速する。
4.多くの企業が同じライフサイクルをたどる。232-235.p
金融危機で失った資産を取り戻す方法
中原圭介 / フォレスト出版 (2009-10-22) / 1,620円113 users
購入:  2010年01月05日 1,575円 所有
読了:  2010年01月08日 星5つ
その書名から、一見、株式投資のハウツー本のように見られがちだが、中身(のほぼ八割)は世界経済に対するperspectiveに富んだ分析で、その「地球環境問題」に対する基本的な見方は、僕の見解とほぼ一致する。
・いわゆる「環境ビジネス」は、17-18世紀の産業革命に対して第二次産業革命を狙いとするパラダイム転換が目標ではないか、と僕はみなしているが、どちらかと言えばこれは僕の直感に拠る。
・著者は、この点についてもう少し具体的に分析している。サブプライム危機後の対処問題を扱った本は野口の「危機克服の処方箋」とこの本の二冊を読んだ。分析の緻密さという点では、『処方箋』には劣るけれど、pespectiveの的確さでは遥かに優れている。
未曾有の経済危機 克服の処方箋―国、企業、個人がなすべきこと
野口 悠紀雄 / ダイヤモンド社 (2009-04-17) / 1,728円45 users
タグ 経済 金融 市場 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 更新日:2010年01月05日 19時08分29秒 2010/01/05
購入:  2009年12月06日 1,680円 所有
読了:  2010年01月05日
・経済危機の原因は、サブプライム・ローン問題ではない。世界的なバブルの膨張と崩壊である。バブルはアメリカで住宅価格、消費者金融、消費支出、経常収支赤字、証券化商品投機で生じた。更に、為替レートで円安バブルが発生し、日本の輸出がバブルを起こした.日本は、バブル膨張の過程に深く関わっていた。超低金利と円安によって輸出を増加させ、それで生じた貿易黒字を対米投資でアメリカに還流させた。それがアメリカの住宅バブルを増幅させ、自動車などの耐久消費財の需要をさらに増やした。11.p
・住宅価格の高騰がアメリカの消費を拡大させた。「住宅価格が値上がりし、金融が緩和されると現金が手元に現れる」という魔法のようなことが可能になった。アメリカの所得税制では、借入金の利子が無条件で所得控除されるから、借入をさらに奨励する結果になっている。43.p
・今回の世界経済危機の背景には、世界的な貯蓄・投資のバランスの問題がある。それは「アメリカが過剰消費を行って経常赤字を拡大する一方で、アジア諸国(中国、日本など)が外需依存の経済成長を行い、経常黒字を記録してアメリカに資本供給する」というグローバル経済の構造だ。..アメリカの金融危機と日本・中国の輸出崩壊は、同じコインの表裏だ。228.p
内需中心経済構造への転換が必要だ、輸出で外貨を稼がないと日本は生きていけないという考え方は間違っている。日本の対外純資産は07年末で250兆円ある。仮に経常収支赤字が定着しても、貿易収支と所得収支が08年1月程度の水準に留まるとすれば、対外資産を取り崩しても百二十年以上は持つ。成熟した債権国にとって重要なことは、対外資産の運用を適切に実施することである。234.p
世界を不幸にするアメリカの戦争経済  イラク戦費3兆ドルの衝撃
購入:  2010年01月04日 1,785円 所有
読了:  2010年01月04日
・こういうと奇妙に聞こえるかもしれないが、戦争とは巨大なビジネスだ。現代の企業なら、優れた会計システムから得られる正確で時宜を得た情報なしに、ビジネスを営もうとするはずがない。しかし、政府が行った会計実務はあまりにもずさんであり、一般企業なら間違いなく粉飾決算に関与した疑いで証券取引委員会に召喚されるだろう。8.p(当初予算見通しは「ずさん」というも愚かなほど膨張し⇒「膨れ上がる戦争コスト」51.p参照、そのコスト見積もりをスティグリッツは、10のステップに分けて⇒44~51.p参照、かなり「控えめな想定」によって三兆㌦と算出している。これは単なる誤算なのか、それともある程度まで承知の上で、経済的合理性を超えたブッシュ政権にとっての政治的合理性のある判断だったのか?そこが不可解だ。
第4、5章は戦争による間接的コスト、すなわち「社会にのしかかる戦争のコスト」&「原油高によって痛めつけられるアメリカ」を扱っている。しかし2000年を頂点に下がり続けたNYダウは、この戦争をきっかけに上昇に転じ、03年2月の7900㌦から07年10月14000㌦まで上がり続けた。この点について、
・03年3月から07年10月までのあいだ、アメリカの株式市況はまずまずの結果を出し続けた。これを見る限り、私たちが示してきた懸念は外れに思えるかもしれない。しかし同じ期間に、賃金は順調な伸びを、企業収益は急激な伸びを記録した。この事実を踏まえると、株価の伸びはいかにも鈍い。(イラク戦争勃発依頼、時価総額は4兆㌦分減殺されたとの試算もある。)FRBは戦争のマイナス効果を相殺するため、金利の引き上げを見送り、金融機関の貸出基準の緩和に目をつぶり、当時のFRB議長は事実上、変動金利型の住宅ローンを推奨し、「更なるリスクを取れ」と国民を焚きつけてきた。変動金利型は初期の利払いを低く抑えられるため、同じ抵当物件でもより大きい資金が借りられる。こういうカラクリがあったからこそ、アメリカは身の程を超える消費を続けてこられたわけだ。..歴史的な低金利がいつまでも続くはずなどないのだ。おそらく、本書が出版される頃になっても(08年3月)、サブプライム危機の全貌はまだまだ見えてこないだろう。すでに成長は鈍化し始めており、アメリカ経済は再び大きな余剰生産力を抱え込もうとしている。163.p
ピーター・リンチの株式投資の法則―全米No.1ファンド・マネジャーの投資哲学
読了:  2010年01月01日
株式市場では、貨幣増殖という資本主義的欲望の真髄が、もっとも剥き出しの形で、純粋に、単純化されて現れている。そこでは、どんなに高邁な理論も・見通しも、単純明解な株価チャートのグラフによって挙証され、あるいは葬り去られる。しかも株式市場では、ある意味では万人が平等であり、例外的な品薄株・小型株などの僅かな株式を除けば、市場の大勢を決するのは無数の集団的な行動の集合であり、あたかもそれは無数の分子がランダムに動き回る結果として織りなすブラウン運動にも喩えられる。10/1/01読了
・成功するか失敗するかは、懸念を無視して、自分の投資をずっと続けられるか否かに掛かっている。株式投資家の運命を決めるものは、頭脳ではなく肝である。如何に優秀であろうと、自分の考えを持たない投資家は、株式市場では生き残れない。20.p(または、ダイエットと株式投資の結果を決めるのは、頭ではなく意志である。40.p)
バックミラーからは未来は見えない。44.p(または、大暴落は大恐慌を伴ったので、私たちは株式市場の崩壊を経済の崩壊に結びつけるようになり、前者が後者を導くと信じ続けている。あまり云われていないが、72年の暴落はほとんど29年と同じくらい厳しかったが、経済の崩壊に至らなかった。49.p)
・自分の保有している株式が50%値下がりすることに耐えられない投資家は株式を保有すべきではない。66.p
・投機が日本の経済に果たす役割は、米国経済に対して果たす役割よりも大きい。93.p
叩き売られた市場では、いたる所で株が割安に放置されている。しかし買われすぎた市場では、買うに値する株を見付けるのは大変である。172.p
- 1 users
タグ 経済 カテゴリ:Web Web 更新日:2009年12月09日 20時52分58秒 2009/12/09
読了:  2009年12月09日
・雇用調整助成金よって顕在化しなかった「潜在失業者」を加味した「実質失業率」は直近10月時点で7.9%に達する。
・非労働力人口に含まれる就職希望者を含めた潜在失業率は09年7-9月期時点で11.8%の水準まで上昇する。
・派遣切り等による若年層を中心とした非正規雇用の失業増から、企業の早期希望退職の急増による中高年を中心とした正規雇用の失業増にシフトしている。
・リーマン・ショック以降は一般労働者の給与が定期給与の押し下げを牽引している。特にこれほどの労働時間の落ち込みは過去に例がない。
・名目賃金指数は1990年4-6月期以来19年ぶりの低水準まで低下しており、ピークとなった1997年1-3月期から見れば▲12.1%もの減少となっている。
メルトダウン 21世紀型「金融恐慌」の深層
榊原 英資 / 朝日新聞出版 (2009-02-06) / 1,404円19 users
購入:  2009年12月05日 1,365円 所有
読了:  2009年12月06日
・95年から07年までにアメリカの金融資産は約百兆㌦増大した。この間貿易収支、経常収支の赤字は拡大し続け、95年の1136億㌦から06年には7881億㌦に達した。
・一方、消費者は、住宅ローン、オートローン、クレジットカード・ローンなどが潤沢に提供される中で、負債総額を増大させつつ消費を拡大し続けた。95年に三千億㌦だった家計の新規借入額は、1.1兆億㌦にまで膨張した。12-13.p
・95/1月、ルービン財務長官の就任とともに、アメリカの経済政策は「ドル高有益論」に転換した。すなわち「経常収支赤字削減・ドル安容認」から「ドル高・低金利・インフレなき経済成長促進」に変貌を遂げた。56.p、これはクリントン政権が通商から金融に軸足を移して、金融によるアメリカ経済の再生を図ったことを意味する。強いドルを軸に、世界の金融資産をウォールストリートに集め、投資銀行等を中心にこの資産に更にレバレッジをかけ、金融で世界をリードしていくというモデルだ。58.p
・97年の東アジア通貨危機は、ドルが強くなり、今までアジアに投下されていた資金がアメリカに戻ってしまったことが、重要な原因の一つであったことは間違いない。66.p
・アメリカ金融救済の一覧表(08/11月現在)、A.保証、B.投資、C.貸出の三分野に分けコミット総額8兆㌦の内訳の明細表、126.p(『実録世界金融危機』119-127.pに08年1/04~12/16の米政策対応の日次記録及び金融危機対応策の総体図が掲載されている。比較対照せよ。)
・危機はパラダイム・シフトを呼ぶ、三つのパラダイム・シフトが予測される。市場原理主義の崩壊と公的セクターの役割の増大、アメリカのヘゲモニーの後退、世界的な「多様化」の進展(やや唐突に、300程度の基礎的自治体を作って分権化を進める廃県置藩の実行を薦める)169-170.p
サブプライム金融危機―21世紀型経済ショックの深層
購入:  2009年11月30日 1,575円 所有
読了:  2009年12月05日
◆第一章、サブプライム(世界の金融市場が直面した07年危機)は日次記録、『実録世界金融危機』の項に追加補足する
◆第二章、米国住宅市場問題の深層、住宅金融史を扱っており、これは他では見ない。『ベーシックアメリカ経済』3章-2「住宅ブームとその背景」で、住宅バブルの可能性を指摘する一方、「住宅に対する根強い実需の拡大があることから、住宅価格の調整が一時的に生じたとしても、それが長期間かつ深刻なものになる可能性は大きくないのではないかと考えられます」95.pと書いている。
・20年前の米国ではサブプライム層に対する住宅ローンの提供はほとんど見られなかった。73.p
・1977年地域再投資法(CRA)の制定によって、預金取扱金融機関は、中・低所得者や中小企業向けローン、地域社会の開発資金の提供を行い、集めた預金の一部を地域に還元するよう義務付けられた。75.p
・大きな転機は03年頃訪れた。民間ベースの証券化ビジネスと相俟って、サブプライム層への住宅ローンが爆発的に拡大した。06年にはサブプライム・ローンは実行ベースで20%強、残高ベースで13%を占めるにいたった。(ローン件数のサブプライム比率の推移グラフ、98~06年、図表)77.p
・サブプライムの損失推計、貸出債権の直接損失および住宅ローンの証券化に伴う時価評価の低落に伴う損失実際には後者のほうがはるかに多く、かつ信用不安の拡大と共に肥大化する必然性を内在し、この見積り推計の困難が過小評価を呼ぶ)87-88.p
・住宅在庫、住宅価格の推移、90-94.p
・米国家計は、住宅資産の現金化を通して(住宅価格の恒常的値上がりを前提にした「含み益」という仮想的資産に過ぎず、実際には負債を「資産化」して負債に負債を重ねているに過ぎない。住宅価格の低迷と共に仮想的資産は現実的負債に転化する)、消費支出や住宅の修繕費用に充ててきた。住宅金融を通して消費に向かった資金は、個人消費の2%ほどとFRBは推計している(06年)。95.p
・第三章、加速-証券化市場のカラクリ
証券化、一般的には、企業や金融機関などが保有する金銭債権や不動産などの資産を、特別目的会社(SPC)、特別目的信託(SPC)などの特別目的ヴィークル(SPV)に譲渡し、当該ヴィークルで譲り受けた資産が生み出すキャッシュフローに対する信用力を裏付けとする証券に転換して、それを資本市場で売却して資金調達をする方法をいう。105.p
◆第四章、拡大-揺れるマネーフローと金融機関・投資家動向
・サブプライム問題は証券化という金融技術の発展によって複雑化した現代的側面がある一方、近年のいわゆる「過剰」流動性の下で金融・資本市場の随所で発生したリスクのゆがみを再評価という形で修正される、ある意味では古典的な側面がある。136.p(「現代的側面」と称するものは信用という魔法の杖で実態的負債を仮想的資産に見せかける金融技術であり、古典的側面と称するものは実態から著しく乖離し・肥大化した仮想的資産を実態的資産の規模に引き戻す強制的・恐慌的過程である。)

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