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カオス的世界像―非定形の理論から複雑系の科学へ
イアン スチュアート / 白揚社 (1998-10) / 4,536円13 users
ウィッシュ ウィッシュ 読了:  2010年02月13日
◆さいたま市図書館、10/01/31(再読候補という意味で「ウィッシュ」に入れて置く)
決定論、ないし自然科学の法則性の限界、たとえばマルクスが彼の歴史法則を、それをもとにモデル化しようとした「物理学の冷酷な諸法則」などというものは、実際には決して存在してはいなかったのである。ニュートンには三個のボールの振る舞いを予測することなど出来はしないということを知っていたら、はたしてマルクスは三人の人間の振る舞いを予想しようとしたであろうか?54.p
・もしも諸君がある公式を使って、ある方程式を解くことができるものとすれば、その時その解は事実上、規則通りの解析可能な仕方で振舞うはずである。これが、公式というものが諸君に語りかけるすべてである。そして、もしも諸君が微分方程式の解の公式を発見することをもって力学が面白いというお題目を唱えているとしたら、諸君のやっている数学とは、単に規則的振る舞いを研究するためのものに過ぎないのである。諸君が一生懸命やっていることは、そのような方法が適用できる問題ばかり探しまわって、(適用出来ない)残りの問題には目をつぶって無視してしまうことなのである。76.p(ペンローズが『心は量子で語れるか』で「私たちの住む、この世界の有様や動きを観察していて驚くことの一つに、世界が、全く異常なまでの正確さで数学に基づいていると思えることがある。」(参照)と指摘している点に関連して「この物質的世界は、なぜ数学的概念で記述できるのか」という疑問を提出したが、むしろ数学的概念で記述できるもののみを、我々は「理解」出来ると考えているというべきかも知れない。
カオス制御、技術的にどんな角度から見てもカオス的でないシステムに、安定で規則的な振る舞いを作り出すという意味で、「カオス制御」がしばしば有効であるというのもはっきりしてきている。脳の組織断片ヘの作用については、たぶん、それが当てはまる。(この場合の「カオス制御」の意味が、今ひとつ理解し難いな?!)425.p
直観でわかる数学
畑村 洋太郎 / 岩波書店 (2004-09-08) / 2,052円204 users
読了:  2010年02月13日
◆さいたま市図書館、10/02/12
・レビュー(参照)を見ると評価が両極端に分かれる。「本質をズバッと教えてくれる」という評価のある一方、「著者は良く解ってないのではないかと感じてしまう」との評価もある。僕自身の評価は、ちょっと分かった気にさせてくれるが、いざ本物に自分で立ち向かってみると「やっぱり分かっていなかったと分からせてくれる本」でしかない。
・裏表紙の扉に「この本の読者対象」として7項目あげてあり、「これまでの数学本では飽きたらない人」「なんだ、そんなことだったのか!と溜飲を下げたい人」とあるが、その意味では 「真剣勝負を避けて、本物に触れた気にさせる」紛い物でしかない。要するに上澄みを舐めさせて本物に触れた気にさせる本。とはいえ書いてある中味じたいが紛い物というわけではないし、ちょっと面白い指摘もないわけではない。
ライプニッツの普遍計画―バロックの天才の生涯
E・J・エイトン / 工作舎 (1990-01) / 5,767円11 users
タグ 科学 数学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 人文・思想 更新日:2010年02月02日 09時45分32秒 2010/02/02
読了:  2010年02月02日
◆さいたま市図書館、10/01/31
・通読、当面の関心からはやや遠い、但し、いつか熟読には値する書物だ。哲学史または数学史との関連。
・ルネッサンス的天才の生涯、その関心の広さと深さは真に驚嘆に値する。
自然の中に隠された数学 (サイエンス・マスターズ)
イアン スチュアート / 草思社 (1996-10) / 1,944円31 users
読了:  2010年01月29日
◆さいたま市図書館、10/01/27
繰り返される事例が、必ずしも恒常性を保証しない例、素数は、4の倍数から1を引いた数と、4の倍数に1を足した数と二つに分類される。2を除いた素数の数は、4の倍数から1を引いた素数のほうが1を足した素数よりも多く見える。このパターンは、少なくとも100万兆までは続く。ところが素数が充分に大きくなると(10の10乗の10乗の10乗の46乗より大きなると)パターンが変わり、「4の倍数に1を足す」素数の個数の方が多くなるのだ。72.p
◆第6章、破れた対称性の美学(殊の外面白い!!
・自然界の驚嘆するようなパターンの多くは対照的だ。しかしほぼすべての対照的なパターンは、そのパターンを生む原因ほどには対照的ではない。(実際)世界には、原因ほど対照的ではない現象が溢れている。その根拠となるのが「自発的な対称性の破れ」として知られている現象である。112.p
・対称性の種類、鏡映、回転、平行移動
・(対称性の破れの例)B-Z反応(参照Wiki)、心臓の規則的な鼓動は同じパターンを描く。但し、心臓には脳からの信号という外的要因がある。B-Z反応には「外からの刺激」を一切受けずに「自発的に」対称性が破れる。123.p
対称性と対称性の破れの弁証法的統一、カエルの胚の発生は一個の球形の細胞から始まる。分割を重ねるごとに対称性を失い、ついには何千個もの小さな細胞からなる一個の胚胞に育つが、この胚胞の総体的な形は球形に戻る。次に、胚胞の一部が凹みはじめる。嚢胚形成と呼ばれるプロセスだ。この崩壊の初期に、胚は一本の軸を中心とした回転対称性を備えているが、軸の位置はしばしば卵黄がもともと卵のなかのどこにあったかによって、或いは時として精子が侵入した点によって決まる。のちにこの対称性は破れて鏡面対称性がひとつだけ残り、やがて左右対称の成体になる。126.p
・(自然界の様々な)パターンの基礎には、一般原理があるはずだ。それぞれの例を個別に研究し、それ自体の内部機構の観点からから説明するだけでは充分ではない。対称性の破れはまさに、様々なパターンを統一的に理解するための一般原理なのである。126.p
・自然が対称性を持つのは、宇宙が大量生産された同一のもので出来ているからだ。電子は他のどの電子とも同じ、陽子も同じだ。何も無い空間は、どの空間区域とも同じ、時間はどの瞬間をとっても他の瞬間と同じ。空間、時間、物質の構造だけではなく、それらを支配する法則も、どこをとっても同じである。しかし、まさにこの点に深刻なパラドックスが生まれる。物理学の法則があらゆる場所、あらゆる時代で同じなら、そもそも宇宙には何故構造が存在するのか。128.p
・アデノウィルスの252個の単位がつながり始めるとき、いずれの単位も特定の頂点に収まることが可能だ。単にには互換性があり、その意味で対称性がある。しかし実際に特定の頂点を占めることができるのはそのうちのひとつだけで、その時対称性は破れる。すなわち、もはや完全に互換性があるわけではない。しかし一部の対称性は残り、その結果として例えば20面体となっている。このような見方からすれば、自然界で見られる対称性は、大量生産された宇宙における、壮大かつ普遍的な対称性が破れた痕跡である。潜在的には宇宙は如何ような対称的システムの状態もとりえたのだが、現実にはそれらの中から一つを選ばなければならなかった。自然界の対照的なパターンの多くは、何らかの形での対称性の破れという一般な仕組みから生まれる。131.p
図説 世界の数学の歴史
◆さいたま市図書館、10/01/07
・数学が扱っているのは、秘密結社の仲間同士がやり取りしているわけの分からない記号では決して無い。そう見える場合もあるが、数学が扱っているのは基本的には考え方、例えば、空間についての考え方とか、時間や数字についての考え方、いろいろな関係についての考え方などである。8.p(序から)
・古代の数学は大半が貿易と農業のために発達したが、同時に宗教的な思想や天体の動きとも関わりがあった。暦の作成は天文学者兼聖職者の仕事といってもよいだろう。16.p
・ギリシャ時代から数学は大きく二つに枝分かれしている。量を扱う幾何学と、数を扱う代数である。しかし実はこの二つを明確に分けるのは不可能で、人間はその時々の必要に応じてどちらかを比較的重視してきただけなのである。代数がどのように発達し、幾何学とどのような関わりを持ってきたかは、三次方程式の解放の歴史を見るとよくわかる。78.p
・16世紀はプトレマイオスの『アルマゲスト』が惑星軌道に関する第一の情報源だった。周転円と従円という煩わしい体系が様々な形をとりながら二千年近くも生き延びたことになるが、これは使われている三角法の計算表と観測資料がそれほど正確なものでなかったために、かえってこの欠陥が目立たなかったのである。..プトレマイオスにとって数学は「現象を救う」ためのものであって、説明するための手段ではなかった。彼はアリストテレスの哲学的要求と観測事実とを見事に結びつけたのである。86.p(極めて示唆に富んだ指摘で、ニュートン力学と決定論との関係や量子力学と観測者との関係の問題にも、多分、同様の指摘ができるのだろう。
「無限」に魅入られた天才数学者たち
読了:  2010年01月15日
◆さいたま市図書館、10/01/13
・数はすべて、有理数か、または無理数である。有理数は無限にあるが、ある長さの線分から有理数をすべて取り去っても線の長さは変わらない。無理数は有理数よりも無限に多く存在するのである。
・有理数を係数とする多項式の根になっている数は「代数的数」という。代数的数の集合は、有理数の集合と同じサイズを持っている。
・一方、代数的数でないものを「超越数」(例えばπ)という。数直線上の数のほとんどすべての数は「超越数」である。数直線上に有理数も無理数も無限に存在するが、超越数の無限は「より高次の」無限である。仮に数直線上の数を、無作為に一つ「選んだ」とすると、その数は確率1で超越数になる。尤も、無限にある数の中から、たった一つの数を「選ぶ」ことは出来るのか?98-103.p
・自然数は「数えられる」。問題は、実際に数えるかどうかではなく、数えるというプロセスに注目すれば、自然数は、無限ではあるが数えられるので、これを「可算無限」という。/カントールは、対角線論法を使って、自然数を使って、すべての有理数を対応させられることを示した。すなわち整数と有理数は「同じだけ」あることを示した。言い換えると、整数の無限と有理数の無限は、「同じ階層に属している」123.p
・有理数と代数的数は離散的にしか(言い換えると「飛び飛び」に)存在しない。その隙間を埋めて、数直線に連続性を与えているのは、πやeのような「超越数」である。カントールは、超越数は不可算であり、より高次の無限に属することを証明した。125.p(要するに、「無限」は一つではなく、無限にも階層があることを示した。)
・(次に、次元が異なる場合、無限の順序関係はどうなるかと考えた。当然、平面上には直線上よりも多くの点がある、と直感的に考えていたが、この問題を考え抜いた末)区間0-1の平面上の点は、すべて線分上の点に対応させうることを証明した。すなわち「平面上には直線上と同じ数の点がある」のみならず、同様の方法で「三次元、四次元、更にもっと高次の空間でも、そこに存在する点の数は、直線上に存在する点の数と同じだ」ということが示された。言い換えれば、無限に関する限り、次元には関係がないのだ。すなわち連続空間は連続体と同じ数の点を持つ。カントール自身は、この結果を「我見るも、我信ぜず」と、デデキントへの手紙に書いた。138.p
第11章「悪意に満ちた妨害」は、「無限」をめぐるクロネッカーとカントールの対立がテーマ。カントールの師クロネッカーは、整数を唯一の実在と認め、それ以外の数はすべて虚構と考えていた(「神は整数を作られた。それ以外の一切は人間が作ったものである」というクロネッカーの言葉は、安易には否定できない。)。我々が当たり前の如くに捉えている有理数や無理数、πやe、更には虚数の概念を数学的操作の対象として採り入れるためには、いかに多くの思想的な苦悩に満ちた戦いの歴史が不可欠であったかを、このエピソードは語っている。同時に、常識とは何か、常識を疑ってみるとは、どういう事かをも教えている。一方、カントールが、この時代になって初めて現れたことを、どう理解したら良いか?
ラッセルのパラドックス&カントールの最後の遺産、すべてを含む集合はありえない。従って、最大の基数というものもありえない。197.p
ゲーデルの不完全性定理、任意の系が与えられたとき、その系の内部では証明出来ない命題が常に存在する。204.p
魔術から数学へ (講談社学術文庫)
森 毅 / 講談社 (1991-11-05) / 907円65 users
タグ 歴史 科学 数学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 数学 更新日:2010年01月13日 10時41分18秒 2010/01/13
読了:  2010年01月13日
・和算の未成熟の原因は、普遍理念より個別的現実を重視した東洋文化の現実主義から、コスモロジーに至る妄想力が欠如したからではないか。和算の場合、数学が世界観に及ぶとは、おそらく考えられなかったのだ。117.p
・創造の過程においては、しばしば逆説的な現象が見られるのが普通である。近代科学の黎明期を、合理精神だけが、新しい世界観を作り出したように考えることは、おそらく正しくない。「正しい」方向ではなしに、むしろ「正しくない」方向、一種の非合理的精神もまた、時代の推進力だったのである。118.p
・数量、無限、変化という三つのタームは、近代ヨーロッパ数学がギリシャ数学と異質であることを刻印する。121.p
・17世紀半ばにはすでに、空間とか形式とか法則とかいうキーワードの成立する世界、つまりは近代科学の数学的パラダイムが作られていた。そしてその中で、感覚的な世界が、数学的表現を獲得していいくことになる。145.p
・そもそも、デカルトのように、単純明快な議論のできる男は、その心は複雑晦渋であったに違いない。パスカルは、デカルトが大雑把なことをいうと非難している。しかし几帳面なパスカルの方が、繊細な精神なんてことをいうだけ、心は透明だったような気がする。153.p
・18世紀フランス啓蒙主義者たちを鼓舞したものが、ニュートンの『数学原理』だったことは間違いない。それは旧秩序を壊し、新秩序原理を展望させる革命の聖書でもあった。それゆえに『数学原理』はアメリカ独立戦争を支えた知識人の精神を鼓舞するものだった。そればかりか、フランス革命の原動力だった、とさえ言われる。167.p
数学史でもなし、思想史でもなし、まして歴史書でもないが、そのどれにも該当する。しかし何よりもこの本を面白くしているのは、その奔放な語り口だ。森さんは、この本の最後に「19世紀以降の専門体制下の科学者は「真実」を語ることを強制されている。17世紀の数学者たちは、むしろ多くの誤りを述べていた。おそらく創造のためには、「真実」を語ることが、それほど有効ではないだろう。まだ、真実が保証されていないような、あやふやなことを論じ合う中で、たとえその9割が虚偽として投げ捨てられようと、残りの1割の中から真理が顔を現してきたものである。」と書いている。知的啓発力に満ちた森さんの人柄の面目躍如といったところ。
道具としての微分方程式
野崎 亮太 / 日本実業出版社 (2004-01-16) / 2,376円20 users
読中: 
◆さいたま市図書館、10/01/07
・積分の本来の意味は「量を集めること」、それは面積に限らず、距離や確率など、いろいろなものに応用出来る。「積分は微分の逆」という捉え方をすると、「積分がなぜ面積なのか」わかりにくくなてしまう。本来は、「面積を考える」ということが「積分を定義する」のと同じことであって、積分が微分の逆になっているというのは、後から分かった大発見なのだ。82、89.p
数と量の出会い 数学入門 (大人のための数学 1)
志賀 浩二 / 紀伊國屋書店 (2007-11-14) / 1,836円60 users
読了:  2009年12月31日
◆さいたま市図書館、09/12/25借出
・数と量とは数学に異なる二つの無限概念をたらした。数は無限大、または包括的な無限概念を提示したが、量の示したものは無限小に向けての動的な無限であった。44.p

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