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新装版 日本政党史論5 西園寺と政党政治
升味 準之輔 / 東京大学出版会 (2011-12-16) / 7,344円3 users
タグ 政治 政治思想 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 社会・政治 更新日:2012年02月14日 18時49分19秒 2012/02/14
読中: 
・30年代の政党政治の凋落と政治的再編成の根底にある前提条件、236p
・名望家社会の変貌、336p
船戸 満之 / 情況出版 (2002-10) / 2,520円1 users
タグ 哲学/思想 政治思想 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 歴史・地理 更新日:2012年01月31日 10時58分58秒 2012/01/31
読了:  2012年01月31日
・図書館から借りる。
・多分、【啓蒙の弁証法】と同じテーマを主題とする?書評集。
・取り上げられた対象のなかから「読んでみたい」と触手の動くものは
・アーレント【暗い時代の人々】
・ブレヒト【作業日誌】
・エンツェンスベルガー【意識産業】
・ミューラー【闘いなき戦い】
みすず書房 (1973) / - 5 users
タグ 文学 政治思想 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 古書 更新日:2012年01月15日 16時19分56秒 2012/01/15
読了:  2012年01月16日
・最初に読んだのがいつだったか記憶にないが、内容もまたカルヴァンの評伝だったという以外はスッカリ忘れてしまった、ただカルヴァンに対する見方をスッカリ改めた、というよりもルネサンスと共に人間解放への近代的燭光の第一歩であるかに漠然と考えていた”思い込み”をスッカリ改めるキッカケになったことだけは覚えている。
・人間の連帯という考えに酔いしれた民衆は自ら進んで隷属の中に我が身を投げ込んでいったし、彼らが鞭打たれているその鞭さえも賛美した。13p
・一個の教義が国家機構とそのあらゆる弾圧手段を手中に収めるやいなや...19p
・4-23p、コピー(序章)
対立物への転換、「カルヴァンはただ誰でも知っている宗教改革本来の主張を繰り返しただけのように思われる。しかし本当は、宗教改革本来の主張を乗り越えて大きく一歩を踏み出したのであり、そればかりか宗教改革本来の思想から完全に遠ざかってしまったのである。宗教改革はもともと魂と宗教の自由運動として始まったもので、福音を何の制約もなく自由にすべての人々の手の中に置くことを目的とし、キリスト教を形成するのはローマ教皇や宗教会議ではなく、個人の確信でなければならないとしたのである。ところがカルヴァンは、(この自由を)あらゆる形の他の精神的自由と一緒に人々から奪い去って顧みなかった」56p⇒国家の死滅を謳ったソヴィエトが、あらゆる国家組織の中で、最も完璧で・抑圧的な国家組織を産み落としたのにそっくり同じだ。その根底にあるのは一方は「神の意志」の伝達者ないし体現者、他方は「科学的真理」と「プロレタリアートの階級的利益」の前衛という考え方
・60-65p、カルヴァンの肖像
・カルヴァンの座右の銘、「絶望の深い淵から、新たな力をもって抜け出す」64p
・バルザックからの引用(どこからの引用か載ってないし、僕は初見のような気がする、「カトリーヌ・ド・メディシス」か??)、「荒れ狂うカルヴァンの宗教的不寛容は、ロベスピエールの政治的不寛容よりも、精神的にはるかに緻密で残忍なものだ。もしカルヴァンがジュネーヴよりももっと広い活動範囲を与えられていたならば、彼はあの政治的平等の怖ろしい使徒よりもはるかに沢山の血を流していたことだろう」83p
・「悪魔」(反キリストと言い換えても良い)というキーワードが、当時の人々に与えた恐怖心
エラスムスの勝利と悲劇 (ツヴァイク伝記文学コレクション6)
S. ツヴァイク / みすず書房 (1998-11) / 2,376円8 users
タグ 歴史 文学 政治思想 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年01月14日 17時18分32秒 2012/01/14
読了:  2012年01月12日
エラスムスの精神の本質は、次の言葉に要約されている。「彼は地上のただ一つのものを、理性の仇敵として心から憎んでいた--狂信である。みずからすべての人間の中で最も非狂信的であり、おそらく最高位とは云えないとしても最も広い知識を持つ精神であり、文字通り人を酔わせる慈善ではないにしても誠実な善意の心情であったエラスムスは、あらゆる形式の不寛容な志向のうちに、我々の世界の禍根を見ていた。」8p
エラスムスの悲劇、「エラスムスの個人的な悲劇は、ほかならぬ彼、あらゆる人間の中で最も非狂信的な彼が、しかもほかならぬ超国民的な理念が初めてヨーロッパを勝利の光で覆った瞬間に、国民宗教的な大衆情熱の、史上で最も凶暴な噴出の一つによって引き落とされたことにある」15.p
・17p、大衆妄想と世界の党派化
・96-123p、コピー
・暴徒はスローガンに拠ってはじめて党派となり、組織に拠ってはじめて軍隊となり、信条によってはじめて運動となる...97p
・人間主義的意向を持つ人は、すべての理念がその本質上覇権を得ようと努めるものである以上、どのイデオロギーにも忠誠を誓うことは許されない。99p

・110-125p、エラスムスとルターとの対照性を見事に表現している。その鮮やかすぎる形象化は、余りに際立ちすぎているために却って作家的造形ではないかと疑ってしまうほどだ。
・155p、精神の権力の現世の権力に対する圧倒的優位
・208p、エラスムスの遺産、現実化に拠って消耗したり妥協したりしない理想だけが、人倫衝動の元素として、あらゆる新世代のうちに働きかけることをやめない。まだおよそ実現したことのない理想だけが、永劫回帰を持つのである。
カール・マルクスの生涯
タグ 政治思想 経済 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年12月27日 09時12分23秒 2010/12/27
読了:  2010年12月27日
・岩槻図書館で借りる、10/12/25、
『マルクスの「資本論」』の著者による伝記、マルクス主義の信奉者ではないが、思想史における「資本論」の正当な位置づけに虚心坦懐に立ち向かっている姿勢は、マルクスの人間像に新たな光を注ぐものと期待した。僕の知り合いの医学者はマルクスを評して「自分の家族も養えない甲斐性のない碌で無しの男」と呼んでいた。彼には、下品な品性の持ち主にかくも崇高な作曲の才を授けた神の不条理を嘆くサリエリがモーツアルトの音楽を理解したほどにはマルクスの理解には遠く及ばなかったのだろう。ともあれ、この本の解説者高橋源一郎が「この本の著者は、この伝記から、何を読み取ってもらいたいと考えているのか?それは、人間マルクスの欠陥である」と書いている。が、これまた一面的ではないかと、僕は思う。むしろ矛盾に満ちた多面的性格をありのままに描き出した、そこから何を酌み取るかは読者に委ねられている。
戦時期日本の精神史―1931‐1945年 (岩波現代文庫)
鶴見 俊輔 / 岩波書店 (2001-04-16) / 1,274円27 users
タグ 歴史 政治思想 社会 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 哲学・思想 更新日:2010年09月21日 04時20分24秒 2010/09/21
購入:   1,155円 所有
読了:  2010年09月20日
◆10/09/17から再読(精読する価値のあるもの、ないものを分けて、不要な本は処分するため読み始める。この日以降(10/09/18)、原則として、手持ちの全部の本に目を通す。拾読、斜読、通読、精読、熟読の如何にかかわらず。その最初の一冊として、偶然、手にした。)。
戦時下の日本人(特に知的エリート)の精神的有り様を外側から(「戦時下」は米国の捕虜収容所で過ごし、戦後帰国して後、高度成長下という条件の下で描いたという二重の意味での「外側」)描いたものとして制約と非制約性を併せ持っている可能性。その意味で、同時代的記録とあわせ読む必要がある。
本書扉裏の紹介に「ファシズム支配下の日本の知識人の軌跡を通して”転向”の事実と意味を問い直し、それがわが国の精神史を貫く”文化の鎖国性”という特質と通底することを明らかにした」云々とある。この”文化の鎖国性”を、もっとも深いところで認めるべきかどうか、ある特殊な時代の時代精神としてのみ認めるべきか、日本文化の一般的特質として認めるべきかどうか、今の僕には判断できかねる。
・国家宗教の密教と顕教、56-59.p
・明治以後の政府には、民主政治としての性格があるとともに、神政政治としての性格があり、いかに両者が組み合わさっていたか、織り交ぜられていたか、62.p
・日本人の政治活動の三つの役割分担(丸山真男の見解)おみこし、役人、無法者、62.p
・国民を欺瞞し続けた結果、国家指導者自身がその欺瞞に絡めとられ、自己欺瞞に陥った例、あるいは国家宗教の顕教の部分がその密教部分を飲み込んでしまった例⇒太平洋戦争へと踏み切らせた決断の背後にあったもの、66-67.p
・15年戦争、満州事変以降の一連の戦争はそれぞれ別個のものではなく、ひと繫がりの連続的な戦争であったと捉えるべきだが、それにもかかわらず、この長い戦争の背後には戦争指導の設計者というものはいなかった。「この長い戦争が続いたのは、それを止める力を政府が持っていなかったという理由に基づく。...
日本文化の鎖国性という条件がなければ、このような戦争は続けられなかったに相違ない。」82.p
・「非転向の形」の中で、日本人の宗教心を扱っている。一般人の常識的な宗教心とともに明治初期の隠れキリシタンおよび戦時中の隠れ仏教徒(国家至上主義に対する異議申し立て)。
・朝鮮と朝鮮人に対する日本人の態度を見ることを通して、日本人の思想を一種の分光器による分析にかけることが出来ます。118.p
・(ある年代以上の日本人にとって)戦争中の記憶は(特に中国での記憶)、嫌な記憶です。....戦争中に起こった出来事をどのように覚えているか、どのようにそれを心の中ですり替えて別のものにしているか、それを表現しているか、それを調べてみることは、日本文化を理解するひとつの手がかりを与えます。171.p
◆読んで見たい、あるいは読み直してみたい本が、沢山紹介されている。
ソヴィエトの悲劇〈上巻〉―ロシアにおける社会主義の歴史 1917~1991
マーティン メイリア / 草思社 (1997-03-08) / 3,780円7 users
タグ 歴史 政治思想 社会 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 社会・政治 更新日:2010年08月18日 20時30分53秒 2010/08/18
購入:  2010年07月30日 3,675円 所有
読了:  2010年08月15日
ソヴィエト体制の成立・存続・崩壊は、様々な理論的問題を提起した。まず第一に(最も基本的な問題は)、資本主義経済の高度な発展の結果として、必然的に社会主義経済に発展転化するというマルクス主義の真髄が、資本主義的発展の最も遅れていたロシアで実現されたというアイロニー(この点について、143-145.p参照)。同時に、それはプロレタリアートの殆どいない社会でのプロレタリアート独裁を意味し、プロレタリアートの名による独裁という虚偽を前提とした。第二に、当初はロシア革命の成功は世界革命(或いはヨーロッパ革命)を当然の前提としていた(暗黙の了解として)。しかしヨーロッパ革命は起こらず(或いは挫折し)、ロシアは「単独の」存続を強いられた。ヨーロッパ社会主義は、必然的に「一国社会主義」に変質せざるを得なかった。それはスターリンの変質による「裏切り」なのか、「存続」のための不可避的選択なのか。不可避的選択として、そもそも「一国社会主義」は可能なのか?第三に、スターリンの全体主義体制は、生き残りのための不可避的選択だったのか、どの程度までスターリンの個人的資質に負っているのか?そもそも「プロレタリア独裁」は全体主義体制に必然的に転化せざるを得ないのか?第四に、レーニン主義とスターリン主義の関係、或いはレーニンが「もっと長生き」していれば、多少とも違った「体制」が造られたのか?第五に、その「崩壊」は、マルクス主義の誤りを証明するのか、単なる「後進国の社会主義」的実験の失敗に過ぎないのか?これは第一の問題、すなわちマルクス主義革命は後進国でのみ実現されたのはなぜかという問題にも通じる。(この点について、97.p参照)。第六に、ソヴィエト全体主義は、ロシア的専制主義の伝統の継承なのか、それともプロレタリア独裁の不可避的帰結なのか?
・第一章「社会主義とは何か」は、政治思想史、特に18世紀以降の政治思想史の簡単な概説になっている。
片言隻語の中に、光るものがある。
・「体制側の社会主義」と「反体制側の社会主義」44.p
・社会主義という言葉は歴史用語でもなければ社会科学用語でもない。あたかも救済宗教の呪文に近い言葉なのである。46.p(尤も、社会主義を宗教に擬えるのは独創的でもなんでもない。とはいえ社会の経済的発展法則に基づく「科学的真理」を、その「理論と行動の原理」とする政党の支配は、不可避的に神権政治に帰着する、と見なしてよいだろうか。
・歴史の論理は様々な形の改良主義を生み出すことしか出来ない。82.p
・すべての近代国家形成は、大規模な職業的常備軍を必要としたことから始まった。111.p
・人民の味方と自称する急進派のインテリゲンチャたちは、『カラマーゾフの兄弟』の中の劇詩「大審問官」の台詞のように、いつかは彼らを奴隷にする主人になる可能性がある(のだと、ドフトエフスキーは鋭く批判した)。119.p
・レーニン主義党の天才的なところは(この党こそがまさに天才の構築物であったが)エリートの秘密結社でありながら、大衆動員のための道具でもあったことである。134.p
・マルクス主義の威力は、形而上学的なものが実証的であるかのように見える正確さにある。143.p
・レーニンの業績の大事な点は、マルクス主義の定式化された教義を後進国世界に的確に当てはめたことだった。...「資本主義という鎖の最も弱い部分」...1902年以降、レーニンは自説を段階的に展開していくにあたって、マルクス主義をその定式化された教義とは次第に矛盾した解釈をするようになり、マルクスのいう歴史の論理をロシアの後進性に合わせて組み立て直した感がある。145.p
・「ソヴィエト」のユニークな性格は、この組織が階級に基づく権力として作られている点にある。...「ソヴィエト」はたんなる階級意識の社会的表出ではなく、あらゆる勢力関係が流動的な重大局面の真っ只中で生まれた特殊な政治集団である。165.p
・(ロシアで例外的な)「ソヴィエト化」が実現したのは、ひとつには戦時の大々的動員体制が、農兵の「プロレタリア」勢力母体を人為的に膨張させていたからである。ロシアの市民社会が例外的に脆弱で、革命的な対抗権力の増大を阻む勢力組織がほとんど生まれてこなかったことにも原因がある。166.p
・(マルクス主義は先進工業社会と階級意識の高いプロレタリアートを前提にしているが、その擬制の上に立つ)党はそうした物語を生み出すはずの社会と階級の創出に専念してきた。...これほど合理的な顔を持った社会的狂気というものもこれまでになかった。211.p
・ボリシェヴィキが生き残ったのは、偶然の賜であるが、生き残ることのできた構造的理由も(あるにはあった。)
1.赤軍の有利な戦略的位置
2.外国の内政干渉勢力の恩義を受けていなかったために、「愛国者」として振舞うことができた。
3.農民は、赤軍を嫌っていたが、白軍はもっと嫌われた。
4.もっとも重要なファクターは、優れた組織力を持っていたこと。218.p
・(革命後の)全世界において、共産主義政策の大きなパラドックスは、反体制側にいるときはアナーキストで、政権側になったら全体主義者になったことで、しかもこの二つの立場の間に矛盾があるとは見なかったことである。219.p(このようなパラドックスは、ある程度までは、単なる体制内の野党と与党の立場の交替によっても見られることは、自民党と民主党の政策によって経験したとおりである。
・レーニンの農村社会学(富農、中農、貧農の階級的分類単なるドグマの統計的肉付けを実証的社会学に見せかけた、とは書いてないが、実質的にそういう意味)、1917年以降の富農は、馬一頭、牛三頭を持ち、一年のうち何ヶ月か、自分たちよりも貧しい百姓をニ、三人雇う農民以上のものではなかった。その上、農民たちはそのような相互依存関係をごく普通のことと思っていた。仕事の段取りのうまい農民は、大半の中農にとって、事実上、手本であっても階級の敵ではなかった。あらゆるレベルの農民にとって、本当の敵は村の外にある世界、すなわち国家、都市、1917年以降は党だった。224.p

・国家管理の本質:全般的奴隷制、1861年の農奴解放後百年もしないうちに、農民は再び党国家の奴隷にされてしまった。(330.p)...国内旅券制度の導入、定職がなければ住居も配給も受けられないし、無断欠勤は犯罪として罰せられた。これは1930年代末までには19世紀の警察の労働者台帳に逆戻りし、労働者を仕事に縛り付けるための「グラーグ」を生む源になった。(335.p)
カール・R.ポパー / 未来社 (1980-03) / 4円2 users
タグ 政治思想 政治 社会 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 古書 更新日:2010年02月10日 08時17分02秒 2010/02/10
ウィッシュ ウィッシュ 読了:  2010年02月16日
約三十年前に出版されたこの本を採録したのは、「ソロスは警告する」の中で、雷に打たれたような啓示を受けたと書いているからだ。
同書で、ポパーは「ナチス思想も共産主義も”究極の真理を獲得した”と主張する点ではそっくりだ」と論じている。だが、究極の真理は決して人には知りえない存在である以上、ナチズムも共産主義も現実を歪んだ形で解釈しているはずだそして、そのような解釈を社会に適用するならば、どうしても暴力的な強制に頼らざるをえない。(「ソロスは警告する」から、61.p)
カール・ポパーは、1970年代に「科学的発見の論理」を読んだだけで、詳しくは知らない。トマス・クーンが「科学革命の構造」で提起したパラダイム・シフトをめぐって論争をしていた記憶がある。ともに印象に残る人で、いつかはきちんと読んでみたい気持ちはあったが機会がなかった。こんどの農閑期にでも。
◆さいたま市図書館、10/02/08(一応通読するが、再読候補の意味でウィッシュに入れて置く
・本書は政治哲学及び歴史哲学への批判的序説であり、また幾つかの社会改造の原則の吟味でもある。(はしがき)
・本書を書こうという最終決定は1938年3月、私がオーストリア侵入のニュースを受け取った日になされた。..本書の大半が戦争の成り行きが不確定な重大な時期に書かれたという事実は、今日ではその批判の一分が、私が望ましいと思うよりも情緒的で厳しい調子であるように思える理由を説明する助けになるかも知れない。..マルクス主義をかなり詳しく扱ったのは、それが主要な問題になるだろうという予感のためであった。(改訂版はしがき)
歴史信仰、人類の未来の運命について、社会科学は「預言者の無責任な答以上のものを与えられるのか」、予測すること、あるいはむしろ我々の日常的予測を改良すること、それらをより確実な土台の上に据えること、が科学一般の任務であるとされ、特殊的に言えば、長期的歴史予言を我々に授けることが社会諸科学の任務だとされる。彼らはまた、自分たちが歴史的事件の成り行きの予言を可能にする歴史法則を発見したとも信じている。この種の主張を掲げる社会哲学を歴史信仰という名のもとに一括した。(序文から)
購入:  2009年10月16日 0円 所有
読了:  2010年01月02日
・(レーニン・トロツキーとの対照性)レーニン、トロツキーは革命を予見し、革命達成まで数十年間、その準備に努めた。彼ら自身の構想は1917年の刈入れまでを目指してロシアの大地を潤した。だが、スターリンの場合は事情が異なる。第二次革命の構想は彼のものではなかった。彼はこれを予見もしなければ準備もしなかった。しかも、これを達成したのは彼であり、ある意味では彼一人の事業であった。初め、彼は当面の危機の振りあげる鞭に追われるかのようにして、この遠大な事業に足を踏み入れた。彼は不安を抱え、手探りで始めた。だが、やがて自分自身の行動の勢いに駆られた彼は、殆ど立ち止まることもなしに巨人の道を歩み続けた。彼の後ろには、一国社会主義を求める一世代全部のロシア人が、血のにじむ疲れた足引きずりながらついていった。スターリンの姿は神話的偉大さまでに広がるように見えた。だがそばによって見れば、考えは平凡でごく当たり前の大きさの人の姿であった。2
・彼は革命後の社会に現れた、すべての反抗的な思想と主義を抑圧する中庸主義的独裁の権化であった。3
・1925年初めに、ジノヴィエフ、カーメネフとの三人組を解消し、新たにブハーリン、ルイコフ、トムスキーとの協力関係を築き始め、この体制は25年後半に完了した。4
◆集団化政策
・28年1月、政府が農民から買い上げた穀類は都市生活者の最小限の消費高より200万トンも不足した。スターリンは政府に穀類を引き渡さない「クラークはソヴェト経済政策を撹乱している」と言明したが、これは少し前までの彼のあらゆる言明と矛盾していた。6月、新しい緊急措置が発表された.7月、スターリンは党に「クラークを強く叩く」よう呼びかけた。地方のボリシェヴィキはこうした命令に快く従えなかった。過去三年間、彼らに対して農民との同盟の重要性を痛感させる努力が行われてきた。また、農奴への敵意は異端的トロツキー主義の特徴だと教えられてきた。15.p(こうした最中でさえ、他方では「富農の収奪は愚行である」と主張していた。)28年末に承認された第一次五カ年計画は33年までにせいぜい全農家の20%を集団化することを規定した。
・それから数カ月後には全面的集団化が全スピードで進められた.個人経営は死滅を宣告された。20.p
・自作農2500万人のうちもっとも困窮した階級に属していたものがどのくらいであったか正確には知られていない。500万ないし800万といわれている。少なくとも500万の零細な農地は木の鋤で耕されていた。これと反対の側に150万か200万人の富農があり、中間には1500万から1800万人の中農がが存在した。しtがって、大改革を心から歓迎することは間違いないと見られたものはかなりの数とはいえ、農民全体から見ると少数に過ぎなかった。
・1929年中頃、はじめ定めた限界を越えて、集団化を推進し始めた。数千人の活動分子を農村に派遣し、階級としての富農を清算ししりごむ多数の中農を集団農場に追い込むよう指令した。
・短期間のうちに、ロシア農村地帯は地獄と化した。農民の圧倒的多数は必死の反抗で政府と対決した。集団化運動は軍事作戦、残酷な内戦に変質した。23.p
・(暴力的集団化の結果は、34年1月にその一部が公表された)29年に3400万頭いた馬が、33年には1660万頭に、牛は全体の45%に当たる3000万頭、羊と山羊は全体の三分の二に相当する1億頭近くが殺された。広大な土地が、未耕のまま放置された。24.p
・(30年春になると)スターリンは、集団化促進運動に強力なブレーキをかけた。次の三年間には、全農家の10%がさらに集団化されただけだった。こうして、五カ年計画完了までに、全所有地の10分の6が集団化された。集団農場の性格も変わった.最初は、農民の所有物はほとんどすべてが、集団農場のものだと宣言され、その参加員は労働に対して労働者としての賃金を受けるだけであった。30年代初めから中頃にかけての一連のスターリン改革は、農民の個人主義に重要な譲歩を行った.コルホーズは、コンミューンではなく協同組合となった。そこでは、参加員はコルホーズの利益の配分に加わった。また、小さな私有地、家畜の一部、家禽を所有することが認められた。時が経つにつれて、新しい社会的分化が始まった。裕福なコルホーズと貧しいコルホーズが生まれ、コルホーズ内にも格差が生まれた。29.p
◆粛清
34年末、キーロフ暗殺とともに粛清は開始され、39年はじめまで続いた。この粛清によって、革命の第一世代はほとんど抹殺され、その穴を埋めるために登用された第二世代にとっては、粛清そのものが彼らが社会的階梯を登りつめていくための、最も手っ取り早い手段になった。一種の社会的登用システムに組み込まれた感さえある粛清を描く第10章を、ドイッチャーはアナトール・フランスの小説に因んで「神々は渇く」と題している。
The Blackwell Encyclopaedia of Political Thought (Blackwell Reference)
タグ 辞典類 政治思想 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / Nonfiction 更新日:2009年05月24日 03時20分56秒 2009/05/24
所有
「ミシュレ城館の人」第二部21章に「懐疑主義」のことが出てくる。時に、懐疑主義は「疑うこと」と消極的に理解される。しかし語源的には、懐疑主義とは「検索、探求、吟味」といったことを意味し、懐疑それ自体は知識のための武器に転化されうる筈だと堀田善衛は書いている。
scepticisim」をどのように扱っているか「政治思想史事典」を参照してみた。独立の項目としてなく、バーク、ヒューム、モンテーニュのscepticisim」として扱っている。
モンテーニュのそれについては
The real object of Montaigne's sceptical attack,however,is Christianity,which rests on an unwarranted presumption about man's status in the universe and his capacity to decipher its meaning,and is the cause of tyranny,persecution,and needless suffering.
互いに「見つけた」として真っ向から対立する真理の体現者としての新旧両派の残虐で、酷薄極まりない宗教戦争の体験が、懐疑主義の根底にあるとみるべきか。

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