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タグ 宗教 カテゴリ:Web Web 更新日:2012年02月05日 04時38分27秒 2012/02/05
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・親鸞聖人の宗教的な思索と申しますか、それは終始一貫、弾圧のもとで醸成されてきた思想と、こうはっきり言い切っていいという点が、見落されてきたんじゃないか...
・(弾圧という言葉の、世代間での)その認識状況の違いは、ただ認識に関わる感覚の違いというだけではなくして、私が親鸞聖人の教学の根っこに見据えようとすることに関わっていく時に、その認識の違いが問題になるのではないかと思うのです。(参照)⇒こういう、ある意味で”切迫”した状況下で形成された思想、さらに突き詰めて云えば、厭離穢土の唯一の抜け道として「極楽浄土」への成仏を乞い願う切迫した感情を抜きにして、親鸞の思想を文字通りに追体験できるのか?
・恵信尼公の書簡:恵信尼書簡、特に、弘長三年二月二十日という日付の付いております書簡の中に出てきます親鸞像は大切なことを教えていると思います。三国連太郎さんの『白い道』をご覧になって、おわかりでありましょうが、あの通りであるかどうかは抜きにいたしまして、越後から関東へ、そして関東でああいうふうな生活をなさったであろう親鸞聖人と、その妻である恵信尼は、その生活を共同して生きられたわけです。単に一般大衆と共に生きるというよりも、最底辺を生き続けながら、そこで仏法、法然上人の教えを明らかにうなずいていこうとしたのが親鸞聖人であり、その親鸞聖人と共に生きたのが恵信尼公である。いわば共同の生活があるわけです。三国さんはその辺りのところで、親鸞聖人と、親鸞聖人にある意味でついていけない恵信尼公とを描いてます。いくらついていっても、ついていって追いついたと思うと、その先を歩いている親驚聖人がいるという、一つの問題をあそこでは投げかけているように思います。追いかけても追いかけても、一つになれない距離を、むしろ恵信尼公自身が自分の中でうなずいて、そのうなずきの確かめを通して別れていくという形をとって表現をしているといっていいように思います。(参照);「恵信尼」の書簡についてはWikiを参照の事。
・三國連太郎の言葉として;「真宗の親鸞聖人の教えを勉強している人達は、どうして、関東で親鸞とその妻が具体的にどんな日暮しをしたのかということに思いを注ぐことがないんだろうか。そこに目を注がなくして、現生不退というような言葉を使っても、意味がないんじゃないか」(同)⇒形骸化している、単なる「言葉」としての空疎な概念、または抜け殻としての概念。概念は、それが生まれた時空を離れてしまえば、常に(或いは一歩一歩)形骸化していく必然性を持っている

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