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カテゴリ 読書 購入 所有 お気に入り 1 - 9件目 / 9件
諸国畸人伝 (中公文庫)
石川 淳 / 中央公論新社 (2005-09) / 823円9 users
タグ 伝記・評伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / エッセー・随筆 更新日:2012年06月20日 08時20分41秒 2012/06/20
・昭和54年7月四版で購入(1979)。
・「鈴木牧之」を拾い読み。【北越雪譜】の出版に至る紆余曲折、最初、山東京伝に託してその出版を志すも、京伝の俄の逝去で実現せず、次いで馬琴、結局は京伝の弟京山の手で、初めて実現の運びとなった。「京山という横丁の気質の物識りいて、しかもさすがに江戸の文人だけあって、雪譜という堅い本を世に広めるために、俗中些かの雅ありという適切な趣向をたて通したのは、天の配剤、わるくないものであった。牧之の鈍根と、京山の愚直と。この二つの美徳を根底に潜めて、北越雪譜はまさに名著である」133
レオナルド・ダ・ヴィンチ
セルジュ・ブランリ / 平凡社 (1996-03) / 6,525円2 users
タグ 伝記・評伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / アート・建築・デザイン 更新日:2012年06月18日 21時03分01秒 2012/06/18
所有 読了:  2012年06月17日
・Ch.4を読む(12/06/16)。膨大なメモ類、時に前後脈絡なく、思いつくままに、あっちに飛んだり、中断したり、頭に去来する想念を、そのまま写しとったかの如き。ブランリによれば「物事を偶然に託して、脳裏に浮かんだ如くに、配列や明白な論理もなしに書いている」175
・Ch.5、200.p《隠者聖ヒエロニムス》の来歴
・Ch.6、「ペンと小刀」、レオナルドは1482年ミラノに移住する(30歳)。「レオナルドの時代には、ミラノはヨーロッパで最大、人口最多(10万)、最強の首都の一つとなる」233;「レオナルドは、自分を理解できなかったフィレンツェに対するおそらく反作用から、ミラノでほっと一息つく。彼は生まれ変わったような思いがする。あまりにも居心地が良いので、17,8年の間、事態の成り行きからやむを得ず出てゆくまで、この街に留まることになる」235;
・ミラノの強力な支配者に宛てた士官申出の長い書状(書状の全文、225)。戦争に関わる様々な提案、武器、要塞プラン等で占められている(「現実の奉仕の申し出というより、自分自身で決めるプログラムを読んでいるという印象のほうが強い」227;モンタネッリは、この自薦状がイル・モーロに提出されたとの前提で「あまり謙譲の美徳は感じさせない。ルドヴィーコはこの手紙が気に入って、レオナルドをミラノに招き、ショーや宴会の演出、女性の帯のデザイン公妃用浴室の設計を任せ、のちには肖像画も描かせた」と書いている。【ルネサンスの歴史】下巻、266。ミラノに向かったのが「招かれた」のか、別の動機だったのかは、決定的に重要というわけではないが、かなり違った印象を受けるのは事実。)
1481~99年、ロドヴィーゴ・イル・モーロ、ミラノ公となる。当時のミラノについて、ブルクハルト【イタリア・ルネサンスの文化】の第一章「芸術作品としての国家」で「ジャンガレアッツォ以来、すでに完全に出来上がった絶対君主政体によって統治されていたミラノの諸公の場合は、その統治は、15世紀の意味において真にイタリア的なものとして現れる」云々(100~105.p参照)
・先の「ミラノの強力な支配者」は明らかにイル・モーロのことだ。ブルクハルトは「レオナルドが進んで留まったのでないとしたら、この宮廷のいったい何がレオナルドをひきつけていたのだろいうか。世間はこの人に対しておそらく、およそ当時のどんな人間に対してよりも、門戸を開いていた。そしてイル・モーロの中に、幾らかでも高尚な要素が生きていたことを証明するものがあるとすれば、それは、彼の身辺にこの不可解な巨匠がこんなに長く滞在したということである」105、と書いている。
・イル・モーロは、1499年10月、ルイ十二世によってミラノを奪われる。いったんはミラノを回復するが傭兵の裏切りで捕らえられ、フランスで獄死する。レオナルドは、この時期にミラノを立ち去る。

・Ch.7、「1490年、平和のおかげで、イタリア全土はかつてなかったほどの繁栄を謳歌する。半島のあらゆる国家が、ある種の政治的安定を見る。ミラノはペストの恐怖と惨状から立ち直ったので、....人々は富を蓄え、それで楽しむことしかもはや考えない。(イル・モーロ支配下のミラノの概要;モンタネッリ【ルネサンスの歴史】下巻第28章「イル・モーロとシャルル八世」を参照)
レオナルド・ダ・ヴィンチ―真理の扉を開く (「知の再発見」双書―絵で読む世界文化史)
タグ 伝記・評伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / アート・建築・デザイン 更新日:2012年06月17日 21時52分17秒 2012/06/17
所有 読了:  2012年01月21日
・第三章「スフォルツァ家が支配するミラノで」、豊富な図版を添えてブランりの第六、七章を手際よくまとめている。(もち論、ブランリの伝記の紹介でも要約でもないが、豊富な図版そのものが文章だけではとても再現できないダ・ヴィンチその人の多面的な才能を的確に表現している。ダ・ヴィンチのような才能を表現するには、その時々の手稿の紹介に合わせて考察するのが最も適しているのではないか)。イル・モーロの肖像画に添えられたH手稿からの引用。「眼鏡をかけたイル・モーロ。嘘の中傷で固められた嫉みと、モーロのための黒い正義」57,ちなみにMoroとはイタリア語で「黒い」の意味。
タグ 辞典類 伝記・評伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 古書 更新日:2012年03月09日 21時22分38秒 2012/03/09
所有 読了:  2012年03月09日
・【日本語大シソーラス―類語検索大辞典】に「参照文献一覧」が掲載されている。古いものでは明治40年に発刊された【詞藻類纂】、明治37年発刊の【言海】、また【岩波古語辞典】や諸橋轍次編纂の【大漢和辞典】【中国古典名言辞典】も掲載されている。ところが、この種の類語辞典ないしシソーラスの編纂には絶対欠かせない必読文献と思われる【広文庫】と【古事類苑】が載ってないのがちょっとした瑕瑾かな。
・【古事類苑】の方は、Wikiにも「明治政府により編纂が始められた類書(一種の百科事典)である。明治29~大正3年(1896~1914)に刊行された。古代から慶応3年(1867)までの様々な文献から引用した例証を分野別に編纂しており、日本史研究の基礎資料とされている」と紹介されており、吉川弘文館から発行され、比較的能く知られている。
・一方、大正5年に発刊された【広文庫】のほうは、昭和52年に名著普及会から再刊されるまでは、【古事類苑】に勝るとも劣らぬ内容にもかかわらず、殆ど忘れられた存在だった。物集高見・高量親子が独力で編纂した国語辞書と百科事典を兼ねたような内容。例えば「あかがね(銅)」という項目を立て、「銅」に関する主要な記述を古典文献の中から網羅的に編集するという内容。従って同書の「銅」を見れば、「銅」に関する我が国の主要文献は網羅的に読むことができると云っても決して過言ではない内容。
・僕が、図書館で同書に始めて接したのは三十年以上前になるから、再刊本が出版されて間もない頃だと思う。偶々、手にして一読、その圧倒的な魅力に惹き付けられてしまった。岩手に越して以来、接する機会も失われ、最近はほとんど利用しないが、【日本語大シソーラス―類語検索大辞典】をあちこち眺めているうちに、再び【広文庫】の魅力を思い出し、同書の発刊記念に際して名著普及会の編纂した本書を読んでみた。改めて【広文庫】の魅力を再認識した。
- 1 users
タグ 伝記・評伝 文学 カテゴリ:Web Web 更新日:2012年02月17日 15時55分24秒 2012/02/17
読了:  2012年02月17日
ライプニッツ―その思想と生涯
タグ 伝記・評伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 人文・思想 更新日:2012年02月14日 15時57分09秒 2012/02/14
読了:  2012年02月14日
・1646/06/21生まれ
・普遍主義的傾向、生涯に16カ国1100人以上の相手と文通、20p
・国家行政改革計画、農業及びマニュファクチュア制度の改善計画、技術革新の毛唐と応用計画、32p
・50歳の時、「自分に残された時間を計算する」ために日記をつけ始める。48p
・予定調和状態の国家機関の構想;{時計の中で、ある歯車が別の歯車の動きによって動かざるをえない構造になっているのと同様、国家という大きな時計装置の中では、ひとつの団体の動きが別の団体を動かしてしまうものなのです」云々、76p
・哲学と神学、信仰と理性の密接な関係;信仰上の真理は理性を超えるにしても、理性を超えるものではありえない。98p
・存在すると同時に存在しないことは不可能である。99p
・絶対的真理と仮定的真理、102p
・神は、可能世界の無限の多様性の中から最善のものを選択した、108p
白い道〈第1部〉―法然・親鸞とその時代 しかも無間の業に生きる (1982年)
タグ 文学 歴史 伝記・評伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 古書 更新日:2012年01月26日 14時41分54秒 2012/01/26
読了:  2012年01月26日
・吉川英治「親鸞」を読んで後、法然に関心を持つ。
・「水田耕作が実は差別の元凶になった」118p
・法然の思想、230p
・加持祈祷と合理的施術、252p
矢部 貞治 / 光人社 (1993-09) / 509円6 users
タグ 歴史 政治 伝記・評伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 社会・政治 更新日:2012年01月14日 18時44分16秒 2012/01/14
所有 読了:  2012年01月16日
新体制運動、近衛の目的(だが実際には具体的構想はなかった)、122、124;いろいろな潮流が近衛の新体制運動を利用、126;「観念右翼」は幕府的存在と批判、近衛は嫌気または怖気、129-131、142⇒近衛の「新体制運動」の狙いに「軍部に対抗できる国民的政治力の結集」が、仮令あったにせよ、天皇の統帥権を盾に政府内政府としての「独自」の権力を握っているのだから、この点に根本的メスを入れなければ軍部に対抗できる「政治力の結集」は事実上の二重政権を招来する。そうならなかったのは政府が軍部に振り回され、軍部を政府の統制下に置けなかったからに過ぎない
第二次近衛内閣、日本の命運に重大な関わりのある基本国策要綱、時局処理要綱等を矢継ぎ早に決定、137、三国同盟;近衛が賛成に回った責任、150-151、
・日米交渉、「昭和16年4月から10月まで、彼の精魂は日米交渉に傾注された」154-167、⇒結局、近衛も軍部も、天皇も、松岡一人に振り回された格好で、政府としての統一して指導を貫徹出来なかった。もち論、「了解案」を基礎に何らかの日米合意が成立したかどうかはあやふやなものだ。しかしそれ以前に、外相一人の考えで国政を振り回せてしまうという政治システムの欠陥にメスを入れなければ、どうにもなるまい。しかしそれは「天皇の統治権」に抵触する恐れがあり、誰にも触れられなかった問題だ。すべての禍根はここにある。

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