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ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず
塩野 七生 / 新潮社 (1992-07) / 2,484円177 users
タグ 歴史 ローマ カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 歴史・地理 更新日:2012年06月10日 12時40分24秒 2012/06/10
所有 読了:  2012年06月10日
・ギリシャ文明の梗概(88-142)
・安定した三極構造(王政時代)から事実上の二極構造(共和制時代)への変容に伴う不安定化(145-149)
・BC494、平民のローマ退去(モンテサクロへの退去)⇒護民官の設置(149-150)
・「農地法」をめぐる対立
・十人委員会の設置及び十二表法の制定(BC449)、153-156;マキャヴェリ【政略論】(1-35参照)
・ローマ貴族の支配基盤=クリエンテス(156-159)、貴族と平民の抗争は既存勢力対新興勢力という単純な図式では捉えられない。貴族とクリエンテスである平民の合体した勢力対(クリエンテス外の)平民との抗争との側面(160)
・BC400~390頃、ローマのエトルリア攻略(396年、ウェイ占領)、エトルリアの盾を失い、以後ケルト族の波状的な来襲を受け、(ケルトはギリシャ人の命名、ローマ人はガリア人と呼んでいた。「ケルト人」及びその居住地域(BC400年頃)については、Wikiを参照)7ヶ月間にわたってローマを占拠される。身代金を支払う条件で都市ローマから退去する(169)。
・ケルト族来襲後の困難なローマの防衛と再建に貢献したのはカミルス(「ロムルスに次いでローマの二人目の建国者と賞賛されながら....云々」Plutarch, Camillus)179
・リキニウス法(BC367)、軍事担当官制の廃止、執政官制度の復活および平民出身者への全面開放。アテネもローマも権力は寡頭政派と民主政派の二重構造だったという点では共通する。アテネは二極が交代で政権を取ったのに対して、ローマは既成勢力が新興勢力を抱き込むのを常套手段とした。(184-185)
・ローマの共和政は、王政時代の政治制度の三本柱の王、元老院、市民集会の内の王だけを、二人の執政官に代えただけでスタートした。(189)
・共和政ローマの政治制度の構造的図解(193);各官職の権能(189-204)
・ローマの元老院(&ヴェネチアとの比較)、(201-3)
・ローマ連合の内実;五種類の連合国(211-15)
世界の名著 21 マキアヴェリ (中公バックス)
マキャヴェリ / 中央公論新社 (1979-02) / 1,836円5 users
タグ 歴史 ローマ カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 更新日:2012年06月08日 05時57分43秒 2012/06/08
所有 読中: 
・【政略論】から、臨時独裁執政官;ローマに脅威を感じた近隣の40もの部族国家は盟約を結んでローマに対抗した。「ローマ人が、国家存亡の危機のおりに常用した様々な打開策の中で、特に臨時独裁執政官の制度を創設したのはこの時だった(BC501または498年)。この制度は、一人の市民に最高権力を与えるものである。その市民は、如何なる問題についてもどのような審議会の権限にも拘束されずに、決定を下すことができ、またその決定を実施するにあたっても、なにものもこれに異議を唱えることができないことになっていた。
 この施策によって、ローマは当時おかれていた危機を収拾し得たのである。そして、更にこれによってローマは、やがてその版図を拡大するにあたって、共和国を脅かした不測の事態に対して、常に有効適切に対処しえたのだ」267(Whereupon the Romans, resorting to a method usual with them in seasons of peril, appointed a dictator; that is, gave power to one man to decide without advice, and carry out his resolves without appeal. Which expedient, as it then enabled them to overcome the dangers by which they were threatened, so always afterwards proved most serviceable, when, at any time during the growth of their power, difficulties arose to embarrass their republic.《Gutenberg.から;参照、Chap33》⇒同時代のアテネ、ペルシャ戦争に際してのテミストクレス、ペロポンネソス戦争に際してのペリクレスは、独裁官の名称は与えられていないが、事実上、「独裁官」の役割を果たしている。「制度」としての独裁官と「事実上」の独裁官との違いは、前者は任期が決められ、危機の「解消」と共に交替又は退任すること。後者はどうか?
 ナポレオン、ロベスピエール、レーニン、スターリン、ヒットラー、信長、家康など比較考量してみると「独裁」の意味は、一般に考えられるほど単純ではない。
「制度」として独裁的権限を与えられる場合と個人的「権威」(その内実がなんであれ)によって独裁的権限を振るっている場合。

・臨時独裁執政官の是非;「ローマを奴隷化したのは、臨時独裁執政官の称号でも官職でもなかった。ある特定の市民が、終身、政権を手放すまいとしてその権力を行使したことによる」「臨時独裁執政官の権力が法律上の手続きを踏んで授与され、個人の恣意に基づいてつくりあげられるのではないかぎり、臨時独裁執政官という制度は、常に国家にとって有益なものとなるのである。事実、国家を毒するのは、恣につくり出された行政官の職であり、非常手段に訴えてつくられた権力にほかならないのであって、合法的手続きをふんで作られたものなら何の心配もないのである」272⇒スターリンやヒットラーの場合の「合法的手続き」は?
・様々な不測の事態に対処しうる打開策をあらかじめ用意をし、また、それを運用していく方式を提供するような法律を備えていないような国家は、決して完全な共和国とはなりえないであろう。このような次第なので、危急存亡のときに臨時独裁執政官か、またはこれに類似の権威に頼ることのないような国家は事が起これば必ずや滅びる他はないものである。(1-34)
十人会は、時が立つに連れて僭主化し、辺りはばかることなく、ローマの自由を破壊してしまった。臨時独裁執政官のシステムが有益に運用できたのに、十人会はなぜ害をまき散らしたか。(1-35)
ローマ亡き後の地中海世界(上)
塩野七生 / 新潮社 (2008-12-20) / 3,240円159 users
タグ 歴史 ローマ カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 歴史・地理 更新日:2012年02月07日 09時48分59秒 2012/02/07
読了:  2012年02月07日
・作業日誌(12/02/06-07、参照

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