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ローマ人の物語 (2) ハンニバル戦記
塩野 七生 /新潮社 (1993-08-01) / 3,024円156 users
読了:  2012年06月24日
・再読
・資産階級別軍役制度(紀元前6世紀&241BCの改革後の比較表)79⇒「ローマ社会の中産階級化」云々;
Polybius, Histories(Plb. 6.19;On the Roman Army
・ハンニバルとスピキオの会見の場面、殊に二回目の会見が面白い。
・覇権の交代
ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず
塩野 七生 /新潮社 (1992-07-01) / 2,484円181 users
所有 読了:  2012年06月10日
・ギリシャ文明の梗概(88-142)
・安定した三極構造(王政時代)から事実上の二極構造(共和制時代)への変容に伴う不安定化(145-149)
・BC494、平民のローマ退去(モンテサクロへの退去)⇒護民官の設置(149-150)
・「農地法」をめぐる対立
・十人委員会の設置及び十二表法の制定(BC449)、153-156;マキャヴェリ【政略論】(1-35参照)
・ローマ貴族の支配基盤=クリエンテス(156-159)、貴族と平民の抗争は既存勢力対新興勢力という単純な図式では捉えられない。貴族とクリエンテスである平民の合体した勢力対(クリエンテス外の)平民との抗争との側面(160)
・BC400~390頃、ローマのエトルリア攻略(396年、ウェイ占領)、エトルリアの盾を失い、以後ケルト族の波状的な来襲を受け、(ケルトはギリシャ人の命名、ローマ人はガリア人と呼んでいた。「ケルト人」及びその居住地域(BC400年頃)については、Wikiを参照)7ヶ月間にわたってローマを占拠される。身代金を支払う条件で都市ローマから退去する(169)。
・ケルト族来襲後の困難なローマの防衛と再建に貢献したのはカミルス(「ロムルスに次いでローマの二人目の建国者と賞賛されながら....云々」Plutarch, Camillus)179
・リキニウス法(BC367)、軍事担当官制の廃止、執政官制度の復活および平民出身者への全面開放。アテネもローマも権力は寡頭政派と民主政派の二重構造だったという点では共通する。アテネは二極が交代で政権を取ったのに対して、ローマは既成勢力が新興勢力を抱き込むのを常套手段とした。(184-185)
・ローマの共和政は、王政時代の政治制度の三本柱の王、元老院、市民集会の内の王だけを、二人の執政官に代えただけでスタートした。(189)
・共和政ローマの政治制度の構造的図解(193);各官職の権能(189-204)
・ローマの元老院(&ヴェネチアとの比較)、(201-3)
・ローマ連合の内実;五種類の連合国(211-15)
わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 /新潮社 (2001-10-01) / 2,268円53 users
読中: 
・【君主論】のモデルは、なぜロレンツォではなく、チェーザレ・ボルジアか。それさえ分かれば【君主論】の書かれた意図が見えてくる。117p
・ロレンツォの死後、フィレンツェはサヴァナローラの支配下に置かれる。だが、それはサヴァナローラの刑死によって急速に終わる。
フィレンツェ市民を相手にサヴァナローラが説教する場面、偶々、その場に居合わせたダ・ヴィンチがこれをスケッチする様子が、メレジュコフスキーの【神々の復活】69-74pに描かれている
参考:【フィレンツェ史】は、グイッチァルディ ニのもの、マキァヴェッリ全集第三巻のものが出ている。マキァヴェッリのものは岩波文庫の他、グーテンベルク叢書でも読める。
ローマ亡き後の地中海世界(上)
塩野七生 /新潮社 (2008-12-20) / 3,240円161 users
読了:  2012年02月07日
・作業日誌(12/02/06-07、参照
海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉 (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 /新潮社 (2001-08) / 2,052円55 users
読中: 
・再読
・陸地型・海洋型の国家の違いは自給自足の考えのあるなしにに帰結すると見て良い、陸地型国家が侵略型になるのは当然の帰結、云々、43p
・ヴェネチアとフィレンツェは、性格のまるで違う二人の人間のようだ」とはマキャヴェリの言葉、ヴェネチアはアンチ・ヒーローの国、51p
・モラリストぶるイギリス人ほど、片腹痛いものはない。...ヴェネチア人も、道徳家の殻をかぶったほうが有利と判断した場合以外は、一度もモラリストであろうとしたことのなかった民族である。157p
東条英機 暗殺の夏 (新潮文庫)
吉松 安弘 /新潮社 (1989-07) / - 11 users
東条内閣が崩壊するまでの60日間を、日々の記録を辿って克明に展開している。私が書いてみたいと思っていたものが、ほぼ望み通りの状態で書かれている。(90/02/06、読書日記から)
之を楽しむ者に如かず
吉田 秀和 /新潮社 (2009-10-01) / 3,240円14 users
読了:  2010年01月22日
◆さいたま市図書館、10/01/21
図書館で何気なく手にして、偶然開いたページに「最近、トルコ出身のファジル・サイというピアニストのCDをきいた。」という文章が目に飛び込んできた。
・以前、ラジオでサイの演奏をかいま聞いて、「たちまち虜になってしまった」。見事な演奏はいくらもある。グールドも、ポリーニも、グルダも、アルゲリッチも、キーシンも(とっても羅列しきれないし、まだまだこの名簿は続くけれど)、みんな素晴らしい演奏家だし、確かに素敵な演奏だ。しかし躍動感あふれるサイの演奏には、何か心臓をグッと鷲掴みされたような激しい衝動を受けた。最初に聴いたのはモーツアルトだったが、全く異質の音楽といっても良いほどに、今まで聞いてきた音とは違っていた。こんな経験は初めてだ。

・吉田さんは、サイの演奏をこんなふうに評している。「音がきれいというだけでなく、テンポの思い切った速さ、ピアノで聴かせる歌の微妙な表現性といった点で、まず、きき手をびっくりさせ、それから魅惑する。この人は若々しさと、心憎いばかりの計算の確かさ、細かさの両面を併せ持っている点で、並々ならぬ器であると云っていいだろう。/ソナタK333変ロ長調は第一楽章のアレグロの主題をかなり速めの快速調での歌いぶりで始めるところでもうきき手の心を捕えてしまう。...第二楽章アンダンテ・カンタービレに入ると、それが一転して、こまやかな変化に満ちた情緒たっぷりな音楽になり、ことに第二主題のppの表情づけは第一楽章のそれとは対照点にある魅惑の一時を醸し出す。そうして、展開部でバスの音が半音ずつ上がってくるところの扱いも良い。全体にこの第二楽章をこんなに秘めやかな魅力でひき通している例は、ほかに誰があったかしら、と思う。/一方、変奏曲もすごいききものだ。その速さもさることながら、全体を通じて脈々と流れている生命感のとどまることもないような弾力性とでもいうものが、私を驚かす。」292.p
レパントの海戦 (新潮文庫)
塩野 七生 /新潮社 (1991-06-28) / 562円179 users
購入:   500円 所有
読了:  2009年12月24日
ルイスの「アジア海域におけるオスマン帝国艦隊の敗北と崩壊に比べると大して重要ではなかった。まもなくオスマン帝国は地中海で海軍力を復活させ」(『イスラーム世界の二千年』)の指摘は、レパント海戦についての西洋世界の評価或いは僕の従来の認識とはずいぶん違った印象を受ける。故に「海戦」そのものを復習するため再読。「小説」とはいえ、むかし読んだ印象では史料に忠実な小説仕立ての海戦史と云うべし。なお『世界歴史事典』(9-453.p)では「この海戦はスペイン黄金時代Siglo de Oro を表象する一戦であり」と指摘。
・外交官のいないトルコでは、重要任務でもしばしば、必要から数カ国語をあやつれる非支配民族のギリシャ人を使う。..2月27日、このギリシャ人は元首官邸内(ベネチア)の元老院議場で、スルタンの親書を読み上げ、それへの回答を求めた。親書は実に高圧的な調子で終始し、キプロス島の”返還”を要求した。55-56.p
・ベネチア大使バルバロは、1570年5月から大使館内に監禁された。しかし外部との連絡は継続された。当時西欧諸国の中で、トルコとの間に定期的な郵便制度を持っていた国はベネチアだけで、その業務を担当する部門はベネチア大使館にあったのである。コンスタンチノープルでいまだ経済活動だけは続けていたベネチア系の商人たちは、本国を始め、ベネチアの他の商業基地や全ヨーロッパの主要都市に散らばる支店にむけて、取引上の通信を送る必要が常にあった。100.p
・対トルコの連合艦隊の実質的な主要国はベネチアとスペインだけだが、両国の関係は敵対的とも言えた。しかしトルコの脅威を跳ね返すには互いに相手を必要とし、法王を仲立ちに辛うじて同盟した。106-111.p参照
・連合艦隊の規模は軍船二百隻、戦闘員五萬。総経費の分担はスペイン3/6、ベネチア2/6、法王庁1/6と決められた。
・戦略目標、ベネチアの真意はキプロス救援、スペインの目標は北アフリカ攻略、法王はイスラム教徒との戦い。ベネチアは「キプロス救援」を明記したかったが、実際には地中海の東西に関わらず敵のいるところに出向き対戦する、と決まった。113.p
・無敵と思われて来たトルコ軍が、無敵でないことを実証した.それも、1453年のコンスタンチノープル陥落から始まった、トルコの攻勢に次ぐ攻勢の前に、全力を投ずる抵抗となるとほとんど一度としてなかったキリスト教勢が、実に118年後にして初めて獲得した、ほんものの勝利だった。203.p(この「勝利」の意義について、解説で高坂正堯はJ・E・C・フラーの言葉を引用して、コンスタンチノープルの陥落以後続いてきた無敵のトルコという神話を打ち破ったことにおいて、「その精神的重要性は圧倒的」なものであったとした。「トルコが自らの不敗に疑いを抱いたことが地中海世界の支配の喪失を生み、それが次の世紀には陸上の支配の動揺をもたらした」269.p)
永田町政治の興亡
ジェラルド・L. カーティス /新潮社 (2001-06) / 1,944円12 users
購入:  2009年09月19日 28円 所有
読了:  2009年10月16日
○「農のある風景」でジェラルド・カーティスのコラムの引用・利用したのがきっかけで、同氏の著書を読んでみる気になった。尤も、同氏の代表作かどうか、amazon usedで、最も安価本を選んだ。
・日本に強力な既得権益層や、政治腐敗、強大な官僚組織が存在することは間違いない。しかし(それが日本の変化を妨げてきた最大の要因ではなく)これまで日本が抜本的に変わらなかった最大の理由は、経済にしろ外交にしろ、政府の政策の根本的変化を世論が支持しなかったことにある。日本人は依然、社会の安定と比較的公正な所得配分を失わずに経済成長を実現した、従来の諸制度を強く支持している。25
・55年体制は、四本の柱の上に築かれた。「西洋に追いつけ」という国家的目標の達成に必要な政策への社会的なコンセンサス、政党と密接に結びついた全国的影響力のある巨大な利益団体、絶大な威信と権力を誇る官僚制、自民党の長期支配、41
90年代の日本経済、戦後の国民的合意の崩壊、前向きに楽観的に変化を追求するアメリカ人とは対照的に、日本人は将来の災厄の芽を摘むという発想から変化に向かう傾向がある。危機に対して皆が団結して頑張らなければ日本は沈没するという脅しは、たとえ漸進的な変化でも、それを認めるコンセンサスを形成するには必要なのかもしれない。43
・脱工業社会では、利害は分散し始め、特定グループの利益だけを代表する特殊利益団体が台頭する。70年代後半から日本でも、この傾向が目立つようになった。全国規模の頂上団体が衰退して特殊利益の利権政治が優勢になったことは、現在の日本の政治を変質させた。政治家は狭い利益に目を向け、族議員現象を生んだ。45
・労働組合の戦闘性の低下(46)、農協パワーの衰退(48)、ギルドの死、日教組・医師会の影響力の低下(51-53)、財界の衰退、経済界の政治的影響力の細分化(53-54)
・利益団体、自民党族議員、官僚の関係を表す「鉄の三角形」は、日本政治の後進性を象徴する、日本独特の関係のように云われるが、実はアメリカで生み出された言葉だ。日本の現実の政策決定には、一つの巨大な三角形ではなく、特定の政策分野毎に結成されている三角形が、数多く作用している。56
・93年夏、自民党を始めて野党に転落させた歴史的な政変は、なぜこのタイミングで起きたのか?(64)、93年の自民党の下野は必然的なものではなかったし、何か一つの要因によって引き起こされたわけでもない。90年代前半には、各政党を隔てるイデオロギーの壁は殆ど取り壊され、経済は失速し、国際社会から冷戦構造は消えていた。不落を誇った自民党政権は、派閥抗争、政治家の野心や感情のもつれ、政治腐敗に対する報道、政治改革を求める世論、冷戦終結などの包囲網によって、じりじりと攻められていった。だが、自民党が政権を失うまでの具体的な筋道や下野の時期を決定したのは、この包囲網ではない。(94)
・93年8月に、自民党を中心にした連立政権ではなく、非自民の七政党の連立政権が発足したのは何故か?(96)93年の総選挙での結果で最も目立った特徴は、変化ではなく、連続性だった。自民党にしろ新政党にしろ社会党にしろ、当選したのは現職が中心だった。(101)(自民党には)小さな政党を一つか二つ買収すれば政権に居残れると決めてかかっている様子がありありだった。しかし、自民党の一党支配を支えた重要な条件だった国内のイデオロギー対立と国際的な冷戦は既に消滅していたのであり、自民党に対抗する勢力には、かつてない可能性が開かれていた。(107)
・連立政権はなぜ、わずか八ヶ月で崩壊したか?(96)細川政権には、改革主義者、政治的日和見主義者、社会主義者、平和主義者、国際主義者など理念の異なる政党が寄り集まっていた。政権が火種を抱えているのは発足当初から明らかだった。(111)国会は法律成立までのプロセスに建設的な役割を果たしていなかった。自民党が政権を退いたとき、政策決定の制度的枠組みも同時に消えてしまった。..(米国でもそうだが)日本でも政策決定の大半は、政治家ではなく役人が行っている。自民党から非自民勢力に政権が移っても、官僚の日常的な国家運営には支障はなかった。それでも、細川政権は政策目標や政策の優先順位を決め競合する要求を仲介・調整するための新しいメカニズムを作らなければならなかった。(118)
政党政治の前進、98年7月の参院選後に行われた金融再生関連法案の国会審議は、日本の政党政治の前進を意味した。国会は、他の場所で決められたことを追認したのではなく、政策決定の中心的舞台となったのである。与野党の歩み寄りで、自民党が最初に提案した法案より、強力でよい法律ができた。民主党の主導で、野党は自民党案より金融機関の債権のポートフォリオの透明性を高め、公的資金の投入について審査基準を厳格化するよう要求した。(217)
行政改革の目的、行政改革の主な目的は、市民社会と経済に対する国家の権力を弱めることが目的だが日本政治家もマスコミも、それを忘れている。日本の新聞やテレビは、日本政府の過剰な権力に焦点を合わせる代わりに、改革が日本政府の効率を上げるのかを探ることに全力を挙げている。改革推進派を自任する人々さえ、依然、改革の目的は国家から人々をもっと自由にすることではなく、国家が人々のためにもっと多くのことが出来るようにすることだという考え方にとらわれている。(237)(国家と市民社会との同一視ないしは混同
複雑系―生命現象から政治、経済までを統合する知の革命
M.ミッチェル ワールドロップ /新潮社 (1996-06) / - 53 users
購入:  2009年01月 105円 所有
読了:  2009年08月18日
○「21世紀の科学革命」と一時、持て囃された時期があり、多少は関心を持っていたが、今年1月に古本屋で100円で売られていたので購入、そのまま積読になっていたが、「カオス」を読んだついでに読み始める。ざっと通読したところ、「知の革命」と評価するほどの驚きはない。やや誇大広告の印象。09/08/18記
カオス―新しい科学をつくる (新潮文庫)
ジェイムズ・グリック /新潮社 (1991-12) / - 81 users
購入:  2009年08月06日 49円 所有
読了:  2009年08月15日
○「心は量子で語れるか」の序文の冒頭でマルコム・ロンゲアは「ここ十年ほどでとても励みになったことの一つは、第一級の科学者たちが、それぞれの分野のエッセンスと熱気とを広く一般読者に伝えようとして、何冊もの本を世に送り出したことである。なかでも際立っているのは次の三冊である」としてホーキングの「宇宙を語る」と共に「カオス」を「本来わかりにくい主題をスリルに満ちた探偵小説に仕立て上げた傑作である」と紹介しているのに魅かれて購入・登録。
カオス理論の位置、相対論、量子力学とともにカオスは、物理学上今世紀に起こった三番目の大革命だ。三つの内、カオスは直にこの目で見たり、ふれたりできる世界、すなわち人間サイズの物事に当てはまる革命である。18.p
フラクタル的性格、ものを考えるとき、とかく大きさや寿命などを基準として考えてしまう癖は、ちょっとやそっとでは直せるものではない。だが、フラクタル幾何学では、自然のある要素について、特徴的なスケールを探そうとすると却って理解の妨げになると主張するのだ。..流体の方程式は様々な情況の中で無次元なのだが、それは規模に関係なく当てはまるという意味である。..動脈から毛細血管にいたる血管も、やはりある種の連続体である。血管は枝のように分かれてはその先がまた分かれ、末端では血液細胞が一列にならなくては通り抜けられないほど細くなっていくが、その分岐は、フラクタル的性格を持っている。189-190.p
規則性・法則性とは、われわれの観念の生み出したある種の幻影であり、カオスこそ、この世に遍在する唯一の規則性ではないかと思わせる多岐にわたる現象を描いている。実に示唆にとんだ警句に満ちているが、個々の分野での「警句」の意味合いを充分に理解し味読するには、僕には専門分野の知識が余りにも不足している
チャイルド44 上巻 (新潮文庫)
トム・ロブ スミス /新潮社 (2008-08-28) / 767円441 users
所有 読了:  2009年07月10日
・息子の書棚の本。最初の30頁余は、飢餓に見舞われる1933年のウクライナのチェルヴォイ村が舞台。「クラーク」の掃討政策と強制的な集団化政策によって、農業の基幹的担い手が失われ、農村は疲弊し、深刻な飢饉に見舞われ、豊かな穀倉地帯だったウクライナが激しい国家的収奪の対象になったことは「知識」としては知っていた。しかし、この小説を読むまで、この時代にウクライナに生きた「農民」の惨状を具体的に想像して見たことは一度もなかった。この酷薄な物語は、どの程度事実を反映しているのか、調べよ!!
・「歴史」を、そこに生きた人々の現実的生活を通して理解しようとする姿勢に乏しかったことを痛切に思い知る。尤も、この数十頁が物語全体の展開とどのように関係するのかは、いまのところ全く予測が付かない。
○国家保安省の有能な職員レオは、単なる「濡れ衣」と知りながら獣医ブロツキーをスパイとして逮捕する。ところが同僚ワシーリーの姦策で(と、レオは信じていた)ブロツキーの尋問書にはレオの妻の名前が「協力者」として埋め込まれ、自ら妻のスパイ容疑の証拠固めのために自宅を捜索する羽目に立たされた。
ルビヤンカボリシェヴィキの秘密保安部隊に乗っ取られるまでは、ただの保険会社のオフィスビルだった。それでも、造りそのものが人の心を動揺させるこの建物が無作為に選ばれたとは、レオには思えなかった。高層建築ではない。といって、低層建築でもない。幅が広いわけでもない。奇妙にどっちつかずなのだ。正面玄関は用心深さの権化のような雰囲気をかもして、ぎゅっと押し込まれたような窓が横に並び、それが何列にも上に積み重なり、そのてっぺんでは抜け目ない隻眼のような時計が市を睥睨している。更に目には見えない境界線が建物の周りを取り囲み、通行人はみな中に引きずり込まれるのを恐れるかのように、その境界線をよけて通る。その一線を越える者はそこの職員か、有罪宣告を受けた者か、そのどちらかだ。この建物の中で無罪が言い渡される望みはない。この建物の中には有罪に向かう組み立てラインしかない。129.p
○何気ない細部が、全体のプロットの中に上手くはめ込まれ、語りに真実味を加え、驚くほど良く書かれている。まるで、その時代(50年代)を経験したことがあるのではないかと錯覚するほどと言っても過言ではない。
建前国家の人民警察子供たちはみな学校で、殺人も窃盗もレイプもすべて資本主義社会の病気だと教えられる。だから、民警の役割もそれに準じてランク付けされている。人はものを盗む必要もなければ、暴力的になる必要もない。なぜならみな平等なのだから。だから共産主義社会では警察は理論上必要ないのだ。人民警察が内務省の下部の一分課にすぎず、職員の給料も安ければ、人々の尊敬を集める仕事でもないのはそのためだ。実際、人民警察の大半は小中学校を卒業できなかった者、コルホーズを追い出された農業労働者、退役軍人、ウォッカのボトルを半分空けて決断した者たちで占められていた。318.p
国家の予防策この言葉でどんな死も正当化される。ドイツ軍の兵士にパンを見つけるチャンスを与えるより、自国民を殺したほうがより正しい選択と言うわけだ。それについて良心の呵責もなければ謝罪もない。どんな疑惑も許されない。そういう死に異議を唱えることは即、反逆罪となる。381.p
ジュリアス・シーザー (新潮文庫)
シェイクスピア /新潮社 (1968-03-27) / 464円101 users
購入:   420円 所有
読了:  2009年06月22日
○高潔なるブルータス、ブルータスを利用して個人的野望の実現を図るキャシアス、ブルータスについたかと思えば、たちまち翻身してアントーニアスにつく愚かな民衆、民衆の愚かしさを軽蔑しつつ、それを利用してシーザーの跡を襲うアントーニアス、暗殺・そしてブルータスの敗北と、事態は劇的に進行する。(880724)
・ローマ人たち、今では、その筋肉、五体はなるほど祖先と同じものだが、ふん、情けないご時世だ!父親の魂は既に死んでいまや跡形もなし、今日われわれを支配するはただ母親の心のみ、こうして頸木に耐える俺たちの忍従の姿は、どう見ても女のものさ。31.p
・それなら、なぜシーザーを暴君にさせるのだ?かわいそうに!あの男だとて、好き好んで狼になりはしまい、ローマ人を挙げて羊の群れと思いさえしなければな。獅子にもなるまい、ローマ人が牝鹿でなければな。32.p
・身を低きに置くのも、所詮は若き野心が足をかける梯子のたぐい、高みに昇ろうとするものは、かならずそれに目をつける。が、この梯子、一度天辺を極めてしまえば、もう用はない、素知らぬ顔で背を向けて、目をはるか雲のかなたに預け、それまで昇ってきた脚下の一段一段に蔑みの足蹴を食わせるのだ。36.p
・臆病者は現実の死を迎えるまでに何度でも死ぬものだ。勇者にとっては、死の経験はただ一度しかない。52.p
・油断は策謀に好機を与えん。57.p
定家明月記私抄
堀田 善衞 /新潮社 (1986-02) / - 7 users
購入:  2009年04月06日 470円 所有
読了:  2009年04月26日 星5つ お気に入り
中古本で購入、そのきっかけが何であったかは忘れた。或いは「序の記」に書かれた次の一節を何かで読んだのかも知れない。
いつあの召集令状なるものが来て戦場へ引っ張り出されるか分らぬ不安の日々に、歌人藤原定家の日記である「明月記」中に
世上乱逆追討耳に満つと雖も、之を注せず。紅旗征戎我が事に非ず
という一文があることを知り、愕然としたことに端を発していた

通常、この種の日記に面白いものはない。来る日も来る日も退屈な有職故実の類や物忌み、方違え、平凡な日常の出来事どもを飽きもせず克明かつ丹念に記録した、これだけ詰まらぬことを良くもまあ根気よく記録するだけの暇と根性を持ち合わせたものだと感心するだけの内容でしかない。
ところが堀田の手にかかると、この退屈な読み物が千年の時を隔てて生き生きと蘇り、同時代の痛切なる生き様を映し出す鏡となるから、ただただ感嘆するのみ!!
○定家の時代は、文明の交代期に属する。堀田は、これを式子内親王の歌
ながめつるけふは昔になりぬとも軒ばの梅はわれを忘るな
を引用しつつ、「源氏物語に象徴される一文化、あるいは文明の終焉を、この式子内親王の死に見ることもまた可能なのかもしれない」と書いている(154.p)
余りに迂遠な表現とはいえ、衰退する王朝文化と武家の台頭は否応なく感じ取られたのであり、それは身の貧窮と頻々と生起する変事を通して彼らなりの「革命願望」(127.p)へと導かれていく。激動する時代の空気を歌人定家の感性がどのように受け止め、それをどのような言葉として定着させているかという視点でみるとき、自ずと興味深々たらざるを得ない。
○同一事象に対する明月記、方丈記、玉葉の比較対照が出てくるが、高校生時代に古文の学習としてのみ読んだ記憶しか今では残っていない「方丈記」もまた「同時代史」だったと今更ながらに再認識し、改めて通読したくなった。併せて「玉葉」「吾妻鏡」もまた通読すべし。
○平安・鎌倉時代の女性の社会的地位に関連して。
この当時の男女関係の、恋愛と結婚のけじめがはなはだ漠然たるものであったことなどについては、自由などという言葉がかすんでしまうくらいの「群婚的多妻多夫」の在り様がまだ残っていた頃であるから...(94.p)⇒高群逸枝「日本婚姻史」参照
女子が相続権を持っていたことが彼女達の経済的独立を保証し、それがひいては恋愛における男達を通わせる文明形態を成立させ、また女流文学の一大形成を保証した原因のひとつであった。(102.p)
という指摘は流石というべき。
更には、次のような指摘となる。
この時代は、慈円が「女人この国をば入眼す」と言ったように、京に卿三位兼子あり、鎌倉には血を浴びて悪鬼か羅刹かのように奮闘している政子ありで、日本の女性史上、実にかつ目すべき時であった。二大権女時代であったと言って良いであろう。(192.p)

04/26、17:40読了、治承四年平家没落の始まりから承元二年の実朝将軍までの時代相の空気を、初めて直に味わうの気分。
堀田は最後に、「この時代の異様な風貌」と書き、「京都は袋小路のデカダンスであり、鎌倉はシェークスピア劇の如き骨肉の争いである」と総括している(266.p)。
・「歓楽」
心神甚だ歓楽。家門を入るの後、身体歓楽、忽ち為方知らず。終夜甚だ歓楽」などと言われると、徹夜で乱痴気騒ぎでもやっていたかと思われかねないが、これは病気で苦しみぬいていたことの記述なのである(102.p)。
岩波古語辞典には、正月に使う病気の忌詞とある。「大言海」には、病と云うを嫌いて、反覆の語を用いしなり、揚子方言とある。マスコミなどの「差別用語」狩りも一種の忌み言葉と考えれば宜し。

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