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カテゴリ 読書 購入 所有 お気に入り 1 - 30件目 / 42件
中国の歴史〈第2巻〉中華の揺籃 (1981年)
陳 舜臣 / 平凡社 (1981-01) / 1,728円3 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年03月28日 09時37分32秒 2012/03/28
所有 読中: 
幸田 露伴 / 岩波書店 (1978-12) / 3,240円3 users
タグ 史伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年03月24日 22時21分50秒 2012/03/24
読了:  2012年03月24日
・一切経の伝、史記の作者、漢書の作者を読む(12/02/17)
陳 舜臣 / 平凡社 (1980-11) / 1,728円4 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年03月24日 22時21分29秒 2012/03/24
所有 読了:  2012年03月24日
・再読、史記と併せ読む。
夏王朝について、Wikiには「夏(か、紀元前2070年頃 - 紀元前1600年頃)は、中国最古と伝承される王朝」とある。
・夏王朝は、実在も非実在も証明されてないけれど、実在したとすれば時期的には「竜山文化が夏王朝の時代に当たる」云々(92)。竜山文化はWikiによると「龍山文化(りゅうざんぶんか、龙山文化、拼音: Lóngshān wénhuà : ロンシャン・ウェンフア, 紀元前3000年頃-紀元前2000年頃)は、中国北部(華北)の黄河中流から下流にかけて広がる新石器時代後期の文化である。黒陶が発達したことから黒陶文化ともいう」
わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 / 新潮社 (2001-10-01) / 2,268円53 users
タグ 史伝 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年02月22日 08時44分46秒 2012/02/22
読中: 
・【君主論】のモデルは、なぜロレンツォではなく、チェーザレ・ボルジアか。それさえ分かれば【君主論】の書かれた意図が見えてくる。117p
・ロレンツォの死後、フィレンツェはサヴァナローラの支配下に置かれる。だが、それはサヴァナローラの刑死によって急速に終わる。
フィレンツェ市民を相手にサヴァナローラが説教する場面、偶々、その場に居合わせたダ・ヴィンチがこれをスケッチする様子が、メレジュコフスキーの【神々の復活】69-74pに描かれている
参考:【フィレンツェ史】は、グイッチァルディ ニのもの、マキァヴェッリ全集第三巻のものが出ている。マキァヴェッリのものは岩波文庫の他、グーテンベルク叢書でも読める。
日本の名随筆 (別巻74) 辞書
柳瀬 尚紀 / 作品社 (1997-04) / 30,141円5 users
タグ 辞典類 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年02月17日 15時35分22秒 2012/02/17
読了:  2012年02月17日
・日本語の辞書についての苦言が出ている。要するに、単なる言葉の置き換えがあるばかりで、言葉の「歴史的実証の方法」が欠けているというに尽きる。これに触れているのは竹内好「辞書のこと」、『図書』のコラム「小股の切れ上がった女」等。特に後者の「問題は方法論そのものの根本的反省にあるのであり、単に収録語彙の豊富さだけを自慢するのは、辞書編集法として、少なくとも一世紀近く世界の大勢に遅れている」との指摘にまったく賛同する。とはいえ未だに「日本語の系統」についての定説もなく、語源の研究も儘ならぬ現状では同情すべき点がないわけではない。
・これはちょっとした悪口の方。悪口は悪口として、辞書をこよなく愛し、引くだけではなしに、最上の読み物として日夜親しんでいる人の話もまた良し。
12/02/17作業日誌参照
三国 連太郎 / 講談社 (1986-11) / 469円5 users
タグ 歴史小説 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年01月28日 11時48分00秒 2012/01/28
読了:  2012年01月28日
・毎日新聞社」板、図書館から借りる。
・12/01/28「作業日誌」参照
・平家末期政権から頼朝挙兵、上洛までを扱う。
海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉 (塩野七生ルネサンス著作集)
塩野 七生 / 新潮社 (2001-08) / 2,052円55 users
タグ 歴史 政治 社会 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年01月27日 06時19分44秒 2012/01/27
読中: 
・再読
・陸地型・海洋型の国家の違いは自給自足の考えのあるなしにに帰結すると見て良い、陸地型国家が侵略型になるのは当然の帰結、云々、43p
・ヴェネチアとフィレンツェは、性格のまるで違う二人の人間のようだ」とはマキャヴェリの言葉、ヴェネチアはアンチ・ヒーローの国、51p
・モラリストぶるイギリス人ほど、片腹痛いものはない。...ヴェネチア人も、道徳家の殻をかぶったほうが有利と判断した場合以外は、一度もモラリストであろうとしたことのなかった民族である。157p
断腸亭日乗 〈第5巻〉 昭和十五年−十九年
永井 荷風 / 岩波書店 (2002-01-07) / 5,670円1 users
タグ 文学 社会 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年01月16日 12時26分14秒 2012/01/16
所有 読了:  2012年01月16日
◆以下「作業日誌」(12/01/16から転載)
・昭和15年2月20日に「尿中タンパク質顕著。かつまた血圧やや高しとて、院長頻りに菜食の要あるを説く。余窃かに思う所あり。余齡
すでに六十を越えたり。希望ある世の中ならば節制節慾して残生を愉しむもまた悪しきにあらざるべし。されど今日の如き兵乱の世に
ありては長寿を保つほど悲惨あるはなし。平生好むところのものを食して天命を終わるも何の悔いるところかあらん。浅草にいたり松喜
食堂に鶏肉を食し玉の井を歩みて帰る」云々、17p⇒単に高等遊民の繰り言に過ぎず
・8/01、「街頭には贅沢は敵だと書きし立て札を出し、愛国婦人連辻々にたって通行人に触書をわたす噂有りたれば、その有様を見んと
用事を兼ねて家を出しなり」。また欄外に「贅沢は敵なりという語はロシア共産党政府樹立の際用いたる街頭宣伝語の直訳という」、54p
⇒この日、「国民精神総動員本部、東京市内に〈贅沢は敵だ!〉の立て看板1500本配置」(近代日本総合年表から)
・9/27、日独伊三国同盟締結に際し、「自ら辞を低くし腰を屈して侵略不仁の国と盟約をなす国家の恥辱これより大なるはなし其の原因
は....畢竟儒教の衰滅したるに因る云々」74p(下線は引用者)
・10/03、旧約聖書を読む。日本人排外思想の拠って来る所を究めんと欲するのみならず....云々、76p
・11/10、専ら人のうわさする巷説、「新政治家の中の末信中野橋本その他の一味は過激な共産主義者...軍人中この一味に加わるもの
少なからず。而して近衛公は過激な革命運動を防止せんと苦心しつつあり。近衛の運動費は久原小林などより寄付せし...云々」98p
・11/16、花電車、「病院内にて花電車を見たることなしと云うもの三分の二以上にて、これを知るものは四十余りの者ばかりなりとの事より
推測して、現在東京に居住するものの大半は昭和十年以後地方より移り来たりし者なることを知れリ。...今回の新政治も田舎漢のつくり
出せしものと思えばさして驚くにも及ばず。フランス革命又明治維新の変などとは全く性質と品致とを異にするものなり」101p
⇒花電車は紀元2600年祝賀行事の一環か、「新政治」とは言うまでもなく「大政翼賛会」の事。
・12月、贅沢は敵だ」の緊縮世情の中、贅沢三昧の軍人壮士の振る舞い、貧富の懸隔広がる様を風刺する戯れ詩、104、115-118p
・12月末、「今年は思いがけぬことばかり多かりし年なりき。米屋炭屋、菓子など商うもの又金物木綿などの問屋、全て手堅き商人は商売
立ちゆき難く先祖代々の家蔵を売りしものも少なからざるに、雑誌発行人芝居興行師の如き水商売をなす者一人として口腹を肥やさざるは
なし。石が浮かんで木の葉の沈むが如し」125p
・昭和16年正月、「去年の秋ごろより軍人政府の専横一層甚だしく世の中遂に一変せし今日になりて見れば...不便なる自炊生活その折々
の感慨に適応し今はなかなか改めがたきまで嬉しき心地せらるること多くなり行きけり。...斯くの如き心の自由空想の自由のみはいかに
暴悪なる政府の権力とても之を束縛すること能わず」129p
年表上からは日独伊三国同盟締結、大政翼賛会発足及びそれに伴う各種団体政党の「自発的」解散、内務省図書課・警視庁検閲課
などの新聞雑誌の整理統合などの出版統制強化などが伺われるが、「軍人政府の専横」とは具体的に何を指すか。昭和15年1月に成立
した米内内閣は倒閣のため陸軍首脳部が画策した畑陸相の単独辞職に拠って総辞職に追い込まれ、代わって近衛内閣が登場した。明ら
かな陸軍の「専横」だが、このような内部事情は当時一般に知られていたか。

・5/11、市中の風聞、いろいろ;築地辺の待合料理店は引き続き軍人のお客にて繁盛一方ならず。公然輸出入禁止品を使用するのみ
ならず暴利を貪りて...」云々、168p
・6月、時局についての意見、日記のこと等、「日支今回の戦争は日本軍の張作霖暗殺及び満州侵略に始まる」云々177p
・昭和17年4月、巷の噂、226事件の反乱の兵卒の戦地にて優遇せられし話、南京占領および中華人のおびただしく殺されしに、戦争の
何たるかにつての無関心等々、267p
・昭和18年1/25、街談録、昭和12年より浪費した戦費の合算は支那人戦死者一人につき二千円...この度の戦争の愚劣なること..云々、
316p
・2/03、町会より本年中隔月に百五六十円債権押売のこと申し来たれリ、318p
・5/04、近県への食料品等買い出しの事、夕刻までに数千人が捉えられるが、その大半は鉄道及び郵便局の役員...云々、344p
・5/17、文学報国会、荷風の名を無断借用、菊池寛が創設し、(余の嫌悪セル)徳富蘇峰が会長、346p
・5/26、近頃物品の闇相場、349p
・9/09、上野動物園の猛獣は毒殺...帝都修羅の巷となるべきを予期..云々、379p
・9/28、10月中には米国飛行機必来襲すべしとの風説...、386p
・10/03、「世の中は星に錨に闇と顔馬鹿な人達立って行列とやら云う落首を口にする者さえなきようになりぬ、388p
・10/09、国民預金の強制勧告...390p
・12/22、世間の噂、いかほど職工を増やしても資材不足でどの軍需工場も夜間業務は中止、この様子では来年6月までには戦争は終局
...416p
・昭和19年4/10、市中至る所疎開空襲必至の貼札を見る。一昨年4月敵機来襲の後市外へ転居するものを見れば卑怯といい非国民など
と罵りしに18年冬頃より俄に疎開の語を作りだし民家離散取り払いを迫る。朝令暮改笑うべき...云々441p
・4/11、食物闇値一覧、442p
・東京の繁華は昭和八九年を以て終局を告げたるものと見るべし...455p
◆「俗と反俗は釘と金槌」
・第23巻「月報」に開高健が書いている。荷風老人は後足で砂をかけ、実人生からオリてしまった。その癖、実人生への興味津々、巷の
風説、街談に耳を済まし、日記に書き留めた。「私に云わせれば、荷風散人は決して実人生からオリ切ることが出来なかった。俗物を離れ
て反俗精神が成り立たないことは、釘を離れて金槌が存在し得ないのと同じである...云々」、この好奇心が最も良く映し出されているのが、
昭和18-19年の日記か。戦時下東京の実相の一面を映し出す良き鏡。
エラスムスの勝利と悲劇 (ツヴァイク伝記文学コレクション6)
タグ 歴史 文学 政治思想 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年01月14日 17時18分32秒 2012/01/14
読了:  2012年01月12日
エラスムスの精神の本質は、次の言葉に要約されている。「彼は地上のただ一つのものを、理性の仇敵として心から憎んでいた--狂信である。みずからすべての人間の中で最も非狂信的であり、おそらく最高位とは云えないとしても最も広い知識を持つ精神であり、文字通り人を酔わせる慈善ではないにしても誠実な善意の心情であったエラスムスは、あらゆる形式の不寛容な志向のうちに、我々の世界の禍根を見ていた。」8p
エラスムスの悲劇、「エラスムスの個人的な悲劇は、ほかならぬ彼、あらゆる人間の中で最も非狂信的な彼が、しかもほかならぬ超国民的な理念が初めてヨーロッパを勝利の光で覆った瞬間に、国民宗教的な大衆情熱の、史上で最も凶暴な噴出の一つによって引き落とされたことにある」15.p
・17p、大衆妄想と世界の党派化
・96-123p、コピー
・暴徒はスローガンに拠ってはじめて党派となり、組織に拠ってはじめて軍隊となり、信条によってはじめて運動となる...97p
・人間主義的意向を持つ人は、すべての理念がその本質上覇権を得ようと努めるものである以上、どのイデオロギーにも忠誠を誓うことは許されない。99p

・110-125p、エラスムスとルターとの対照性を見事に表現している。その鮮やかすぎる形象化は、余りに際立ちすぎているために却って作家的造形ではないかと疑ってしまうほどだ。
・155p、精神の権力の現世の権力に対する圧倒的優位
・208p、エラスムスの遺産、現実化に拠って消耗したり妥協したりしない理想だけが、人倫衝動の元素として、あらゆる新世代のうちに働きかけることをやめない。まだおよそ実現したことのない理想だけが、永劫回帰を持つのである。
新版 断腸亭日乗〈第4巻〉昭和十一年‐昭和十四年
永井 荷風 / 岩波書店 (2001-12-05) / 5,400円2 users
タグ 文学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2012年01月08日 11時09分56秒 2012/01/08
読了:  2012年01月03日
Media Markerの読書日誌としての便利さを思い、一年ぶりに更新を再開する。記事の索引として利用できる使い方。
・昭和33年発行の全集版第22巻で所持する。【日記に読む近代日本】の第4巻(昭和前期)に紹介されている。昔、岩波文庫の摘録で読んだが、この機会に全編を読みたくなり、全集版で改めて購入する。
・「公表」を前提にした日記で、読者を予定した「作品であり商品であるがゆえに、原本・刊本共に複雑な改訂が加えられている」(【日記に読む...】150.p)というが、刊本毎の違いや改訂の後にまでは関心がない。
・47p、11/4/6、手紙封筒に戒厳令云々の朱印
・145p、12/3/13、市会議員選挙の宣伝、浪花節で棄権防止の訴え、抱腹絶倒
・222p、12/10/23、ジイドのソヴィエト紀行修正を読む云々
・223p、12/11/3、大日本中央文化連盟の「辞令風」印刷物来たり、文筆を焚くべき日遠からず云々
・228p、12/11/19、むく鳥通信よみて眠るとあり多分、その一節の引用か?「東京の生活いまだ甚だしく窮迫に至らざる...戦争もお祭り騒ぎの賑やかさ云々」
・254p、13/2/17、中央公論社佐藤氏、支那戦地視察を勧める云々
・402p、14/8/22、日英会談不調で株暴落
・404p、14/8/28、突然の独ソ同盟で平沼内閣倒れる
・同前、14/8/29、独ソ同盟に伴う立て看板などに反映した街の動揺ぶり
・407p、電力不足に伴う不便
・426-428p、炭、白米の不足、コメ不足対策に警察署が率先して犬殺し云々
バルザック全集 第4巻
バルザック / 東京創元社 (1973-11) / 5,250円1 users
タグ バルザック カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2010年03月26日 05時39分57秒 2010/03/26
購入:   5,250円 所有
読中: 
【田舎医者】1832/10-33/07
宗教的思想、他の社会でも同じことですが、ここでは善行を行おうとすれば他人に逆らわねばならず、それも彼らの利害ではなく、もっと危険で扱いにくいもの、すなわち迷信にまでなった宗教的思想という、思想の中でももっとも破壊しにくいかたちの思想に逆らわねばならないのです。27.p
政府の啓蒙、悲しいかな、そもそも政府というものは、啓蒙することなど出来なものです。なかでももっとも啓蒙しにくい政府というのが、ほかでもない自ら光明をもたらすと自負している政府です。50.p
・要するに行政の本質というものは、多かれ少なかれ正しい思想や方法をこちらから大衆に強制することではなく、良きにつけ悪しきにつけ、これら大衆自身の思想に、一般的な福祉と合致するような有用な方向づけを行うことなのです。53.p
裕福になった地所もち農民、日雇い時代のタブローは律儀な、親切な気さくな人間で、誰にでも頼めば喜んで手を貸してやったものです。ところがそのタブロー先生も、稼ぎが多くなるにつれて、訴訟好きで屁理屈ばかりいう、傲慢不遜な人間になってしまいました。金持ちになればなるほど、人間が腐っていきました。農民というものは、純粋な勤労生活から裕福な生活に移ったり、あるいはまた地所を所有したりするようになると、がまんできない人種になるんですね。58.p
(The moment that the peasant forsakes his life of toil pure and simple for the leisured existence of the landowning classes, he becomes intolerable. )
貧民の公債登録台帳、労働というか耕作というか、これが貧民たちの公債登録台帳のようなもんでしてね。あの爺さんは、病院に入ったり乞食をしたりするなんて、とんでもない恥さらしだと思っているんです。彼は、どうせ死ぬなら、野良仕事をしながら、日のあたるところで、鶴嘴を握ったまま死にたいと云ってます。いやはや、大した勇気の持ち主ですよ!84.p
善行、それじゃ、あなたは、あの感謝という途方もない利子を取り立てるために善行をほどこされたんだすか?」そういいながらベナシスは笑った。「それじゃ、まるで高利貸ですな」88.p
・自然に対する愛だけは、人間の希望を裏切ることのない唯一の愛ですからね。ここだと幻滅を感じることもありません。....都会の人間には思いもよらないような、なんと色々な感動に満ちていることでしょう。109-110.p
・もし才幹ある人物を登用すれば、彼らはこの自然の掟に服従し、国民をもそれに服従させますが、凡庸な人間ばかりを集めれば、彼らは遅かれ早かれ、卓越した精神の持ち主に牛耳られるに決まってます。才能ある代議士は国家の利害を感じ取りますが、凡庸な代議士は力に出会うと妥協しますからね。要するに議会というものは、恐怖政治下の国民議会のようにひとつの観念に屈服してしまうか、ナポレオン治下の立法院のように武力に、あるいは今日のように特定の政治体系もしくは金権に屈服するかに決まってます。131.p
議会の迷走 (小説フランス革命 4)
佐藤 賢一 / 集英社 (2009-09) / 1,620円31 users
タグ 歴史小説 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2010年02月04日 13時48分54秒 2010/02/04
読了:  2010年02月04日
◆さいたま市図書館、10/02/02
・ナンシー事件、聖職者民事基本法
国民衛兵隊の入隊資格、憲法制定委員テティエンヌが朝一番の議場に告げたのは、人権宣言第十二上並びに第十三条に挙げられている「公の武力」の編成について、その憲法条文における具体化に着手したい旨だった。..ラ・ファイエットを司令官とする国民衛兵隊は、言わずと知れた民兵組織である。実質的には富裕なブルジョアが、かねて中核をなしてきた。これに法律的な裏付けを与えよう、向後の国民衛兵隊はその入隊資格を能動市民だけに許す、云い換えれば受動市民の新規入隊は受け入れないと、そう憲法に明文化してもらおうと、かかる議論が12/05の議会で行われることになったのだ。95.p
・右派と左派の綱引、タレイランの暗躍、ミラボーの影響力に翳り
聖者の戦い (小説フランス革命 3)
佐藤 賢一 / 集英社 (2009-03-26) / 1,620円41 users
タグ 歴史小説 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2010年01月20日 15時54分55秒 2010/01/20
読了:  2010年01月20日
◆さいたま市図書館、10/01/19
・タレーランの発議「聖職者の年金と教会の財産を没収して、直ちに国有化するべし」17.p
・革命の舞台はヴェルサイユからパリに移る、革命の展開をめぐる保守派と急進派の戦い、ネッケルの人気は凋落、ジャコバン・クラブの誕生、新聞の発刊相次ぐ(前年の十数紙から二百紙を超える)・言論統制強まる、宣戦布告の権限はどこに帰属するか(国王か、議会か、まだ立憲王政を公然と否定する意見はない)、157-190.p
・主役はミラボー、ラファイエット。タレイランとロベスピエールは未だ舞台の脇役、デムーラン、マラー、ダントンは議会の外の扇動家、新聞と街頭闘争
・1789年クラブの発足(ラファイエット)、ミラボーとアントワネットとの会話(立憲王政へと動く)、209-224.p
バスティーユの陥落 (小説フランス革命 2)
佐藤 賢一 / 集英社 (2008-11-26) / 1,620円40 users
タグ 歴史小説 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2010年01月19日 10時00分21秒 2010/01/19
読了:  2010年01月19日 星4つ
◆さいたま市図書館、10/01/17
・ネッケルの罷免を契機にパリ蜂起、デムーラン(Wiki)、ダントン、マラー、パリ市長フレッセル、パリ市の民兵隊創設(103.p)
・バスティーユ陥落、天秤がどっちに傾くか、憲法制定議会の面々は戦々恐々、国王は妥協を選ぶ、ミラボーは国王に「パリを祝福するよう」薦める(174.p)ミラボーとロベスピエールの乖離、貴族続々と亡命、ブルトンクラブ⇒封建制廃止法案(法案決議の日、ミラボーは議会欠席)、国王の拒否権をめぐる議論(ミラボーは孤立無援の戦い。しかし王制廃止の考えはまだ皆無に等しい。立憲王政の枠内の議論)、暴動は地方に波及、ブルジョアと貧民階級の分裂、パンを求める女たちのヴェルサイユ行進
革命のライオン (小説フランス革命 1)
佐藤 賢一 / 集英社 (2008-11-26) / 1,620円56 users
タグ 歴史小説 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2010年01月18日 10時00分43秒 2010/01/18
読了:  2010年01月18日 星5つ お気に入り
◆さいたま市図書館、10/01/17(国民公会が新たな公権力として登場して来る姿が、後の主役として登場する人物像と共に、臨場感ある筆致で生き生きと描かれている。ほんの輪郭に過ぎないとは言え、国民公会の姿をはじめて具体的に思い描くことが出来たような気がする。
・ミラボー、ロベスピエールの個性の描き方が堂に入っている。/マルリに向かうネッケルの馬車に強引に乗り込んで交わされるミラボー、ロベスピエールのネッケルとの駆け引きは(実際にそんなものがあったかどうかは兎も角)、実に面白い。185-201.p
・三部会⇒国民公会への改組、憲法制定議会への進化、憲法制定議会を解散させるか公認するか、王権への掣肘
林 義勝 / PHP研究所 (1995-11) / 1,427円1 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年12月25日 15時29分41秒 2009/12/25
読了:  2009年12月25日
◆09/12/24、さいたま市図書館から借出。
・文明は結果ではなく、プロセスである。
文字の発生、階級の分化、専門職人層の形成、都市の出現、余剰生産、血縁関係を基本にしない社会関係、軍事統帥権の拡大などは王朝国家が成り立つ必須条件だが、これらは非常に長い社会的進化を必要としていたはずである。62.p
・常識を覆す最も驚異的な可能性とは、紀元前4000年紀後半から前3000年紀後半にかけて黄河流域より長江流域の方が経済的に、文化的にはるかに進んでいたということである。..最近発見された大観山遺跡という人工で築かれた総面積30万平方米にも及ぶ巨大な基壇は、祭政一致の王朝の権威を誇る記念碑的な代建築群として、部族連合の段階から国家統合の時代への飛躍が達成されたことを強く印象づけている。一方、国家統合の精神的な根拠とも言える宗教のあり方は社会階層化と権力の占有において決定的な意義を持つため、宗教に欠かせない玉製儀器を作るための大規模な技術の展開を促し、輝かしい玉器文明の興隆をもたらした。63-64.p
・良渚文化の初期国家の段階への進歩は紀元前3300~2200年の間に成し遂げられたが、紀元前2200年頃、この高度に発達した最初の文明国家は大洪水に見まわれ、突如崩壊したようである。その後、何故か黄河流域に玉器や良渚式の土器や生産用具などが姿を現し、それらを伴って大基壇を持つ宮殿なども河南省の二里頭という夏王朝の首都と見られる遺跡に出現した。65.p
講座 文明と環境〈第3巻〉農耕と文明
梅原 猛 , 安田 喜憲 / 朝倉書店 (2009-07) / 3,990円2 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年12月18日 20時56分04秒 2009/12/18
購入:  2009年12月17日 3,990円 所有
読了:  2009年12月18日
・95年初版を古書で購入
・稲作文明は狩猟採集文明の中から生まれ、そして共存してきた.むしろ初期にはその共存の度合が密接であり、稲作農業文明が発達する過程で森が破壊され、共存の度が薄くなったのだろう。12.p
・良渚文明は4200年前に終る。伝説によれば、蚩尤という王が、北方の黄帝と炎帝の連合軍に滅ぼされたという。約4000年前、(この黄帝の何代か後の)禹から夏王朝が始まる。とすると蚩尤伝説は滅び去った歴史を語っているのではないか。小麦と牧畜を基礎とする黄帝は、稲作文明を基礎にした江南の文明を滅ぼして、華北に新しい文明を起こしたのではないか。新しい文明の象徴が青銅器であった。15.p
西アジア型農耕文化の開始、ナトゥーフ期(打製石器の形状に拠る分類、12500-10300年前)定住集落が現れる。最終氷期を迎え13000年前頃から本格的な森林が出現し始め、森とその周辺で得られる豊富な食料資源を利用・開発することで定住生活が始まった。ナトゥーフ後期には内陸の草原地帯からもナトゥーフ的石器が出土し始め、季節的遊動生活から(草原に生育する草本性植物に注目する)定住生活への移行の跡が見られる。134.p
・ナトゥーフ期に続く先土器新石器A&B期になると、多種多様な草本類の中からコムギ、オオムギ、数種のマメ類など生産性、貯蔵性の優れた一年生草本の選択的利用と栽培が始まった。それにともなって耕地の開発や巨大な集落の建設、ヤギなどの放牧に伴う森林破壊が進行した。139-140.p
ジャポニカ長江起源説、アッサム-雲南起源説の根拠は、同地域が「遺伝的多様性の中心」という事実だけである。169.p
・アッサム-雲南起源説は照葉樹林文化論を基礎にしている。これは西ネパールからヒマラヤの南山麓を通り、中国南西部を経て西日本に至る帯状の地帯に広がる照葉樹林帯に生まれた文化で、焼畑農耕に基づく雑穀栽培、ナットウやなれずしなどの発酵保存食の利用、高床式住居などの居住形態などの文化複合を形成している。イネは焼畑などで栽培される雑穀の一つとして扱われる。170.p
・中国の考古学上のデータでは、最も古い稲作遺跡が分布するのは長江の中流から下流域で、紀元前5000年から6000年の遺跡が発掘されている。一方、雲南地域の稲作開始は紀元前1000年から2000年程度である。171.p
・イネの野生種は、今日、北回帰線の南に集中している。かつては長江の下流域にも広がっていたが、地球の寒冷化によって野生種が衰退、これが栽培圧を高める一つの要因になったのではないか。175.p
・栽培種のジャポニカとインディカの二つのタイプは、すでに野生種に存在する。しかも両者は、生まれも育ちも違う、別な作物と考えて良いほど違う。179.p
・世界で最初に栽培化されたイネは、多分、ジャポニカで、7000年から8000年前に長江の中、下流域でジャポニカ型の多年生野生イネから生まれたと考えられる。180.p
・長江文明が想定されるなら、それはジャポニカのイネに支えられた文明で、照葉樹林文化と深い関わりを持っていたと想像される。181.p
長江文明の曙 (長江文明の探求)
梅原 猛 , 樋口 隆康 , 厳 文明 / 角川書店 (2000-03) / 2,310円1 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年12月16日 08時54分47秒 2009/12/16
読了:  2009年12月13日
長江文明は何故かくも刺激的なのか?我々の世代の常識では、大河流域に発達した世界の四大文明は(トインビーは旧世界の第一世代文明にミノア文明を含め五大文明としている)、いずれも乾燥地帯のムギ文化圏に属す。しかもムギは西アジアに発祥し、世界に伝播したと考えられてきた。一方、イネはインドアッサム地方(または雲南省)に発祥し、ムギに遅れて、主に東アジアに伝播したというのが常識だった。/常識を覆す仕事は、常に刺激的である。常識の転換とともに我々の世界に対する物の見方が転換する。しかもそれが「文明の発祥」という我々の世界の出発点についての根源的問題に関わるとあれば、歴史的思考のパラダイム転換への契機となることは間違いない。トインビーは、黄河と揚子江流域の自然環境を比較して書いた。「シナ文明はどこに生まれたであろうか。慈悲深い揚子江の流域であろうか、それとも悪魔のような黄河の流域であろうか。それが黄河の流域に生まれたこと、そしてシナ文明が挫折して、その衰退の第一期である動乱時代に入るまで揚子江下流域はシナ社会の圏内に入れられなかったことを我々は知っている」(『歴史の研究』3-55.p)。これは文明の発祥を、様々な「挑戦に対する応戦」という概念で捉えるトインビーの視点から見た黄河と長江の自然条件の違いをもとにした比較文明論である。長江文明の可能性は、「挑戦に対する応戦」の概念そのものを必ずしも否定してはいないが、即時的にはトインビーの指摘は覆されたと云わねばならない。/草原の文明に対する「森の文明」という安田喜憲の指摘は、明らかに新たな文明史観を拓く可能性を示唆する。更に、自然を改造すべき客体とみなすか、あるいは自然との調和を目指し、我々自身をその一部とみなすかの自然観の根源的相違、ひいては一神論と多神論の拠って来る自然条件に関わるかもしれぬ。/歴史は、ある意味で、常に各時代の過去への投影であり、各時代は「各々の独自の歴史認識」を持っている。過去の歴史的事実が、新たに明らかになるという意味のみならず、歴史を再構成する視点そのものが質的に転換されるという意味でも、超歴史的な「唯一真実の歴史」等というものはない。(09/12/13、さいたま市図書館)
・雲南またはインドのアッサムに稲作文化の起原があったというのが通説だが、実は長江中流域で1.4万年前に遡る稲作の痕跡が発掘された。
・これに伴って、黄河文明中心の考え方を見直す必要が出てきた。中国の古代文明は黄河一極ではなく、長江を含めて、少なくとも二元的或いは多元的な起原ではないか。17.p
稲作起原の辺縁・周辺理論、華南地方は日照が充実しており、熱帯雨林で多種多様な植物が育っているわけで、わざわざ野生稲を手懐けて栽培化する必要がない。第二に、長江流域は冬が非常に長くて、この間に食べられる自然植物がない。そこに人類が生活していくには、食物が是非とも必要で、貯蔵性に優れた稲が注目された。しかも華南地域と違って、野生種の稲が少ない。少なかったからこそ栽培して増やしていく必要があった。32-33.p
・もっとも古い稲作の起源地としては、長江中流域の可能性がもっとも高い。しかしそこが唯一の中心地だったかどうかは不明、というのは下流域の河姆渡と馬家浜遺跡の稲作には、在地で発達した可能性があり、別系統というこもありうる。44.p
・旧石器と新石器時代の区別は、打製と磨製、土器の有無、農業の開始という三つの基準があったが、これを世界的な範囲に適用すると難点がある。西アジアでは新石器時代に入ってからも、非常に長い土器のない時代=前土器新石器時代が続く。一方、日本では縄文文化の土器は万年単位で続くけれど、農業は確立していない。したがってそれぞれの地域の環境、風土、生産様式に適応して、相前後して農業を起こしたり、磨製石器を利用したりしなかったり...(三つの基準で一律にわけられない)46.p
稲作起原の発掘史、屈家嶺文化の遺跡で新石器時代に属する稲跡が発見され、紀元前3千年代前半に長江中流域にかなり発達した稲作農業が存在していた事がわかる(1950年代)、河姆渡遺跡が発見され、大量の稲籾と稲作農耕具が検出された。紀元前5千年に遡る(1970年代)、長江中流域の彭頭山遺跡・城背渓遺跡で河姆渡遺跡より千年以上古い稲作の証拠が発見される(1980年代)、最近の仙人洞遺跡・吊桶環遺跡の発掘によって、土器の起原は1.4万年前まで遡り、稲作も一万年以前に遡る可能性が出てきた。77-82.p
土器の出現、シベリア、日本、モンゴル、長江流域、ガンジス川流域に、かなり古い時期に土器が出現している。大きく分けて考えると、長江流域とガンジス川流域の土器は農業と関係があったのに対して、日本、シベリア、モンゴルの場合は、集約型採集経済に関連していたのではないか。49.p
・日本では、稲作農業の前に畑作が入った痕跡がある。最近弥生時代初期のコメが発掘されたが、畑作の稲のようで、まず畑作が入ってきて、その上に稲作が入ってきたのではないかと考えられる。92.p
シルクロード糸綢之路 第5巻 天山南路の旅
陳 舜臣 , NHK取材班 / NHK出版 (1981-01) / 2,484円5 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年11月02日 20時10分09秒 2009/11/02
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読了:  2009年11月02日
・高昌国、漢族王朝だが背後の柔然、高車など遊牧民のカイライ国家(松田「アジアの歴史」には、漢代にターリム盆地や東部天山地区に武力進出し、屯田兵の駐在や移民の投入・流入策が盛んに進められ、その末裔が天山山脈の東部南麓に根を下ろし、やがてトルファン地区に高昌国という植民国家を出現させた。とある。500年頃~640年頃。139)(漢族の植民国家と見るか、遊牧民のカイライ国家と見るか、いずれ強国の狭間に生息する弱小国家の生き様を象徴している。)
・高昌国と玄奘、38-45
・玉門間から伊呉・高昌を通過する伊呉の道に対して、敦煌・楼蘭を通過する旧道を復活する問題をめぐって周辺国と争い(49頁地図参照)、やがて唐の問責を受けるが、これを無視。唐は高昌を攻め、唐の一州として西州と名づけ、西域計略の安西都護府を交河域に設置した。45-62
・唐の全盛時代は安史の乱で終わり、その後、天山南路は吐蕃、ついでウィグル族の勢力下に入った。ウィグル族が、この地域の支配者になったのは九世紀半ば、キルギス族に追われ、大挙して移動してきた。その結果、民族も宗教も変わった。イラン系からトルコ系に、仏教からイスラム教に。71-77
中国の歴史〈第7巻〉隋唐の興亡 (1981年)
陳 舜臣 / 平凡社 (1981-12) / - 4 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年10月31日 21時43分02秒 2009/10/31
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読中: 
・太平天国戦争の長沙攻防戦のエピソード(俯瞰することの意味)、3
・南北を統一した隋もその後継者の唐も、北方系の王朝で、皇室も鮮卑系の可能性があったけれど、漢王朝の看板を掲げた。彼らは漢族部隊の府兵を背景にして覇業を成し遂げたので、その手に入れたものを維持するためにも、府兵の絶対的な支持を必要とした。更に北には南の文化に対する強い憧れがあり、南北を統一したあと、新領土の南をしっかりと掌握するためにも、漢族正統政権であることを強くうち出す必要があったのではないか。11
中国の歴史〈第6巻〉世界帝国へ (1981年)
陳 舜臣 / 平凡社 (1981-09) / - 4 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年10月26日 20時14分19秒 2009/10/26
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読了:  2009年10月26日
・前漢平帝元始二年(西暦2年)の人口5959万人余(「漢書」・地理志)、王莽末期の戦乱の結果人口は激減、後漢光武帝の死んだ建武中元二年(西暦57年)に2100万人余、質帝の死んだ本初元年(146年)に4756万人に回復、百数十年後の三国時代には再び8百万そこそこに、22
・後漢が滅んだのが220年、分裂はそれ以前、董卓が洛陽を破壊して、長安遷都を強行したとき(190年)、またはその前の黄巾の乱(184年)から分裂は始まっていた。それから約四百年、隋の文帝が南北を統一する589年まで「分裂の時代」が続く。前漢・後漢を併せて約四百年の統一時代があり、ほぼ同じ期間、分裂の時代が続く。50
・(分裂の要因)人口の激減、北方の民族の大移動(匈奴)、52(松田寿男「アジアの歴史」では、第5章「中国の北と南」で「分裂」の背景を、次のように指摘している。「漢帝国の末期から中国は分裂の傾向が強まる。そして結局は南北朝の対峙を生む。ところが、このような中国の政治的二分は、単なる政権の対立だけではなく、華北と華南とのそれぞれに異質な風土の上に展開された、異質な社会・文化の発達であった」50、更に次の指摘も注目。「中国が政治的に分裂する場合には、必ず秦嶺=淮河線が基本とされた。中国に見られる北・南の差は、ただ地理的だけでなく、歴史的でもあった」53))
・中国の古代の史書には人種的特徴の記述が皆無、53
シベリア南部、エニセイ川上流のアバカン市付近から中国風のオンドルをもつ漢代の宮殿跡が発掘される(1940年)、匈奴の領域、青銅製把手の遺物、68
・四世紀から五世紀にかけて、様々な顔をした民族が中国の歴史に登場する。それは、やがて水平線上に姿を見せる、中国の世界帝国のための前奏曲であったといえる。69
・三国時代、江南が開発され、そこは水のたっぷりある土地だという噂は、中原にも伝わった。中原の農民にとって、南方は幻の楽土だった。江南目指して、流民が移動した。中原の農業は灌漑に頼る部分が多く、灌漑水路はたえず手入れをしなければならない。人で不足でそれが出来なくなると、耕地はそれだけで減少する。86、89
・(匈奴の)劉渕が皇帝を称して(大漢皇帝、308年)から約130年間、華北には塞外民族の政権が次々と登場する。この時代は「五胡十六国」、最近では「東晋十六国」といわれる。
・(中国の史書では)五胡は、匈奴、羯、鮮卑、氐、羌とされている。羯は匈奴の一支族、氐と羌はチベット系、鮮卑は「後漢書」には東胡の支族で、鮮卑山に拠ったので、そう呼ばれたととあるが、諸説ある。92
・三国以来、江南の地には六つの王朝(呉、東晋、宋、斎、梁、陳)が興亡した。孫権が帝を称した229年から陳が滅亡した589年までの360年間を「六朝時代」と呼ぶ。139
・南方の王朝の簒奪は、軍閥が登場し、それが王朝の力をしのぐというパターンの繰り返し、162
東晋・前秦・前燕鼎立時代図(350-370年頃)、169(&「世界史地図」15頁、「東アジア諸民族の活躍」を参照)
淝水の戦い(383年)、173(「世界史地図」15頁も参照)(この戦いで、前秦は富士川の合戦の平維盛の大敗に匹敵する敗北を喫する)
・前秦の内部にも反対は多かったが、敢えてそれを押し切って苻堅が東晋遠征に踏み切った背景には、彼の理想主義があったのではないか。遠征軍の編成にも諸族連合という彼の理想が反映されていた。177
・前秦の名臣王蒙(漢族)は、淝水の戦いの戦いの八年前に死んでいるが、苻堅に、次のように遺言した。175
東晋は江南に僻処すと雖も、然も正朔相承け、上下安和す。臣歿するの後、願わくば晋を以って図りと為る勿れ。
鮮卑、西羌は我の仇敵にして、終には人の患いと為らん。宜しく漸く之を除き、以って社稷に便せよ。

・亀玆、おそらく当時の住民は人種的にはインドやイランよりもギリシャ、ラテン系に近かったと推測される。九世紀半ばに、シルクロードに民族大移動があり、トルコ系のウィグル族が主流を占めるようになるが、それ以前はアーリア系の民族が多かった。187
バルザック全集 第3巻
バルザック / 東京創元社 (1973-01) / 5,250円1 users
タグ バルザック カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年10月21日 03時59分24秒 2009/10/21
購入:   5,250円 所有
読了:  2009年10月20日
【あら皮】1831
訳者は、解説で「倫理的、社会的、哲学的考察は不問に付するとしても、この作品はなおかつ社会の臨床的研究として重要視すべきものであり、更にまたこの物語自身極めて魅惑に富み、「人間喜劇」中でも最も退屈なしに読まれるものの一つ..云々と紹介しているが、そのやや大げさな心理描写、類型化された社会批判と共に、僕にとってはバルザックの作品の中では、最も退屈な作品の一つだ。(09/10/20読了)
賭博の化身、この生気のない顔をした老骨こそは、お決まりのどん底まで追い詰められた情熱の色あせた姿を示しているものに他ならなかった。その皺には、古い苦悩のあとが刻まれていた。それは確かに、僅かな給料を受け取ったその日のうちに、賭ってしまわずにはいられないといった男だった。いくら鞭打っても効き目のない駑馬のように、もう何一つ彼を奮い立たせるものはないのだった。身代限りになって出てくる賭博者の悲痛なうめきも、その無言の呪詛も、そのうつけたような眼差しも、いまの彼にはなんの感慨も起こさせるようなものではなかった。まさに、賭博の化身そのものだった。6.p
・(賭博で、すっかり有金を失った青年は、茫然自失、ただ自殺する他ないと思いつめつつ街中を放浪、とある一軒の古物商に足を引かれる。この古物商の不思議な老人は語る)ひとつ手短に、人生の大きな神秘というものを教えて進ぜよう。人間というものは、本能でやらかす二つの行為によって生活の源をからし、身を弱らせていくものですわい。この、死の原因となるふたつのものの様々な姿は、みんなのぞむできるという二つの動詞によって示されている。この人間行為の両端の間には、賢い人々だけがつかむことのできる、もうひとつの言葉がある。このわしも、そのお陰で仕合せになれたし、長命もできたというわけじゃ。のぞむという気持ちはわれわれを焼き、できるという気持ちはわれわれを滅ぼす。ところが知るというやつがあって、それがわしらの弱い肉体を、常住不断に安らかにしてくれるのじゃ。そうしたわけで、わしの中では欲なり望みなりは死んでしもうた。(28.p)...知るということ、ねえ君、これこそは直感的に楽しむことではあるまいか?物質的な所有からなにが残る?観念だけじゃ。それに比べて、あらゆる現実をわが身の思想のなかに刻み込み、みずからの心の中に幸福の源泉をもち、地上の汚れに染まぬかず限りない理想の快楽を、心の中から引き出せる人の生活はなんと美しいことじゃろう。(29.p)
・王朝という手品鉢の下に伏せられた立憲政治のいかさま手品は、今までにないほど大掛かりに行われている。あの民衆の英雄的行為によって覆された破廉恥な君主政治は、いわば、いっしょに笑ったり飲み食いしたりできる性悪女とでも言うべきものだった。ところが祖国というやつは、気難しい、貞節な女房みたいなものなんだ。...今日国家を動かしている銀行家、弁護士からなる貴族階級が、いまやあらゆる学派の哲学者、あらゆる時代の権力者にならって、新しい言葉と古い思想で、善良なフランス国民を瞞着する必要を感じているということなのだ。33.p
光栄と幸福、「でも君、ナポレオンはわれらに光栄を残してくれたぜ!」
「ははあ、光栄か。情けない代物でね。買うときは高いが、持ちが悪いんだ。光栄なんて、偉大な人たちのエゴイズムのことじゃないだろうか、ちょうど幸福というものが、馬鹿なやつらのそれであるように?」43.p
・国家の出来た初めは、力はいわば、物質的な単一、粗暴なものだった。ところが集団の数が増えるにしたがって、統治は、この最初の力を巧みに解体して、行われてきた。そんなわけで、太古においては、力は、神権政治のうちに存していた。祭司が剣を取り、また香炉を持っていた。それが後になると、司祭職は二つに分かれた、教皇と王がそれだ。今日、文明の最後の到達点である我らの社会は、組織の数に応じてその力を配分し、工業、思想、金銭、言論と呼ばれる四つの力に到達したのだ。こうなると力には統一がなくなるから、絶えず利益以外になんの束縛もないという社会的解体に近づいていくことになる。45.p
【シャベール大佐】1832
・戦死広報によって「戦死」とされたシャベール大佐が、実は生きていた。彼は、いまやフェロー伯爵夫人に収まって、着々と社交界の花形としての階を登り、財産を築いている元夫人を相手に訴訟を起こすため、代訴人デルヴィルを訪ねる。
・デルヴィルは、フェロー伯爵及び夫人の立場を調べ上げ、伯爵が王党派の最も有能な人物の一人を見なされながらも、上院議員の仲間入りが出来ないでいる理由が、フェロー夫人の(ナポレオン寵愛のシャベール将軍の元夫人という)前身にあることを嗅ぎ付け、ここに「示談」への鍵を発見する。
・「示談」成立直前までたどり着くが、夫人の類い稀な演技と抜け目のない計算及びシャベール大佐のお人好しの寛大さと高潔によって、事態は思わぬ進展を遂げる。
・ナポレオン敗退後のルイ18世治下の貴族社会の、さもありなんと思わせる一挿話を巧みに描く傑作のひとつ。(09/10/21読了)
タグ バルザック カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年08月11日 21時01分39秒 2009/08/11
購入:   5,250円 所有
読了:  2009年08月11日
【ふくろう党】1827/08
総裁政府の混乱、王党派の策動、イギリスの干渉、わが軍はあらゆる地点で敗れたんだ。ふくろう党は、もうニ度も郵便馬車を途中で押さえた。わし宛の速達便や最近の法令などがわしの手に届いたのは、ベルナドットが大臣を辞める際に派遣した特使によってなんだ。幸いにも、パリにいるわしの友人たちがこうした危機の内情を、こっそりと手紙で知らせてくれた。パリの裏切り者らが暴君ルイ十八世に、国内の彼の手下どもに指導者を送り込むようすすめたということを、フーシェが発見した。バラスが共和国を裏切っているらしい。要するに、ピットと王公たちがこの地方に、旧貴族の出で才能に富んだ、屈強な一人の男を派遣したんだ。その男は、ヴァンデの王党派とふくろう党との勢力を結びつけて共和派を屈服させようという魂胆らしい。21.p
チュルゴチーヌ(1775)、ルイ十四世時代にある会社が、フランス全土にわたる旅客運搬権を独占したのを、チュルゴーが有償で取り戻し、あらたに「チュルゴチーヌ」と呼ばれる乗合馬車の制度を設けた。42.p(チュルゴーのほかの自由主義的改革から類推するにギルド的独占を廃止し、通行権の自由を拡大する意図があったか。「世界歴史事典、第6巻、参照
フリュクチュドール14日の法令、反革命、「あなた方はどんな法令によってふくろう党を死刑に処するのですか?」「去るフルクチュドール14日の法令によってです。それによれば、反乱を起こした県は一般の法令の外に置かれ、それにかわって軍事裁判が設けられることになっています」117.p
守銭奴の型(ドルジュモン)、老人はこんな色恋にも多くの打算を見せて目を光らせたので、ヴェルヌイユ嬢は頭をふって拒絶しながら、この守銭奴が結婚を考え付いたのは、ただ、その秘密を自分の妻以外の人間にもらしたくないからだと、思わずにはいられなかった。174.p
農民、今日でもなおこの地方では、多くの農民が領主の館だけを《住宅》と呼んでいるが、それほど戦争と封建時代の慣習のため、この地方の生活は農奴的な風俗に支配されてきたのである。..
蝶番をきしませて扉を開けると、あばら家の中から、ひどいアルカリ性のガスが噴き出してくるのを感じた。家畜が居間とのさかいの壁の内側を足でけっていためつけた跡がある。この農家の内部は外側と似たり寄ったりだった。こんなどうしようもない泥沼みたいなところに人間が暮らせるだろうかと疑った。181-2.p
ゲリラ戦争(ブルターニュ地方)、一歩一歩、ここの土地のようすを分析すれば、ゲリラ部隊に対する正規軍の戦いは必然的に不成功に終わるということは、はっきり理解できる。というのは五百のゲリラでも一王国の軍隊に負けないから。そこにふくろう党の戦術の秘密がすべて潜んでいたのだ。こうしていま、ヴェルヌイユ嬢は、共和国政府が軍事力を無駄に使うよりも、警察と外交によって、反乱を鎮圧せねばならぬ理由を理解した。実際、都市を占領することなど問題にせず、難攻不落のとりでを備えた原野を確保している悪賢い連中をあいてに、どうしたらいいか?197.p
東京創元社 (1960) / - 2 users
タグ バルザック カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 文学・評論 更新日:2009年06月30日 13時34分30秒 2009/06/30
購入:   0円 所有
読了:  2009年06月30日
【セザール・ビロトー】1837/11
○かつてブルジョアジーが町人と呼ばれていた時代の名残を未だにいくらか残していた復古王朝の時代に、香料商から成り上がってパリの助役になった男の没落の物語。(99/05/27)/王党派にして香料商人、ヴァンデミエール13日の王党派の暴動で「大義名分」のために武器を取って戦い、復古王朝では商事裁判所判事として働き、やがてパリ市の助役となる。物語の始まる直前、その功績(15.p)に対し、レジョン・ドヌール勲章を授かり、深夜、ベッドから起きだし、祝いの舞踏会の開催の構想に夢中になる。ビロトー夫人は、ふと悪夢に(襤褸を纏った自分の姿が二重写しになる)目を覚ましベッドに夫の姿がないのに驚愕し、恐怖に捉われる。
・事件というものは、決して絶対的なものではなく、その結果は、全て個人次第のものである。同じ不幸にしても、偉人にとっては踏み台となり、キリスト教徒にとっては洗礼泉となり、怜悧な人間にとっては財宝となり、弱い人間にとっては地獄となるのである。27.p
・金があれば、何でも我慢できるけれど、どんな幸福だって、貧乏には参ってしまう。68.p
・もしもセザールの身に何か災難でもふりかかると、こうした馬鹿らしい乱費だけでも、彼を軽罪裁判所の被告人とするのに充分であった。商人は、かどと判定された乱費をした時には、単純破産の憂き目を見なければならないのである。149.p
・あなたの相手は、金が危ないと見たら、きっと防御陣を張りますよ。訴訟手続きの引き伸ばしは、裁判の場合における矢来ですからね。174.p
・パリにおいては、信頼の横溢する動きというものはなかなか決まらないくせに、疑心はたちまち現れて、他人の危機に苛斂誅求を企てるのだった。債権者はひとたび、取引上の懸念や警戒の気持ちに陥るや、彼は債務者にも劣る、痛ましい卑劣な振舞いに及ぶものである。174.p
・新聞の広告料の発生経緯、179.p
・彼には、時勢の相違なんててんで分からず、またその速度、範囲が昔の比べてお話にならないほど急激に商業界を席巻してしまうあの販売方法の力などというものも、いっこうに判断できないのだった。180.p
・銀行家の兄弟、二人の兄弟は互いにおのおのの役割を割り当てていた。光輝ある政治家たるフランソアが、王者のように振る舞い、親切と約束を乱発し、すべての人に愛想を振りまいていた。...階下では、アドルフは、兄が政治に没頭しているのは仕方ないと大目に見て、自分でたくみに熊手で金を掻き集めていた。...豪華な部屋の諾が、アドルフの部屋で無愛想な否になることは一再ならずあった。こうした駆引きが良く熟考してみる余裕を与え、しばしば不器用な競争者を欺くのに役立った。185.p
・不幸に酔わされた人特有の雄弁に駆られて、セザールは、自分の生地をすっかり見せてしまった。187.p
破産者の通る道、247~253.p、パリも破産者がたどる一般的な通り道。
・彼女の父親と母親は、子供らを自分たちの上に置いて子供らの恩知らずを増長させることに汲々としている世の常の成り上がり者と同じように、セザリーヌをば偶像のようにあがめて喜んでいた。
・多くの人々は、幻想によって与えられる安心をエネルギーと誤認した。おそらく希望は勇気の半分であろう。だからカトリック教は希望を一つの徳となしたのである。希望は、これまで多くの弱き者をどもに人生の偶然を待つ時間を与えつつ、彼らの勇気をば支えてやらなかったであろうか。

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