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神々の体系―深層文化の試掘 (1972年) (中公新書)
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2012年05月19日 17時58分13秒 2012/05/19
所有 読了:  2012年06月11日
・歯医者の待ち時間に読む。40年ぶり、第三章「記紀のイデオロギー」読了、津田学説の簡単な紹介;歴史そのものではなく「天皇家」の支配を正当化する目的を持ったイデオロギー(要するに「お話」だ)」との見解に対して、基本的に同じ立場。但し「天皇家」の代わりに「藤原家」を置く点が独特。
律令国家体制は天皇家から藤原家への実権の移行の転機(87)⇒藤原氏への実権の移行の「転機」をどの時点に置くか、特定の政治的事件に置くかどうかは別として、実権の移行は、疑いもない事実だ。但し実質的な「天皇家」の支配は、常に一時的で、基本的には「権威の源泉」として利用されてきたのが実情ではないか。古代にも中世にも「専制国家」では「神」は権威の源泉として利用されてきたが、「権力」の主体を「神」そのものとみなしたかどうか、この点はやや微妙。その意味では日本の「現人神」との表現は言い得て妙というべきか。なお「現人神」の用例については【国史大辞典】に日本書紀の景行天皇40年の条に日本武尊の言として「吾是現人神之子也」云々とあるのを指摘(1-339)。【日本国語大辞典】には「荒人神」の表現もあり、この場合、「随時、姿を表して霊威を示す神。または霊験の著しい神の意味として万葉6-1020、1021の用例を指摘。
・第一章は古事記の神統譜;血のつながり又は精神的つながりによって高天原系統と根の国系統の二系統を想定する。⇒問題はこの二系統が、何らかの史的事実との相関または反映関係があるのかどうか、というより相関関係があるとみなしてどんな史的イメージを物語るか?
・第四章、「もともと天皇家のための歴史として出発したものを、藤原家のための歴史に作り変えながら、しかも天皇家のための歴史に見えるような格好に仕上げたものとして記紀を捉える見地」」(117)
・第五章、律令体制は藤原体制前期の確立、摂関政治は藤原体制後期
・日本の農業社会を弥生から明治までの二千年余の期間で捉えると、この期間に三つの一氏独裁体制が成立した。すなわち天皇家、藤原氏、徳川氏....云々⇒農業社会と一氏独裁体制の内的関連(そもそも内的関連のあるものとして理解するかどうか?)どう捉えるかは別として、この種のperspectiveな見方は魅力的だ。
カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2012年01月25日 10時18分10秒 2012/01/25
読了:  2012年01月25日
・岩槻図書館から借り出し。
・No.1から50までの通し番号を付された素描画、その内、何点かはチョークで描かれたままの写真が掲載されている。老人、殖物、花、風景(山脈、岩石)、水、奔流、大洪水等々。
・1489~90年頃の作品集と推定されている。
・デッサンの対象を描くにあたって、対象をいかに深く研究し、かつ対象の研究を通してデッサンのタッチがどのように変化していったかが分かるような編集。
・ダ・ヴィンチにとって、デッサンはそれ自体が研究であり、「水の運動と互いに混ざり合う細かい岩石の破片や、塵や煙によって視覚化される風の運動とは、画家の関心事であるに違いないが、それにもかかわらずレオナルド自身は、効果に対する画家としての興味と、原因に対する哲学者としての関心との間に明確な境界線を引くことをためらっているように見える」云々⇒もっと積極的に肯定していたのじゃないか」と感じるな。
矢部 貞治 / 読売新聞社 (1974) / 7,560円2 users
タグ 歴史 政治 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2012年01月20日 14時37分59秒 2012/01/20
読了:  2012年01月20日
・15/12/06、どうも近衛の弱体にはほとほと愛想が尽きる。黒竜会あたりで家長選挙を言い出し、新体制反対の倒閣運動があったといえば、もうこんな所で妥協をしている。暗黒政治だ。弱体だ。376p
・16/03/27、翼賛会は職員全部辞表を出すらしい。夫々の職場を捨て、これに飛び込んだ連中がかわいそうだ。有馬伯も[この捨て子」と言っている。狼に合うたびに一匹づつ馬を殺していくという近衛の性格が最もよく現れている。こんなやり方だから、近衛のために死のうという人間がいないのだ。407p
・16/12/31、昭和16年は、独ソ開戦と、日英米戦開始とで、世界史の顕著な年であったが、その一部分に僕も参与していたことを思い、愉快だ。487p
・昭和17年の記録は見るべきものなし。
・18/11/09、ラジオは、ブーゲンビル島沖第2次航空戦の大戦果を伝えている。戦艦四隻を含む艦艇二十隻以上の轟擊沈破!ラバウルに迫る敵を徹底的に撃破してくれとの僕の宿題、或いは達せられるか。感動の涙禁じえず。665p
・18/11/21、特にラバウルの放棄の持つ由々しき結果について強調。陸軍では既にラバウル放棄の決意をしているらしく、細川氏によればよれば御前会議で決まったとすら云う。...もし事実とセバ、言語道断のことだ。ラバウルを放棄して望みある戦争は戦えぬ。668p⇒ブーゲンビル島沖の「大戦果」を鵜呑みにして感動している辺り、海軍に頻繁に出入りしているにして、情報音痴と言うか(或いは)余程、「情報統制」が利いていたか、「大東亜共栄圏」構想の理念に囚われていたか、何れ迂遠な印象を受ける。
・18/12/19、海軍の政治懇談会「矢牧大佐は悲観して弱って見える。中山中佐も中々しっかりした勘どころを握っていて宜しい」676pとある。⇒【東条英機暗殺計画】(参照)32pには、この日の懇談会の話を要約すると「東条内閣は完全に行き詰まっているが、打倒するには東条自身が病気で倒れるか、テロなど非常手段によるしかない」云々、とある。(この点に関しては、矢部日記には具体的記述は殆ど無い。細川日記、高木日記を見るべし)
・19/03/28、箱根会談で達した結論及びそれについての工作は少将(高木)は前からあらゆる手を打っているらしく..云々、701p
・19/03/31、東条内閣の基礎が危うくなっている云々、702p
・19/05/19、この頃から高木の倒閣運動に関する話(不明確)⇒さかのぼって精読する。「箱根会議」で達して結論云々は、具体的な記述は(この前にさかのぼっては)ない。
タグ 歴史 政治 歴史小説 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2012年01月09日 09時04分16秒 2012/01/09
所有 読了:  読了
・最初に「ツヴァイク全集」版で読み、その後、潮出版の文庫を見つけて購入。何時の事か、発刊はS45年だから、少なくとも30年前にはなるか。
・「政治的カメレオン」「稀代の変節者」など、なんとでも称することはできるが、「作業日誌」に書いたように(参照)「権謀術数を芸術的域にまで高めた男」というのが、最もふさわしい気がする。「怪物的」人間には相違ないが、同じく「怪物的」といってもヒトラー、スターリンのごときは吐き気を催すが、フーシェには独特の魅力がある。
・改めて「登録」したのは、埼玉に来るときに書棚からランダムに持ってきた文庫本(メレジュコフスキー「神々の復活」とともに)で、ところどころ、これ又ランダムに拾い読みしているため。
・6p、まえがき」にバルザックからの引用、暗黒事件
・9-10p、実際の現実生活、あらゆる政治的信仰に対する警告、「卓越した人物や純粋な理念の持ち主がことを決することはまず滅多になく、それよりははるかに値打ちは低いが要領の良い手合い、つまり黒幕的な人間が決定の役を演じている」⇒明らかにスターリンを想定しているかに伺える。
時間栄養学―時計遺伝子と食事のリズム
タグ 医学 食物 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年12月29日 17時56分59秒 2010/12/29
読了:  2010年12月29日
・岩槻図書館で借りる。10/12/25
・脳には視交叉上核という神経細胞の塊がある。その中に主(中核)時計遺伝子がある。肝臓を始め、全身の多くの細胞中には末梢時計遺伝子がある。これらの時計遺伝子は自律的に約25時間周期の概日リズムを作って細胞の活動を変動させている。
・主時計遺伝子は朝の光で位相を毎朝修正して、概日リズムを24時間の日周リズムに変え、末梢遺伝子の位相にも影響を与える。末梢時計遺伝子は朝食など摂食活動で位相を合わせている。12.p
・食餌リズムによる、末梢時計遺伝子の調節は、視交叉上核を通さないバイパスの役割を果たしている。41.p
朝飯を欠食するとエネルギー摂取が減るのに肥満が増えるのはなぜか?
1.心身活動の減少⇒一日の総エネルギー摂取量を同じにして米飯朝飯か高脂肪食の朝飯の有無で4群に分けて比較すると、米飯朝食では脳の唯一のエネルギー源である糖質を摂取すると、心身が朝から活性化して、一日の総エネルギー発生量が最も高い。朝食欠食では、午前中の活力が低下するのみならず、一日の総エネルギー発生量が減るので太る。高脂肪食では、欠食よりはエネルギー発生量は多いが、脳が脂質を使えないので米飯食には及ばず、同じエネルギーを摂取したので、その分だけ太る(米飯朝飯と高脂肪食という比較だけでは、いかにも杜撰だな。高脂肪食といっても糖質ゼロというわけではないだろうから、朝、「脳を活性化するには、最低限どの程度の糖質が必要か」という量的評価が不可欠だ)。
2.糖新生反応による筋肉タンパク質の分解&体力低下
3.代償的な昼夕食の増加と血糖値の急上昇⇒朝食欠食による血糖低下で食欲が亢進して、昼夜食を多く取り、その結果血糖値が急上昇して、インスリンが過剰に分泌され、インスリンの作用で肥満が起こる。(正常人の場合、血糖の急上昇を抑えるためにインスリン分泌が増加する。分泌反応が過剰反応する、という意味か??
4.時計遺伝子の防衛反応、23-25.p
・総エネルギー摂取量を変えずに朝食を増やして、その分、夕食を減らしただけで重症の糖尿病が改善し、ヘモグロビンA1cが低下した。28.p
「何を」「どの程度」食べるかという質と量の問題のみならず、いつどのように食べるかという「時間の要素」が決定的に重要だという「時間栄養学」の基礎概念は、栄養生理学の考え方を基本的に見直す必要を示唆している。僕の知る限り、従来の栄養学は要素的分析の段階に留まっていて、食物が人間の体内で消化吸収機関との交互作用を通じて、実際にどのように作用するのかという総合的分析を欠いている。時間栄養学という概念を通して、人間の生活行動全体との関連の中で「食べる」という行為がどのような役割を果たしているのかという総合的分析への道が開かれることを期待する。
カール・マルクスの生涯
タグ 政治思想 経済 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年12月27日 09時12分23秒 2010/12/27
読了:  2010年12月27日
・岩槻図書館で借りる、10/12/25、
『マルクスの「資本論」』の著者による伝記、マルクス主義の信奉者ではないが、思想史における「資本論」の正当な位置づけに虚心坦懐に立ち向かっている姿勢は、マルクスの人間像に新たな光を注ぐものと期待した。僕の知り合いの医学者はマルクスを評して「自分の家族も養えない甲斐性のない碌で無しの男」と呼んでいた。彼には、下品な品性の持ち主にかくも崇高な作曲の才を授けた神の不条理を嘆くサリエリがモーツアルトの音楽を理解したほどにはマルクスの理解には遠く及ばなかったのだろう。ともあれ、この本の解説者高橋源一郎が「この本の著者は、この伝記から、何を読み取ってもらいたいと考えているのか?それは、人間マルクスの欠陥である」と書いている。が、これまた一面的ではないかと、僕は思う。むしろ矛盾に満ちた多面的性格をありのままに描き出した、そこから何を酌み取るかは読者に委ねられている。
牛乳には危険がいっぱい?
タグ 医学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年12月02日 20時54分52秒 2010/12/02
購入:  2010年11月30日 1,260円
読了:  2010年12月09日
無限の話
ジョン・D. バロウ / 青土社 (2006-03-01) / 3,024円17 users
タグ 科学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年02月18日 05時58分08秒 2010/02/18
ウィッシュ ウィッシュ 読了:  2010年02月18日 星5つ
◆さいたま市図書館、10/02/15
・ザッと通読するが、再読候補に入れる。哲学、神学、数学、物理の対象としての「無限」
・無限の問題を、具体的に考えるということは、結局、どういう事か??
自然の中に隠された数学 (サイエンス・マスターズ)
タグ 科学 数学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年01月30日 14時15分05秒 2010/01/30
読了:  2010年01月29日
◆さいたま市図書館、10/01/27
繰り返される事例が、必ずしも恒常性を保証しない例、素数は、4の倍数から1を引いた数と、4の倍数に1を足した数と二つに分類される。2を除いた素数の数は、4の倍数から1を引いた素数のほうが1を足した素数よりも多く見える。このパターンは、少なくとも100万兆までは続く。ところが素数が充分に大きくなると(10の10乗の10乗の10乗の46乗より大きなると)パターンが変わり、「4の倍数に1を足す」素数の個数の方が多くなるのだ。72.p
◆第6章、破れた対称性の美学(殊の外面白い!!
・自然界の驚嘆するようなパターンの多くは対照的だ。しかしほぼすべての対照的なパターンは、そのパターンを生む原因ほどには対照的ではない。(実際)世界には、原因ほど対照的ではない現象が溢れている。その根拠となるのが「自発的な対称性の破れ」として知られている現象である。112.p
・対称性の種類、鏡映、回転、平行移動
・(対称性の破れの例)B-Z反応(参照Wiki)、心臓の規則的な鼓動は同じパターンを描く。但し、心臓には脳からの信号という外的要因がある。B-Z反応には「外からの刺激」を一切受けずに「自発的に」対称性が破れる。123.p
対称性と対称性の破れの弁証法的統一、カエルの胚の発生は一個の球形の細胞から始まる。分割を重ねるごとに対称性を失い、ついには何千個もの小さな細胞からなる一個の胚胞に育つが、この胚胞の総体的な形は球形に戻る。次に、胚胞の一部が凹みはじめる。嚢胚形成と呼ばれるプロセスだ。この崩壊の初期に、胚は一本の軸を中心とした回転対称性を備えているが、軸の位置はしばしば卵黄がもともと卵のなかのどこにあったかによって、或いは時として精子が侵入した点によって決まる。のちにこの対称性は破れて鏡面対称性がひとつだけ残り、やがて左右対称の成体になる。126.p
・(自然界の様々な)パターンの基礎には、一般原理があるはずだ。それぞれの例を個別に研究し、それ自体の内部機構の観点からから説明するだけでは充分ではない。対称性の破れはまさに、様々なパターンを統一的に理解するための一般原理なのである。126.p
・自然が対称性を持つのは、宇宙が大量生産された同一のもので出来ているからだ。電子は他のどの電子とも同じ、陽子も同じだ。何も無い空間は、どの空間区域とも同じ、時間はどの瞬間をとっても他の瞬間と同じ。空間、時間、物質の構造だけではなく、それらを支配する法則も、どこをとっても同じである。しかし、まさにこの点に深刻なパラドックスが生まれる。物理学の法則があらゆる場所、あらゆる時代で同じなら、そもそも宇宙には何故構造が存在するのか。128.p
・アデノウィルスの252個の単位がつながり始めるとき、いずれの単位も特定の頂点に収まることが可能だ。単にには互換性があり、その意味で対称性がある。しかし実際に特定の頂点を占めることができるのはそのうちのひとつだけで、その時対称性は破れる。すなわち、もはや完全に互換性があるわけではない。しかし一部の対称性は残り、その結果として例えば20面体となっている。このような見方からすれば、自然界で見られる対称性は、大量生産された宇宙における、壮大かつ普遍的な対称性が破れた痕跡である。潜在的には宇宙は如何ような対称的システムの状態もとりえたのだが、現実にはそれらの中から一つを選ばなければならなかった。自然界の対照的なパターンの多くは、何らかの形での対称性の破れという一般な仕組みから生まれる。131.p
プリゴジンの考えてきたこと (岩波科学ライブラリー (67))
北原 和夫 / 岩波書店 (1999-04-22) / 1,296円23 users
タグ 科学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年01月18日 11時21分27秒 2010/01/18
読了:  2010年01月17日
◆さいたま市図書館、10/01/15
・日本では純粋科学である分子生物学上の発見は、研究室中だけのことであり、日常生活に影響を与えるようなものではないと一般的には思われている。/ヨーロッパでは、科学の新発見が、個人個人の存在基盤を揺るがすものとして意識されていたということになる。4.p
・(プリゴジンの言葉)戦争末期まで、アウシュヴィッツへの列車は連日休むことなく動いていた。そして、毎日多数の人々がガス室に送り込まれた。連合国は大いなる罪が行われていることを知りながら、なぜアウシュヴィッツ収容所行きの線路を破壊しなかったのか不可解な歴史だ。44.p
・時間には幾何学的時間と統計的時間がある。力学、相対論の時間は幾何学的であって、光速一定の条件から長さに還元されるものである。そこには発展とか進化の概念がない。しかし、我々の実感からして時間には向きがあって、世界はある方向に発展進化している。不可逆現象と結びついた統計的時間が過去と未来を区別する。50.p
・鉄のような物質が温度によって強磁性になったり、常磁性になったりするのは、一個一個の原子レベルでも大きな変化が起こっているような気がするが、実際にはそうではない。原子の持つスピン自体は質的に変わっているわけではないし、隣り合うスピンの間の力も変わらない。結局、スピンの間の揃おうとする力と、温度によって与えられる揺らぎとの拮抗で、マクロに強磁性状態になったり、磁性を持たない状態になったりするのである。/ところが、本来のニュートン力学の考え方からすると、揺らぎとか温度などという統計的な概念はなく、すべての原子のスピンに関する運動方程式を解けばマクロな状態も説明がつく(べきだ)という論理になっている。57.p
・我々が日常目にする巨視的な系は、平衡状態では静止した均質な状態である。例えば空気のような気体の場合、その存在を敢えて意識しない限り気付かないほど安定した状態である。しかし、一モルの気体はアボガドロ数という一兆のそのまた一兆の莫大な数の分子からなり、それぞれの分子は互いに衝突して複雑な運動をしている。この複雑さは、むしろマクロな安定性を保証する前提となるのである。90.p
・(閉鎖系では)平衡状態とは、エントロピー最大となる状態である。従って、非平衡状態ではエントロピーは生成されて最大値に向かおうとする。しかし外界と接触している開放系では、エネルギー、物資の流入・除去に際して、エントロピーも流入・除去されるが、物質内部で生成される部分のエントロピーをエントロピー生成と呼ぶ。これは物質内部の不可逆過程に伴うものである。/エントロピー生成がゼロという状態が平衡状態である。従って、エントロピー生成が小さいということが平衡状態に近いということである。外的条件を与えて、平衡状態に戻らないような仕掛けをしても、系は出来るだけ平衡状態に近い状態に落ち着こうとする傾向がある。実際に、平衡状態から余り離れていない場合、すなわち、熱流と温度勾配が余り離れていない場合、エントロピー生成速度は次第に減少していく。/ところが、平衡状態から遠く離れた場合、熱流と温度勾配の間の比例関係は破れてくる。何が起こるかというと、流体全体が動き出し、もっと効率よく熱を下から上に輸送する。流体は下から暖められて膨張して軽くなり、浮力によって上昇しようとする。しかし浮力が充分でないと、上昇しようとしても流体の粘性によって上昇は抑えられる。ところが温度差が大きくなると、熱伝導だけでは舌からの温度上昇を押さえられなくなり下方の流体は温まってきて、浮力が粘性に打ち勝って流体が下から上に動き出す。それと同時に、上の流体が下降する。これが対流発生の機構である。このように非平衡状態を強めると、新しいマクロな状態に転移する。この新しい状態においては、対流という秩序あるパターンが形成される。この新しい状態は平衡状態あるいは、その延長上にある熱伝導状態とは著しく異なる。というのは、粘性によって対流の持つ運動エネルギーが内部エネルギーに散逸していて、これがエントロピー生成の原因になる。熱伝導もエントロピーを生成する。つまり、新しい状態ではエントロピーを生成しながら、対流の構造が維持される。エントロピー生成を伴いながら、生成維持される構造を「散逸構造」と呼ぶ。/このような視点で自然現象を見ていくと、むしろ身の周りの大部分の現象は非平衡現象である。つまり、物質やエネルギーの移動が維持されている系である。我々のような生命現象も非平衡系における散逸構造と見なすことが出来る。93-95.p
「無限」に魅入られた天才数学者たち
タグ 科学 数学 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年01月15日 14時24分55秒 2010/01/15
読了:  2010年01月15日
◆さいたま市図書館、10/01/13
・数はすべて、有理数か、または無理数である。有理数は無限にあるが、ある長さの線分から有理数をすべて取り去っても線の長さは変わらない。無理数は有理数よりも無限に多く存在するのである。
・有理数を係数とする多項式の根になっている数は「代数的数」という。代数的数の集合は、有理数の集合と同じサイズを持っている。
・一方、代数的数でないものを「超越数」(例えばπ)という。数直線上の数のほとんどすべての数は「超越数」である。数直線上に有理数も無理数も無限に存在するが、超越数の無限は「より高次の」無限である。仮に数直線上の数を、無作為に一つ「選んだ」とすると、その数は確率1で超越数になる。尤も、無限にある数の中から、たった一つの数を「選ぶ」ことは出来るのか?98-103.p
・自然数は「数えられる」。問題は、実際に数えるかどうかではなく、数えるというプロセスに注目すれば、自然数は、無限ではあるが数えられるので、これを「可算無限」という。/カントールは、対角線論法を使って、自然数を使って、すべての有理数を対応させられることを示した。すなわち整数と有理数は「同じだけ」あることを示した。言い換えると、整数の無限と有理数の無限は、「同じ階層に属している」123.p
・有理数と代数的数は離散的にしか(言い換えると「飛び飛び」に)存在しない。その隙間を埋めて、数直線に連続性を与えているのは、πやeのような「超越数」である。カントールは、超越数は不可算であり、より高次の無限に属することを証明した。125.p(要するに、「無限」は一つではなく、無限にも階層があることを示した。)
・(次に、次元が異なる場合、無限の順序関係はどうなるかと考えた。当然、平面上には直線上よりも多くの点がある、と直感的に考えていたが、この問題を考え抜いた末)区間0-1の平面上の点は、すべて線分上の点に対応させうることを証明した。すなわち「平面上には直線上と同じ数の点がある」のみならず、同様の方法で「三次元、四次元、更にもっと高次の空間でも、そこに存在する点の数は、直線上に存在する点の数と同じだ」ということが示された。言い換えれば、無限に関する限り、次元には関係がないのだ。すなわち連続空間は連続体と同じ数の点を持つ。カントール自身は、この結果を「我見るも、我信ぜず」と、デデキントへの手紙に書いた。138.p
第11章「悪意に満ちた妨害」は、「無限」をめぐるクロネッカーとカントールの対立がテーマ。カントールの師クロネッカーは、整数を唯一の実在と認め、それ以外の数はすべて虚構と考えていた(「神は整数を作られた。それ以外の一切は人間が作ったものである」というクロネッカーの言葉は、安易には否定できない。)。我々が当たり前の如くに捉えている有理数や無理数、πやe、更には虚数の概念を数学的操作の対象として採り入れるためには、いかに多くの思想的な苦悩に満ちた戦いの歴史が不可欠であったかを、このエピソードは語っている。同時に、常識とは何か、常識を疑ってみるとは、どういう事かをも教えている。一方、カントールが、この時代になって初めて現れたことを、どう理解したら良いか?
ラッセルのパラドックス&カントールの最後の遺産、すべてを含む集合はありえない。従って、最大の基数というものもありえない。197.p
ゲーデルの不完全性定理、任意の系が与えられたとき、その系の内部では証明出来ない命題が常に存在する。204.p
加圧トレーニングの理論と実践 (KSスポーツ医科学書)
タグ 医学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年01月12日 16時38分02秒 2010/01/12
読了:  2010年01月11日
◆さいたま市図書館、10/01/09
◯第7章、心臓、循環器系における加圧トレーニングから
・虚血性心疾患においてischemic preconditioning という概念がある。日本語では「虚血耐性」のニュアンスである。すなわち、虚血状態を繰り返すことにより、虚血に対する耐性が生じる。これは加圧トレーニングにおいても同様の現象が観察される。preconditioning には急性効果と慢性効果がある。1~2回の虚血負荷を加えた直後に同様の虚血を加えると虚血に耐性ができるというのが急性効果。また、定期的な虚血が数ヶ月から数年続くことで、虚血に対する耐性が出来るのが慢性効果である。/もう一つ注目すべき効果として、remote preconditioning という概念がある。これは心臓とは別な箇所、例えば下肢を虚血することで、心臓に対しても虚血耐性が生じるというものである。加圧トレーニングでも同様の効果が生じる可能性があるが、現在検討中である。95.p
・急性心不全に対しては、心臓の負荷を軽減することが重要である。心臓の負荷は、前負荷と後負荷に分けられる。前負荷は、心臓、特に左心室へ流入する血液量を反映し、左心室への負荷が増えると左房圧が上昇し、肺動脈圧も上昇する。下肢の加圧を行うと、静脈還流すなわち心臓に戻る血液量が減少し、肺動脈圧が減少することが確認されている。この事実は、加圧を行うことで心臓の前負荷が軽減され、急性心不全の治療に応用できる可能性を示唆している。/慢性心不全症例では基本的に左室の収縮力は低下しており、これを改善できれば予後の改善につながる可能性がある。...成長ホルモンの投与が慢性心不全症例の心機能を改善するという報告もあり、心負荷を増大せずに成長ホルモンの分泌を促す加圧トレーニングは、慢性心不全の運動療法としても期待できる。96.p
◯参考サイト
加圧トレーニングの科学的背景
脳虚血によるプレコンディショニング
タグ 歴史 社会 政治思想 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2010年01月02日 13時02分09秒 2010/01/02
購入:  2009年10月16日 0円 所有
読了:  2010年01月02日
・(レーニン・トロツキーとの対照性)レーニン、トロツキーは革命を予見し、革命達成まで数十年間、その準備に努めた。彼ら自身の構想は1917年の刈入れまでを目指してロシアの大地を潤した。だが、スターリンの場合は事情が異なる。第二次革命の構想は彼のものではなかった。彼はこれを予見もしなければ準備もしなかった。しかも、これを達成したのは彼であり、ある意味では彼一人の事業であった。初め、彼は当面の危機の振りあげる鞭に追われるかのようにして、この遠大な事業に足を踏み入れた。彼は不安を抱え、手探りで始めた。だが、やがて自分自身の行動の勢いに駆られた彼は、殆ど立ち止まることもなしに巨人の道を歩み続けた。彼の後ろには、一国社会主義を求める一世代全部のロシア人が、血のにじむ疲れた足引きずりながらついていった。スターリンの姿は神話的偉大さまでに広がるように見えた。だがそばによって見れば、考えは平凡でごく当たり前の大きさの人の姿であった。2
・彼は革命後の社会に現れた、すべての反抗的な思想と主義を抑圧する中庸主義的独裁の権化であった。3
・1925年初めに、ジノヴィエフ、カーメネフとの三人組を解消し、新たにブハーリン、ルイコフ、トムスキーとの協力関係を築き始め、この体制は25年後半に完了した。4
◆集団化政策
・28年1月、政府が農民から買い上げた穀類は都市生活者の最小限の消費高より200万トンも不足した。スターリンは政府に穀類を引き渡さない「クラークはソヴェト経済政策を撹乱している」と言明したが、これは少し前までの彼のあらゆる言明と矛盾していた。6月、新しい緊急措置が発表された.7月、スターリンは党に「クラークを強く叩く」よう呼びかけた。地方のボリシェヴィキはこうした命令に快く従えなかった。過去三年間、彼らに対して農民との同盟の重要性を痛感させる努力が行われてきた。また、農奴への敵意は異端的トロツキー主義の特徴だと教えられてきた。15.p(こうした最中でさえ、他方では「富農の収奪は愚行である」と主張していた。)28年末に承認された第一次五カ年計画は33年までにせいぜい全農家の20%を集団化することを規定した。
・それから数カ月後には全面的集団化が全スピードで進められた.個人経営は死滅を宣告された。20.p
・自作農2500万人のうちもっとも困窮した階級に属していたものがどのくらいであったか正確には知られていない。500万ないし800万といわれている。少なくとも500万の零細な農地は木の鋤で耕されていた。これと反対の側に150万か200万人の富農があり、中間には1500万から1800万人の中農がが存在した。しtがって、大改革を心から歓迎することは間違いないと見られたものはかなりの数とはいえ、農民全体から見ると少数に過ぎなかった。
・1929年中頃、はじめ定めた限界を越えて、集団化を推進し始めた。数千人の活動分子を農村に派遣し、階級としての富農を清算ししりごむ多数の中農を集団農場に追い込むよう指令した。
・短期間のうちに、ロシア農村地帯は地獄と化した。農民の圧倒的多数は必死の反抗で政府と対決した。集団化運動は軍事作戦、残酷な内戦に変質した。23.p
・(暴力的集団化の結果は、34年1月にその一部が公表された)29年に3400万頭いた馬が、33年には1660万頭に、牛は全体の45%に当たる3000万頭、羊と山羊は全体の三分の二に相当する1億頭近くが殺された。広大な土地が、未耕のまま放置された。24.p
・(30年春になると)スターリンは、集団化促進運動に強力なブレーキをかけた。次の三年間には、全農家の10%がさらに集団化されただけだった。こうして、五カ年計画完了までに、全所有地の10分の6が集団化された。集団農場の性格も変わった.最初は、農民の所有物はほとんどすべてが、集団農場のものだと宣言され、その参加員は労働に対して労働者としての賃金を受けるだけであった。30年代初めから中頃にかけての一連のスターリン改革は、農民の個人主義に重要な譲歩を行った.コルホーズは、コンミューンではなく協同組合となった。そこでは、参加員はコルホーズの利益の配分に加わった。また、小さな私有地、家畜の一部、家禽を所有することが認められた。時が経つにつれて、新しい社会的分化が始まった。裕福なコルホーズと貧しいコルホーズが生まれ、コルホーズ内にも格差が生まれた。29.p
◆粛清
34年末、キーロフ暗殺とともに粛清は開始され、39年はじめまで続いた。この粛清によって、革命の第一世代はほとんど抹殺され、その穴を埋めるために登用された第二世代にとっては、粛清そのものが彼らが社会的階梯を登りつめていくための、最も手っ取り早い手段になった。一種の社会的登用システムに組み込まれた感さえある粛清を描く第10章を、ドイッチャーはアナトール・フランスの小説に因んで「神々は渇く」と題している。
メルトダウン 21世紀型「金融恐慌」の深層
榊原 英資 / 朝日新聞出版 (2009-02-06) / 4,400円20 users
タグ 経済 金融 市場 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年12月06日 21時58分25秒 2009/12/06
購入:  2009年12月05日 1,365円 所有
読了:  2009年12月06日
・95年から07年までにアメリカの金融資産は約百兆㌦増大した。この間貿易収支、経常収支の赤字は拡大し続け、95年の1136億㌦から06年には7881億㌦に達した。
・一方、消費者は、住宅ローン、オートローン、クレジットカード・ローンなどが潤沢に提供される中で、負債総額を増大させつつ消費を拡大し続けた。95年に三千億㌦だった家計の新規借入額は、1.1兆億㌦にまで膨張した。12-13.p
・95/1月、ルービン財務長官の就任とともに、アメリカの経済政策は「ドル高有益論」に転換した。すなわち「経常収支赤字削減・ドル安容認」から「ドル高・低金利・インフレなき経済成長促進」に変貌を遂げた。56.p、これはクリントン政権が通商から金融に軸足を移して、金融によるアメリカ経済の再生を図ったことを意味する。強いドルを軸に、世界の金融資産をウォールストリートに集め、投資銀行等を中心にこの資産に更にレバレッジをかけ、金融で世界をリードしていくというモデルだ。58.p
・97年の東アジア通貨危機は、ドルが強くなり、今までアジアに投下されていた資金がアメリカに戻ってしまったことが、重要な原因の一つであったことは間違いない。66.p
・アメリカ金融救済の一覧表(08/11月現在)、A.保証、B.投資、C.貸出の三分野に分けコミット総額8兆㌦の内訳の明細表、126.p(『実録世界金融危機』119-127.pに08年1/04~12/16の米政策対応の日次記録及び金融危機対応策の総体図が掲載されている。比較対照せよ。)
・危機はパラダイム・シフトを呼ぶ、三つのパラダイム・シフトが予測される。市場原理主義の崩壊と公的セクターの役割の増大、アメリカのヘゲモニーの後退、世界的な「多様化」の進展(やや唐突に、300程度の基礎的自治体を作って分権化を進める廃県置藩の実行を薦める)169-170.p
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年10月24日 07時51分39秒 2009/10/24
購入:  2009年10月16日 0円 所有
読了:  2009年10月23日
・(スターリンは)西ヨーロッパの生活が亡命指導者の前に繰り拡げた広い国際的視野を少しも感得することが出来なかった。他のすべてのボリシェヴィキと同じように、彼も国際主義者であったが、彼の国際主義は生の体験ではなく教義の産物で、その視野は地方的であった。彼は、自己中心主義の民族主義の愚かさがはっきりと示された、コーカサス各部族、民族間の血なまぐさい争いを知っていた。彼の国際主義に欠けたものは、広いヨーロッパ的生活の様々な流れに対する内面的理解であり、またヨーロッパ文明といわれる、目もあやな七色の虹の様々な色合いに対する感受性であった。87
・(1912年当時、スターリンはレーニンに次ぐ地位に立っていたとする公認の伝記作者の「神話」について、当時の党内序列は)レーニンを除けば、指導部内での序列はまだ少しも固定していなかった。レーニンの権威は、彼の知的、政治的才能のうえに築かれたもので、彼の追随者が後に公式に要求したようなレーニンに対する忠実と服従によるものではなかった。レーニンを取り巻く衛星群は気紛れに軌道を外れて回転し、新しい星が飛び込み、古い星が飛び去る過程が絶えず繰り返された。98
・(ロシア革命の自足性について)スターリンの言葉にはまだ半意識的に過ぎなかったが、ロシアの革命的自足性に対する無言の信念が感じられた。1917年7,8月には、将来の分裂を暗示する、こうした重大発言に留意したものは誰もいなかった。130
・(コルニーロフの反乱)ケレンスキー首相はボリシェヴィキとの最終的対決をもくろみ、コルニーロフ将軍に信頼できる軍隊を首都に派遣するように要請した。将軍はボリシェヴィキ弾圧計画に満足しなかった--彼はソヴィエト、穏健社会主義者、それにケレンスキー自身も一掃しようと考えた。(131)コルニーロフ反乱の鎮圧後、レーニンはメンシェヴィキ、社会革命党に対してコルニーロフの共犯者であるカデットとの提携を断って政権の基盤をソヴェットだけに求めるよう公然と呼びかけ、もしこの勧告に従うなら、ボリシェヴィキはソヴェットの枠内で憲法を守る合法的野党の役割を演ずると公約した。メンシェヴィキと社会革命党はこの勧告をけった。この拒否によって労働階級間での彼らの声望は地に落ちた。(132)コルニーロフ逮捕数日後、ペテルブルグ・ソヴェットでボリシェヴィキが多数派に転じた。(133)
・レーニンの蜂起の諸計画は軍事的に不当であったばかりではなく、それらすべてには、一つの重大な政治的欠陥が共通していた。それは蜂起の政治的基盤を狭め、蜂起に対するソヴェトの承認を不可能にし、トロツキーが大衆的行動として組織したものをボリシェヴィキ党という狭い枠内に押し込めようとする傾向があった。また蜂起から防衛的色彩を奪い、露骨な攻撃的性格を与えるけいこうがあった。137
・(トロツキーは、スターリンが蜂起に対して洞ヶ峠を決め込んでいたと批判しているが)スターリンは中央委員会で蜂起についての最初の表決が行われた10月10日に既に自己の立場を明らかにしていた。このとき彼はレーニン、トロツキーと共に投票した。10月16日、彼は再び蜂起を支持する投票と発言を行っている。しかもこのときは中央委員会という狭い会議の席上ではなく、ペテルブルグ組織、党軍事部、労組、ペテルブルグ・ソヴェトの代表ばかりでなく、工場委員会、鉄道労働者代表なども含めた、はるかに幅広い会議の席上であった。140
・(スターリンの個性)レーニンは熱狂的論争の最中にあってさえ、彼の師であるプレハーノフのことを”古いだけで偉い”人だと言ってのけるようなことはしなかった。権力の門口にたどり着きながらも"偉大な名前”を獲得できないような特殊な才能を持つ人の閉じ込められた不満をやや意味曖昧?)、スターリンの留まることを知らない悪口雑言の中に感じ取ることは難しくない。143
・10月革命に続いたものは残酷な内戦と外国干渉であり、これは殆ど三年間にわたった。事態が革命の党に強要したことは革命の基本的ワクを守り通すため党の理想、希望、幻想の一部を放棄することであった。この過程の中で、党自体を始めその指導者と支持者は深刻な精神的、政治的変容を蒙った。(144)党は、人民の、人民による、人民のための政府として政務をとる。だが、次に、これら名誉ある特質の内少なくともその一つを失う。党は人民よる政府ではなくなる(この部分は訳が変なのか、原文が変なのか、いずれにせよおかしいな。党は、最初から「政府」ではないし、党が政府の役割を代行したにしても、少なくとも形式的には最後まで「政府」そのものではない。こんなことをドイッチャーが混同するとは考えられないな。)党全体としては依然、国内の一般的空気との対立は一時的なものに過ぎないと期待する。従っていずれかの方向に誠実な努力を続ければ人民の創造力は再びかき立てられ、過ぎたばかりの英雄的時代を再現させることが出来るだろうと考える。だが、党と人民との間の溝は深く、広くなるばかりである。他方、支配者は一方的に政治をする癖がだんだん強くなり、最後には彼ら自身がこの癖のとりこになる。血の通った偉大な国民的事業として希望と危険の内に着手されたことが狭量で冷酷な独裁に転落する。(145-46、仮にこれが歴史の避けられないシナリオだったとすれば、最も適した演技者を得たことになる。あるいは逆に、演技者の質に最も適った姿にシナリオが書き換えられた可能性はないのか?
・官僚の抵抗とサボタージュ
・民族自決権
・中央集権と連邦主義
・講和問題--戦争か平和か
・テロに対する報復テロ
・(トロツキーの欠点)率直な現実主義をある程度欠いていること、情勢が許さないにもかかわらず、口舌の解決と劇的所作をとりたがる性向、158
・(内戦による革命精神の荒廃)奔放な革命精神は内戦が峠を越した後まで続き、1920年になっても依然健在であった。だが、内戦が最後の段階に入ると共に、この精神は薄れ始め、反対党の合法的存在は拒否され、支配政党ないでさえも自由は制限と強要の枠内に閉じ込められることとなった。この矛盾した事態を招いた原因は、ソヴェト政権に対する最大の危機が内戦の最後の銃声と共に初めて現れたということにある。革命は敵を壊滅した。だが一方では革命の友の大半は失われた。178
・内戦中は、政府は殆どほかに手のうちようがなかった。だが、当時、支配者たちはせっぱ詰まって取った対策をも出来るだけ美化しようと努めた。彼らは彼らのしたことを緊急措置としてではなく、真の社会主義、新しい生活様式、ソヴェト社会の高度の文明として受け取るよう国民に訴えた。これがいわゆる戦時共産主義の幻影だった。レーニンとトロツキーは労働軍は社会主義に欠くことのできない特色だと論じ、一方では、ブハーリンが奔馬的インフレと貨幣価値の下落は金のない真の共産主義経済の前触れだと褒め称えた。178
・(クロンシタットの暴動の結果)戦時共産主義は廃止され、新経済政策が登場した。..大規模な産業、運輸企業は依然国有化されていたが、中小商工業は個人経営外が認められた。外国の会社は大規模な産業さえも含めてロシア国内での企業再開が要請された。農作物に対する正常な税制が適用された。..経済的独裁の根本的緩和に対して、政治的独裁は強化された。内戦後期にメンシェヴィキ、社会革命党などの反対政党は最終的に禁止された。次の措置はボリシェヴィキ内の反対グループの結成禁止であった。..ボリシェヴィキ内での反対グループの結成の禁止は第10回党大会がソヴィエト体制内での労組の役割についての劇的論争の後に可決された。180
・革命を救うために、党は独立心と批判精神と勇気を持つ革命家の自由な集まりではなくなってしまった。党の大部分はますます強力になってきた党機構に屈服した。..この機構を動かすてこを取り扱い、これと最も緊密に結びついている人、育ちと性格から云って、この新しい官僚的見解を最も身近に受け入れられる人、こうした人々が自動的に新時代の指導者になった。(三人の性格)スターリンは最も有利な立場にいた。理論家のトロツキーは(労組についての論争では)官僚主義的要求の推進に力を入れすぎた。レーニンにあっては、これらの異なった性格は殆ど完全といえるほどうまく融けあっている。彼が一つの段階から他の段階に党を移行を主宰する理想的人物であった理由はここにある。184(革命的・理論的・理想主義的性格と実務的・実践的・官僚的性格との対比はトロツキーとスターリンとの対比に最も鮮やかに代表される。三者についてのドイッチャーの評価は、概ね賛同できる。とりわけレーニンについては、一片の私心もない革命の使徒であったことは疑いない。とはいえスターリン体制を生み出した歴史的責任の一端は、レーニンにもあったという見解を排除はできない。たとえ「遺言」での警告を考慮しても。)
・(労農監督委員部の役割)官公吏の無能と不誠実に対してレーニンは仮借のない過激な”下からの監督”でこの弊害を是正しようと努めた。労農監督委員部はこの手段となるはずだった。しかしこの対策は病弊と同じように収拾のつかないものとなった。..官公吏制度の弊害はロシアの驚くべき無教育状態とその物質的、精神的貧困状態を反映したもので、これを直すには少なくとも一世代はかけてゆっくりやるより外には道はなかった。ロシア官僚主義の暗い谷間からほかの政府諸機関はもちろん労農監督委員部自身をも引き上げるためには天使たちを集めてこの委員部をつくらなければならなかった。..千篇一律な官僚主義は労働者自身も官僚主義者にした。レーニンも後で気づいたように、労農監督委員部は混乱と腐敗と官僚主義的陰謀の新しい根源となった。そして最後には、官公吏を取り締まる、非公式だが口やかましい警察同然のものとなった。187
・(政治局と書記局)暗黙裡の二重権力機構が党の最高部に生まれ始めた。政治局は党の頭脳であり、精神であった。書記局はより具体的な指導、運営の権限が託された。名目上は書記局は政治局に従属するものであった。実際は、政治局が書記局に依存する度合いが高かったため、書記局という支えがなければ、政治局は空間に宙ぶらりんに吊り下げられた物体のように見える傾きがますます強まった。書記局は政治局の各会議の議題を用意し、審議中のあらゆる問題についての資料を提供し、政治局の決定を下級機関に伝達した。また、書記局は首都及び地方の数万人の党役員と日常的に接触し、彼らを任命、登用、降職する責任当局であった。188
・民族問題、とりわけグルジア問題をめぐる党内論争、レーニンの三度目の発作後のスターリンとトロツキーの争い、または駆け引き、スターリン・ジノヴィエフ・カーメネフのトロイカの結成、203-206
・スターリンは第二回ソヴィエト大会でレーニンへの誓いを読みあげたが、この誓いは今日に至るまで、彼自身の心を最も完全に、また最も有機的に解明する手がかりを与えている。この誓いの中には、共産党宣言の文体とギリシャ正教祈祷書の文体とが奇妙なもつれ合いを示し、マルクス主義の専門用語が教会スラブ語の用語のうえに重ねられている。また、革命への呼びかけは教会合唱団のために作られた連祷のように響く。217
複雑系―生命現象から政治、経済までを統合する知の革命
タグ 科学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年08月19日 07時26分39秒 2009/08/19
購入:  2009年01月 105円 所有
読了:  2009年08月18日
○「21世紀の科学革命」と一時、持て囃された時期があり、多少は関心を持っていたが、今年1月に古本屋で100円で売られていたので購入、そのまま積読になっていたが、「カオス」を読んだついでに読み始める。ざっと通読したところ、「知の革命」と評価するほどの驚きはない。やや誇大広告の印象。09/08/18記
ディナモ―ナチスに消されたフットボーラー
アンディ ドゥーガン / 晶文社 (2004-10-01) / 2,205円12 users
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年07月27日 07時46分25秒 2009/07/27
購入:  2009年07月09日 480円 所有
読了:  2009年07月26日
1942年8月、ナチス占領下のキエフでサッカー試合が行われた。地元民を懐柔し、彼らの心をつかむための「スポーツによるプロパガンダ戦略」の一環として。占領当局は、当初、スポーツ・イベントに「中立的」立場、不介入を装っていた。
かつてのウクライナの名門チーム、ディナモの快進撃は続き、やがてドイツ軍兵士の最強メンバー「フラッケルフ」との試合。ディナモは、試合の直前、SSの訪問を受け、極めて紳士的な態度で、彼らの健闘に対する賛辞を述べると共に、彼らが「勝つことは許されていない」と慇懃な態度で伝えた。
アーリア人の肉体的・精神的優位性を信じるドイツ人にとっては、負けるはずのないゲーム。ディナモの選手にとっては、勝ったら命の保障はない。
運命の日、ディナモは5-1と大勝。三日後の再選でも、5-3の勝利。
」(本扉の裏の紹介から)
戦後、ソ連のプロパガンダによって「全員が射殺された」と長く信じられてきた伝説の試合を、僅かな生き残りの関係者の取材を通じて「丹念に検証」したスポーツ・ドキュメント。単なるスポーツ・ドキュメントに止まらず、ナチス・ドイツの東方政策、とりわけソ連との「複雑な歴史的関係」を持つウクライナの占領行政の実態を具体的に知る手がかりとして貴重な資料
○第一章「ウクライナの歴史」から
・1918年1月、キエフはソ連赤軍に占領され、同年三月にはこの地方の抗争を収めるため締結されたブレスト・リトフスク条約の下、ドイツの占領下に入る。
・フランスとの戦争が不利になると、ドイツはキエフとウクライナを放棄、その後、政府は混乱を極めるが、1922年、最終的にキエフとウクライナはソ連社会主義連邦に編入された。しかしウクライナ民族主義者とボリシェヴィキは20年にもわたって対立を続けた。
・20年代の後半まで、肉と穀物の深刻な不足が原因の飢饉がソ連全域に襲い掛かった。21年と22年には飢餓とチフス、コレラと赤痢がもとで500万人もの死者が出た。人々は一日200グラムのパンで生き延びなければならなかった。
・スターリンは、農業集団化を強引に進めた。32年8月に制定された法律で、トウモロコシ一本でも勝手に取るものは強制収容所での10年の労働に送ることが可能になった。
・30年1月には、スターリンは新たにすべての農家を集団化して、クラークの絶滅を宣言した。クラークであり続けるものには三つの罰が待っていた。最も厳しいものは銃殺、その家族は二番目の罰である強制収容所送り、三番目は集団農場から追放され、新しい土地で農業を起こさなければならなかった。
・30年から33年の間に、シベリアなどの強制収容所に送られたものは200万人にのぼる。ソ連のパン籠だったウクライナでは、クラーク絶滅とそれに続く集団農場化による被害者はとりわけ多かった。
・ウクライナの農民の70%以上が集団農場で働いていたが、これは他の地域よりも遥かに高かった。集団化の結果、収穫量は著しく低下した。31年の収穫量は1800万トンに落ちたが、ウクライナ国民が飢えずに済む程度で、余剰は殆どなかった。しかし、ソ連は800万トンの供出を要求し、ウクライナは飢餓に陥った。翌年の収穫量は1400万トンで、ソ連は依然として800万トン(後に650万トンに減らした)を要求した。
・ウクライナの餓死者の正式統計は残っていないが、一般的には32年と33年で500万から700万人が犠牲になったと認められている。ソ連全体での餓死者は1400万人にのぼるとされている。
○第五章「ナチス占領下」
・41/09/19、キエフ陥落、63万人が捕虜に(キエフ防衛に当たった赤軍は67万人)、85.p
・41/09/29、市内のユダヤ人に対する出頭命令、89.p
・41/09/29-30、バービー・ヤールの虐殺、キエフ市内の3万3千余のユダヤ人は「処分」される、90.p
・ナチスをスターリン体制の圧制からの「解放軍」と見なすキエフ市民は少なくなかった。
・ウクライナ民族主義者組織(OUN)は、ウクライナ主権国家の夢を追って、ナチスに協力した。一方、ナチの名目上の東方担当大臣ローゼンベルグは親ウクライナ派で、ウクライナの分離独立構想を抱いていた。
・キエフ陥落と共に民政長官に任命されたコッホは、ヒトラーからウクライナの民族浄化策を告げられ、ウクライナ人を効率的に農奴に仕立て上げるため「主要都市をすべて更地にし、工場などの施設もすべて叩き潰す」構想を知らされた。
・ナチのキエフ支配で最初に実施されたのは、他の占領地域と共通の住民の階層化で、「純粋かつ単純に人種によって分類された四層の階級システム」のもとに運営された。
・最高層は「帝国ドイツ人」、地元住民を事実上の奴隷として思うがままに扱う権利を持っていた。次位は「民族ドイツ人」で、ドイツ国外及び占領地のドイツ人で、様々な優遇措置が取られた。彼らはキエフ市の大規模な官僚階層を構成した。第三階層は、地元の圧倒的多数を構成する労働階級だが、「倒れるまで働き続ける消耗品として扱われ」死後はゴミとして処分された。「帝国の敵」と見なされた者は最下層に置かれた。共産党員、地元の役人、危害を加えるもの、ドイツ帝国と戦った軍人など。辛うじて銃殺や強制収容所送り免れた場合も、厳しい監視下に置かれた。104-105.p
・42/09以降、キエフ市民全員に登録義務が課せられ、元共産党の指導者は虱潰しに殺してしまった。登録に応じない場合は、必要な書類を所持しないとの理由で「合法的」に射殺された。移動の自由は否定され、夜6時から翌朝5時までは夜間外出禁止令が出され、違反者はパルチザンまたは犯罪者として射殺された。移動はキエフ市内に限られ、市内に留まることが許されたのは9/20、またはその後に市内にいた者だけに制限された。119.p
○第十三章「英雄たちの死」
・バービー・ヤールの谷は、偉大なキエフ・ルーシ公国の時代、キエフの天然の境界線となっていた。この街外れの地には北西と南東に延びる道路の監視兵がおかれ、警戒に当たっていた。孤独で単調な仕事の唯一の楽しみは、妻や恋人の訪問だった。やってきた女性と兵士は谷間の監視小屋に滑り込む。これが「女性の谷」を意味するバービー・ヤールの名の由来だった。
42/09/29に、最初のユダヤ人大量虐殺が行われてからは、かつて持っていたその名のロマンチックな意味合いは完全に失われてしまった。199.p
アイザック・ニュートン〈1〉
タグ 科学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年07月21日 21時34分03秒 2009/07/21
ニュートンの知性、レーダーマンは伝記作者ウェストフォールの言葉を紹介している。
(自分は、あらゆる機会に優秀な人々と自分の能力を比較して、その人の能力の二分の一とか、四分の一とか、ともかくも有限の分数で表すことが出来た。ところがニュートンに限って)The end result of my study of Newton has served to convince me that with him there is no measure.He has become for me wholly other,one of the thiny handful of supreme geniuses who have shaped the categories of the human intellect.(God Particle,87.p)/ウェストフォールの、このニュートン賛辞を見るだけでも、ぜひ一読してみたくなる。
神と科学は共存できるか?
タグ 科学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年07月20日 07時19分29秒 2009/07/20
○日経BP社の出版案内で興味を持つ。
Amazonの内容紹介から現代進化生物学の残り 1 人の大物であるスティーヴン・ジェイ・グールドは? 2002年、癌でこの世を去ったグールドは生前、宗教と科学の問題に誰よりも早く言及し、考察した書を世に出していました。それが本書、『神と科学は共存できるか?』( ROCKS OF AGES)です。グールドはこの問題の当事者でもありました。人類の生物学的進化を否定する一部キリスト教原理主義者の「創造主義運動」と長年対決し、学校教育から「進化論」を押しのけ、「創造論」の授業を押し込もうとした運動に裁判で勝利した経験の持ち主でもあったのです。ドーキンスが否定し、ウィルソンが融合を考えた、科学と宗教の関係。グールドはこう考えました。科学と宗教は、重なりあわず独立して存在しているが、そのうえで互いに尊重すべき知的体系という関係にある、と。そして、科学と宗教を「対立構造」で見立てるのが間違いであり、愚かしい、と主張します。その立場を彼は、あえてカソリックの言葉を使用し、「非重複教導権(マジステリウム)の原理」と名づけ、本書を貫くテーマにすえます。グールドは、そもそも科学と宗教が対立構造にあったケースは、古代からむしろ例外的であったこと・むしろ近代に入って科学の万能性を訴えるために、宗教の非科学性を強調すべく、対立構造がしばしば捏造されたことを、指摘していきます。
カラー版 糖尿病学―基礎と臨床
タグ 医学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年07月03日 23時35分06秒 2009/07/03
購入:  2008年11月10日 19,845円 所有
読中:  星5つ お気に入り
昨年9月糖尿病の診断を受けるとともに、糖尿病についての知識をリフレッシュするとともに、改めて最新知見を確認するために購入する。
通読すると同時に、繰り返し参照すべき参考図書として。
ブドウ糖毒性(または糖毒性)
・糖尿病状態では膵β細胞が慢性的に高血糖に曝され、もとからあるインスリン生合成・分泌の不全を、更に悪化させ、高血糖の遷延化、重篤化を招く。この現象は「膵β細胞糖毒性」と呼ばれ、糖尿病の病態を悪化させる悪循環をきたす。インスリン生合成・分泌の低下には酸化ストレスが深く関与している。膵島(またはランゲルハンス島)は抗酸化系酵素の発現が弱いため、他の組織、臓器に比べて酸化ストレスの影響を強く受けやすいと考えられている。116.p
食後の高血糖(第四章の4を参照)、
・耐糖能異常など空腹時血糖値が正常範囲内で食後のみ高血糖をきたす病態は、糖尿病の発症前段階であるのみならず、近年の臨床研究により虚血性心疾患などの動脈硬化性疾患の高リスク状態と考えられている。食後の軽微な血糖上昇がブドウ糖毒性の機構を介して抹消組織のインスリン抵抗性を惹起し、更にそれが高インスリン血症を併発して、結果として動脈硬化性病変を進展させるものと考えられる。229.p
タグ 歴史 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / ノンフィクション 更新日:2009年05月19日 09時15分50秒 2009/05/19
購入:  2009年05月13日 897円 所有
読了:  2009年05月17日
バルザックのカトリーヌ・ド・メディシスを読んだ関連で古書で購入。
5百頁余に及ぶ年代記的記述は、フランス諸侯の中の第一人者に過ぎぬ王権の確立に権謀術数の限りを尽くすメディシスを精細に描いている。しかしその特徴づけにおいて、僅か数十頁に凝縮されたバルザックの「カトリーヌ・ド・メディシス」の序章には遠く及ばない。

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