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sunjin_fuuraiのバインダー > エレーヌ・カレール=ダンコース
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エレーヌ・カレール=ダンコース/ 新評論 (1982-01) / - 1 users
購入:  2009年10月13日 870円 所有
読了:  2012年06月09日
◆上巻
・スターリンは増殖性の官僚機構を創設した(絶え間のない粛清による組織的破壊と絶えざる補充、新たな昇進の可能性)、58
・(粛清の)政治的結果は、あらゆるレベルで幹部のコンスタントな更新を可能にすること、従って恒久的に上方への移動性を確保することとなった。党自体が、このような移動性の例証となった。1933年から39年にかけて、約5百万人の党員が粛清された、党内での地位が上がるほど、粛清は血なまぐさいものになった。..粛清はスターリンが全面的、定期的にエリート層を更新し、彼に対して忠実で、その権力概念に信服する新エリート群を高い地位にすえることを可能にした。その意味で、粛清は、スターリン政治体制の中心的要素だったといえる。59
・身分の不安定さ、あらゆる水準での、あらゆる社会集団に関する免責性の不在は(レーニンは「党」を抑圧機構の権力行使の対象外に置いたが、スターリンは「党にたいする免責特権を廃止した。抑圧機構そのものも対象とされた。ヤゴーダ、エジョフの粛清)、スターリンの政治システムについて二つの結論を示唆する。永続性の欠如、ルール(政治的論理)の不在。61-62
・スターリン後の体制の暗黙の了解;新たな暴君の登場の阻止、集団的権力の確立。同時に権力問題の社会的介入の阻止、65
・フルシチョフは、ソビエト体制を変えようとする意志を持っていた。しかし、彼は何よりも体制内の人だった。権力が党に属するもので、社会はそこから除外されるべきだという、この体制の核心的理念を彼も完全に信奉していた。彼が望んだのは権力を合理化して、社会に受け入れらるものとし、権力と社会との間の関係を信頼と非暴力という新たな基盤の上に立脚させることだった。79
・フルシチョフは、政治、文化、経済、外交など、あらゆる分野で開放政策を実行したが(党幹部会の抵抗を排除しながら)、彼の決定に見られる首尾一貫性の欠如が、イニシアチブを行き詰まりに陥れた原因である。97
・大粛清期、1934年の大会で選出された中央委員の約70%(139人中98人)、更に大会代議員の半分以上(1960人中1108人)が肉体的に抹殺された。106
・中央委員会で最もよく代表されているのは、党機構(全体の40%)と国家機構(1976年で31%、71年には30%、66年は28%)である。これら序列体系は、約70%の選出委員を占め、党の最高機関をつねに支配してきた。これに次ぐのが軍、外務官僚、警察である。
・労働者、農民の代表率は、中央委員全体の4.5%だが、投票権を持つ正委員のポストについては、わずか3.5%である。一方、党員の社会的構成では、労働者が41.6%、農民は13.9%を占めている。但し、最高会議の場合、労働者代表18%、農民代表17%に対して、党官僚は16%、政府官僚は14%に過ぎなかった。111-12

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