ホーム   本・雑誌   Web   洋書   音楽 ウォッチ  プロフィール  メディア記録  印刷  RSSフィード
sunjin_fuuraiのバインダー
並べ替え:
カテゴリ 読書 購入 所有 お気に入り 121 - 150件目 / 445件
時間栄養学―時計遺伝子と食事のリズム
読了:  2010年12月29日
・岩槻図書館で借りる。10/12/25
・脳には視交叉上核という神経細胞の塊がある。その中に主(中核)時計遺伝子がある。肝臓を始め、全身の多くの細胞中には末梢時計遺伝子がある。これらの時計遺伝子は自律的に約25時間周期の概日リズムを作って細胞の活動を変動させている。
・主時計遺伝子は朝の光で位相を毎朝修正して、概日リズムを24時間の日周リズムに変え、末梢遺伝子の位相にも影響を与える。末梢時計遺伝子は朝食など摂食活動で位相を合わせている。12.p
・食餌リズムによる、末梢時計遺伝子の調節は、視交叉上核を通さないバイパスの役割を果たしている。41.p
朝飯を欠食するとエネルギー摂取が減るのに肥満が増えるのはなぜか?
1.心身活動の減少⇒一日の総エネルギー摂取量を同じにして米飯朝飯か高脂肪食の朝飯の有無で4群に分けて比較すると、米飯朝食では脳の唯一のエネルギー源である糖質を摂取すると、心身が朝から活性化して、一日の総エネルギー発生量が最も高い。朝食欠食では、午前中の活力が低下するのみならず、一日の総エネルギー発生量が減るので太る。高脂肪食では、欠食よりはエネルギー発生量は多いが、脳が脂質を使えないので米飯食には及ばず、同じエネルギーを摂取したので、その分だけ太る(米飯朝飯と高脂肪食という比較だけでは、いかにも杜撰だな。高脂肪食といっても糖質ゼロというわけではないだろうから、朝、「脳を活性化するには、最低限どの程度の糖質が必要か」という量的評価が不可欠だ)。
2.糖新生反応による筋肉タンパク質の分解&体力低下
3.代償的な昼夕食の増加と血糖値の急上昇⇒朝食欠食による血糖低下で食欲が亢進して、昼夜食を多く取り、その結果血糖値が急上昇して、インスリンが過剰に分泌され、インスリンの作用で肥満が起こる。(正常人の場合、血糖の急上昇を抑えるためにインスリン分泌が増加する。分泌反応が過剰反応する、という意味か??
4.時計遺伝子の防衛反応、23-25.p
・総エネルギー摂取量を変えずに朝食を増やして、その分、夕食を減らしただけで重症の糖尿病が改善し、ヘモグロビンA1cが低下した。28.p
「何を」「どの程度」食べるかという質と量の問題のみならず、いつどのように食べるかという「時間の要素」が決定的に重要だという「時間栄養学」の基礎概念は、栄養生理学の考え方を基本的に見直す必要を示唆している。僕の知る限り、従来の栄養学は要素的分析の段階に留まっていて、食物が人間の体内で消化吸収機関との交互作用を通じて、実際にどのように作用するのかという総合的分析を欠いている。時間栄養学という概念を通して、人間の生活行動全体との関連の中で「食べる」という行為がどのような役割を果たしているのかという総合的分析への道が開かれることを期待する。
カール・マルクスの生涯
読了:  2010年12月27日
・岩槻図書館で借りる、10/12/25、
『マルクスの「資本論」』の著者による伝記、マルクス主義の信奉者ではないが、思想史における「資本論」の正当な位置づけに虚心坦懐に立ち向かっている姿勢は、マルクスの人間像に新たな光を注ぐものと期待した。僕の知り合いの医学者はマルクスを評して「自分の家族も養えない甲斐性のない碌で無しの男」と呼んでいた。彼には、下品な品性の持ち主にかくも崇高な作曲の才を授けた神の不条理を嘆くサリエリがモーツアルトの音楽を理解したほどにはマルクスの理解には遠く及ばなかったのだろう。ともあれ、この本の解説者高橋源一郎が「この本の著者は、この伝記から、何を読み取ってもらいたいと考えているのか?それは、人間マルクスの欠陥である」と書いている。が、これまた一面的ではないかと、僕は思う。むしろ矛盾に満ちた多面的性格をありのままに描き出した、そこから何を酌み取るかは読者に委ねられている。
マルクスの『資本論』 (名著誕生)
購入:  2010年12月11日 1,575円 所有
読了:  2010年12月14日
◆訳者の中山元の語り口が好きで、中山さんの著作一覧を見ていて、たまたま目についた本書を読んでみた。Amazonの「資本主義」という怪物を主人公とした小説として読みなおし、という紹介も興趣をそそる。
・この書物のテーマは、まだ私たちの生活を支配している問題でもある。「資本主義が生き続けているのに、『資本論』が死ぬなどということがあり得るだろうか」というマーシャル・バーマンの疑問はもっともなのだ。10.p
・マルクスは生まれ落ちた瞬間から、既にアウトサイダーだった。14.p
・(弁証法の使用価値)予測が外れて嘲笑されるかも知れない。その場合には、弁証法を活用すれば、抜け出せるのだ。事態がどちらにころんでも、上手くいい抜けられるように言葉を選んでおいた。89.p
・マルクスのお気に入りのモットーは、全ては疑いうるだったが、共産主義のロシアでこのモットーを実践して生き延びた人はいない。マルクスが実践したマルクス主義とは、イデオロギーと言うよりも、批判的なプロセスであり、弁証法的な議論を継続していくことであった。138.p(マルクスの名のもとに生み出された体制が、マルクスの精神とは本質的に相容れないある種の神政国家に堕してしまったのは、歴史的必然の体現という認識そのものに胚胎している。
単純な脳、複雑な「私」
池谷裕二 / 朝日出版社 (2009-05-08) / 1,836円729 users
読了:  2010年12月09日
・村の保健センターで借りる。一読、引き込まれる面白さ。『単純な脳、複雑な「私」』という表題が、なんとも含蓄に富んだ表現で、人間の意識がその背後に潜む「意識的」部分の何倍もの領域を持つ「無意識的」部分によって支配されているという指摘は、衝撃的でさえある。唯物論と唯心論の対立・客観的と主観的との対立、一見、絶対的にさえ見える対立も脳と体の相互作用のあり方の表現形式に過ぎないように見えてくる。
心臓病は食生活で治す
購入:  2010年11月08日 2,100円 所有
・(心臓病の)治療コストは莫大です。他のどんな病気のコストよりもはるかに多いのです。アメリカ合衆国は心臓病に年間2500億ドルも費やしているのです。....(誠にショッキングなことに)心臓病にかかるコストのほぼ全額が、対症療法に使われていることです。心臓病の薬や血栓溶解剤、回転ナイフやレーザー、ステントなどのために使われているのです。....これらの治療法は基礎疾患を取り除くためや、将来犠牲者になりそうな人々が発症するのを予防するためには、全く何の役にも立たないのです。11-12.p
・国民の血中コレステロール値が150以下の国では冠動脈疾患が稀であり、これより高い国ではこの病気が多かった。心臓病の発症率も同様でした。31.p
実験的治療法(プラントベースの食事療法)乳製品に関しては、はじめはスキムミルクやノーファットヨーグルトを許していたのですが、乳製品に含まれるカゼイン(ミルク蛋白)に腫瘍を誘発する可能性があることや、動物性蛋白質はアテローム性動脈硬化の一因となることから、後に全ての乳製品を禁止しました。34.p
・(20年に及ぶ「The China Project」の結果)冠動脈疾患の見られない中国農村部の人々のコレステロール値は、90~150の間であることが見出された。49.p
・油や乳製品を含む動物性食品を一口食べるごとに、細胞膜への攻撃が始まる。これらの食べ物は身体の中で、フリーラジカルと呼ばれる特に有害な化学物質を、カスケード式に生み出していきます。細胞膜がフリーラジカルに攻撃されると、代謝障害を引き起こします。この障害は部分的にしか回復しません。フリーラジカルの影響は年々蓄積していき、最終的には積み重なった細胞障害がはっきりと分かるほど大きくなり、病気と診断されるほど症状がはっきりしてきます。62.p
・(血管の)内皮細胞は一酸化窒素を製造する。これは血管を正常で健康な状態に保つのに極めて重要な物質で、血管を拡張する。また一酸化窒素が豊富にあると、血管と血液細胞の粘着性を除去して、あたかも血管の表面がとてもつるつるしたテフロンで覆われているかのように、血液が流れていきます。63.p
・プラントベースの栄養摂取によって、総コレステロール値を150以下、LDL値を80またはそれ以下に押さえれば、その当然の結果として血管の病気を阻止し、身体自体が持つ回復能力を取り戻せる(...が)、大量のコレステロール低下薬を用いてコレステロール値を150以下に抑える研究結果によれば、(コレステロール値は改善したものの)心血管疾患は防げなかった。64、65.p参照
◆コレステロールの捉え方
・筆者の見解は「総コレステロール値を150以下、LDL値を80またはそれ以下」という、ある意味で絶対的基準を設定している。
・「糖尿病の解決」のバーンスタイン医師は「我々の体内コレステロールの大部分は、善玉も悪玉も肝臓で作られる。それはいわゆる”心臓発作食物”を取ることによってできるものではない。コレステロールの多い食事を取ったとすると、肝臓はLDLコレステロールの合成を減らすように調節する。血清中性脂肪のレベルは食後劇的に変化し、炭水化物の多い食事では中性脂肪のレベルが高くなる。...意味があるのは総コレステロール対HLD比である。総コレステロールが高くても、LDLが低く、HLDが高ければ、リスクは低い。」63.pとしている。
心臓病の病態生理―ハーバード大学テキスト
購入:  2010年10月24日 7,560円 所有
読中: 
・2000年発行の第二版の翻訳版を古本で購入。
第7章、急性心筋梗塞
・心筋梗塞とは、持続する虚血のために心筋に不可逆的壊死ができた状態である。157.p
・心筋梗塞の約90%は、冠動脈の動脈硬化による急性の血栓性閉塞が原因である。158.p
・梗塞とは、単一のイベントではなく、虚血の度合いが強くなって細胞死に至る過程である。閉塞血管によって直接灌流されていた部位の心筋は、すぐに壊死する。隣接する組織は他の血管からも血液が供給されるので、すぐに壊死することはないかも知れないが、時間が経つに連れて、この隣接組織でも酸素供給と需要が見合わなくなり虚血となるであろう。このように梗塞部は段々拡大する。最終的に梗塞となる組織の範囲は、1)閉塞血管によって灌流される心筋の量、2)その部位の酸素需要量、3)隣接した非閉塞血管からの側副血行の程度、4)虚血を修飾する組織の反応の程度、によって決まる。163.p
(心筋梗塞による)機能的変化、梗塞により急激に収縮力が減弱し、心拍出量は通常減少する。心筋細胞の協調した収縮がなくなるため、心拍出量はますます低下する。(比較的短期の一時的変化なのか、梗塞後の長期的・不可逆的変化を指摘しているのか?心筋の機能回復、あるいは梗塞に伴う壊死した動脈に対して代替的・補充的な血流の回復はないのか?
・虚血による心筋障害は、不可逆的な心筋壊死か、急激な回復かのどちらかに至ると考えられてきた。現在では、壊死を起こさずにしばらくの間収縮障害が続き、そのご正常な働きに回復するものがあると考えられている。167.p
心室リモデリング、または左室リモデリング⇒参照
バーンスタイン医師の糖尿病の解決―正常血糖値を得るための完全ガイド
購入:  2010年10月13日 3,990円 所有
読了:  2010年12月09日
入手直後に、所々拾い読みをしたが、一読、他の本とは違うと感じた。どこか隔靴掻痒の感のある他の医学書と一線を画して、自己の直接体験を原点としているだけあって解説は抽象的で曖昧なごまかしがなく、記述はあくまでも具体的で、行き届いており、今まで疑問に思っていた点が氷塊していく思いがする。
・一型糖尿病患者の血糖値正常化に伴う合併症リスクの低減率(DCCT治験による)、早期網膜症進行の75%以上、腎疾患リスクの50%、神経障害リスクの60%、心血管疾患リスクの35%が確認された。50.p(他の合併症に比較して、心血管疾患リスクの低減率が低い点に注目、何故?
・二型糖尿病の約80%が肥満...、残り20%の内臓肥満のないいわゆる二型糖尿病は、実際にはインスリンを産生する膵臓のベータ細胞の部分的欠落を来した中程度の一型糖尿病である可能性がおおいにある。50.

◆第4章、奇妙な生物学
ブドウ糖新生、暁現象、胃排泄遅延、朝起床時の空腹時血糖値が、夜中に間食したわけでもないのに、就寝時よりも相当に高いことに気づく場合がある。この原因は一般的に、次の三つ:ブドウ糖新生、暁現象、&胃不全麻痺である。
ブドウ糖新生は、肝臓(または腎臓及び腸管)がアミノ酸をブドウ糖に変換する機構による。食事中のタンパク質のみならず、筋肉やその他の組織のタンパク質は連続的に血液からアミノ酸を受け取ったり、また血液中に返したりしている。...いったんインスリン産生があるレベル以下になると、肝臓は不適切にブドウ糖を作り、たとえ空腹でも血糖値を上げることになる。
⇒糖新生については「糖新生の経路」を参照せよ。
暁現象、暁現象の機序はまだ完全には明らかにされていないが、肝臓は早朝他の時間帯よりも循環しているインスリンを不活性化する。ブドウ糖新生を防ぐには不十分な量のインスリンが循環している場合は、血糖値は就寝時よりも朝の方が高いかもしれない。...血糖値の上昇は大部分の糖尿病患者で就寝後8~10時間に起こる。血糖値が上昇するまでの時間と増加量には個人差がある。暁現象は一型糖尿病患者ではよりはっきりしているが、二型の患者も同様の症状を示す。
「暁現象」の可能性のある症例(「ドクター江部の糖尿病徒然日記」参照
「食後30分に30分運動をすると血糖値が下がる」

インスリン作用が確保されて、糖代謝が良好に維持されている糖尿人では確かにその通りですが、個人差が結構大きいですし、運動の種類にもよります。歩行ぐらいが丁度よいようですが、10kmを1時間のジョギングでもよいと思います。

退屈無想庵さんの場合、糖質制限食により、血糖コントロール良好ですから、普通は運動で血糖値は下がるはずですね。

ある程度の強度の運動だと、アドレナリンや副腎皮質ホルモンなどの血糖値を上昇させるホルモンが分泌されます。

正常人だと、血糖値が上昇すればリアルタイムにインスリンが分泌されて血糖値をもとに戻しますが、糖尿人ではこれが出遅れます。従って、数分間の強度の強い運動だと、血糖値が上昇する可能性があります。

しかし、ジョギング1時間はほどよい強度と持続時間なので、退屈無想庵さんの場合は当てはまりません。

可能性としてあるのは、やはり就寝後8~10時間で、血糖値が上昇する暁現象です。

肝臓が早朝には、他の時間帯以上に、血液中に循環しているインスリンを不活化させるため、肝臓の糖新生が高まり、起床時に就寝時より血糖値が高くなることがあります。

バーンスタイン医師によれば、「1型糖尿病の数人の患者で朝運動するときには追加の即効性インスリンを注射する必要があるが、午後の運動では必要ない。」そうです。

1型糖尿人の数人が「午前中に運動したら、糖新生が高まって、インスリン注射を追加しないと高血糖になる」という事実があったということですね。2型糖尿人でも、暁現象のある人は結構あります。」

胃不全麻痺、長期糖尿病患者の大部分は、胃と腸の筋肉を支配する神経に障害を発症し、糖尿病性い不全麻痺を引き起こし、血糖値に予想不可能な効果をもたらすことがある。(⇒これについては第20章を参照。)75-77.p
◆第9章、個人に合わせた食事計画
・理想的には、血糖は食事前後で同じであるべきだ。血糖値が食後20以上増えるとすれば、いずれ目標値に下がるとしも、食事内容を変更するか、あるいは血糖値低下薬を食前に服用すべきである。...食後血糖値が空腹時血糖値よりも心臓血管系の障害を引き起こすことが最近明らかにされた。132.p
◆第12章、運動の効果から
・粥状動脈硬化さえも、おもな血清脂質プロフィールの改善によって逆転可能である人たちがいる。
・活発な運動を頻繁に行うと血清フィブリノーゲン値が下がることによって心臓発作、脳発作及び血管閉塞の可能性が有意に低下することが示されてきた。長期の活発な運動が安静時心拍数と血圧を下げ、さらに心臓発作と脳発作のリスクを減らす。159.p
・インスリン抵抗は腹部脂肪と筋肉との日に関係がある。脂肪対筋肉の比が高いほど、インスリン抵抗性が高い可能性がある。筋肉量を増やすほど、インスリンの必要量は減り、血液中のインスリンが少ないと、蓄える脂肪も減る。159.p
・短時間の激しい運動は血糖値を上げる可能性があるが、長時間の運動は血糖値を低下させる。160.p(食事及び運動と、実際の血糖値の関係は非常に複雑で一筋縄では制御できない。あるインスリン抵抗性を前提にしても、インスリン産生、インスリンの活性度と賦存量、運動強度と持続時間、食事内容と食後経過時間などの要素を、最低限でも考慮しなければならない。
・炭水化物1gは体重64kgの人で、約5mg/dlの血糖値を上げる(この割合を前提にすると、体重52kgでは炭水化物1gにつき、約6mg/dl血糖値が上がる)。164.p
・筋肉が有酸素的に運動すると、量はあまり増えず、エネルギーとしてたくさんのブドウ糖を必要としない。無酸素運動は筋肉から酸素を奪う。無酸素運動は筋肉を速やかに疲労させ、有酸素運動と同じ程度の運動量でも19倍のブドウ糖を必要とする。無酸素運動をすると、筋肉は最初の24時間は破損するが、次の24時間で再構築される。166.p
無酸素運動
1.連続的な無酸素運動は不可能である。しかし、一度にひとつの筋肉群に焦点を合わせ、それから別の筋肉群に焦点を移す。逆ピラミッド法を使って、(重量挙げ、腹筋運動、懸垂、腕立て伏せなどを)ローテーションしながら、ほとんど連続的に近い無酸素運動をすることができる。
2.(ローテーションを組むときは)上半身の運動と下半身の運動は、一日交替にすべきである。運動後の24時間は筋肉の崩壊があり、それを再構築するのに時間が必要だから。
3.特定の筋肉を鍛えたいときは、鍛えたいと思う筋肉だけを分離して使うことが重要である。例えば、腕の運動を助けるのに背筋を使うべきではない。
4.ゆっくりと時間をかけて、筋肉を使うこと。例えば、ゆっくりと7秒以上かけてウエートを上げ、下ろすときは15秒以上かける。ひとつの運動の反復に約25秒、あるいは我慢できる限り長い時間をかけるべきである。168-169.p
逆ピラミッド方式(スタート時に我慢できる限界の負荷をかけ、それから段々負荷を楽にする方式)、無酸素運動を最も効果的にする方法は、特定の筋肉群をできるだけ早く疲れさせ、運動をしている間、疲れた状態に置くことである。170.p
・筋肉の鍛錬には、身体を起こすのに7秒以上、戻すのに15秒あるいはそれ以上かける方が、同じ時間内に3~4回繰り返すよりも実際はより有効であり、また筋肉が疲労する前に腹筋運動の回数を有意に減らせる。171.p
心臓血管訓練、心臓血管訓練の大きな目標の一つは、心拍数回復所要時間の短縮にある。最低基準は、最大心拍数からほとんど歩行状態まで遅くした約二分以内に、心拍数が1分間に最小限42拍遅くなること、172.p
・心臓発作の危険を避けるには、急に運動を止めないこと。173.p
究極のトレーニング 最新スポーツ生理学と効率的カラダづくり
石井 直方 / 講談社 (2007-08-31) / 1,728円57 users
読了:  2010年10月31日
10/10/27、普代村保健センターで借りる。トレーニングの実践的指南の本ではなく、理論的意味合いの理解を助ける本。疲労と超回復、短縮動作と伸張動作、有酸素運動と無酸素運動の比較などが面白い。
短縮性動作と伸張性動作、バーベルを上げ下げする動作で、筋の発揮する力は同じだが、上げるとき(短縮性)は筋はモーターとして働き、下げるとき(伸張性)はブレーキとして働く。実験によると、筋を肥大させたり、筋力を高めたりする効果は、伸張性動作のほうが大きい。大まかに、バーベルの上げ下げのトレーニングでは、全体の効果の40%は短縮性動作に、60%は伸張性動作すなわち「バーベルを下げる」動作に依存している。51.p
・伸張性動作には、「筋を破壊する」というもう一つの側面がある。(破壊による創造!
・伸張性収縮では、負荷が極めて軽い場合でも、速筋線維から優先的に使われる。57.p
・腰痛と大腰筋、大腰筋が強ければ、デッドリフトの場合のように脊柱に強い負荷がかかっても、腰椎のS字形を維持することができるので、いかなる状況下でも腰痛の危険性が低減する。...短期間の大腰筋のトレーニングによって、安静時の代謝が増大し、肥満が改善する傾向も見られた。71.p(大腰筋のトレ:レッドリフト、レッグレイズ、フロントランジ、膝を曲げて胸に引きつけるニーツーチェスト)
溪内 謙 / 岩波書店 (1970-11-05) / 3円3 users
所有 読了:  2010年10月18日
・再読、1926~29年の農村の政治的展開の分析。
・27年末からの穀物調達危機を通して、28年1月以降非常措置が実施された(「非常措置」の具体的分析・実施過程の状況は、391.p以降)。非常措置の実施を通して、党組織及び国家組織の組織原則は抜本的に侵犯され、また党と国家との機能上の区分は事実上消滅する。当初、異例の措置として実施された憲法的組織原則の侵犯は、非常措置そのものが常態化していく過程で、ソヴィエト国家と党との新しい組織原則、スターリン政治体制の構造的原理と化していくのである。361.p
・ソヴィエト史における重要な(政策的)転換は、これまですべて穀物問題と密接に結びついていた(戦時共産主義の食料徴発制、ネップの食糧税、24年秋の新政策etc)。穀物問題は経済政策的問題にとどまらず、優れて政治的な問題であった(都市の党であり、農村に社会的支柱を欠いている。農民を体制側に如何に引き寄せるか)。穀物問題の経済的側面と政治的側面は二律背反的に現れてきた。364.p
・(穀物調達危機の性質めぐる)ブハーリン派とスターリン派の分岐は、28年前半には存在したが、表面化せず、外見的にはブハーリン的観点で統一されていた。7月の党中央委員会総会で、初めてスターリンとブハーリンの先鋭な対立が伝えられ(あるいは表面化し)、11月の党中央委員会総会以降は、危機の原因についてのスターリン的観点(もっぱら政治的に捉える)が支配的になる。368.p...ルイコフが原因を「経済的」側面に限定したのに対して、スターリンは、クラーク、調達機関、党、貧農、農村の階級闘争など政治の次元に焦点を収斂させた。374.p
穀物調達危機の深刻化に伴い、調達の自発的・経済的手段に代わって、強制的・権力的手段が「非常措置」として導入された。最初は、一時的・例外的「措置」とみなされたものが、穀物調達危機の常態化に伴って常態化し、やがて原則として定着した。従って、この時期(27-28年)の穀物調達危機をめぐる「非常措置」は、スターリン政治体制(むき出しの暴力的措置を根幹とする権力支配)への決定的な転機とみなすべきか。
・(28年1月以降)都市と農村の結合の基本形態として、これまで維持されてきた原則、経済的には市場関係を媒介にする原則、政治的には農民の大多数に権力的強制の適用を行わず、説得と合意の調達とに基づいて農民との協力関係を確立しようとする原則の否定、420.p
・農村からの「余剰貨幣」の引き揚げ措置、債権の発行&割当、自己課税、租税その他の農民の支払金の徴収。本来的には、工業化のための資本蓄積の必要という観点から発想されていた(いわゆる「社会主義的原蓄」)が、調達危機が深化するのに伴って、当面の危機打開の方策に結び付けられ、それと共に農民の自発性尊重の原則は軽視され、強制力の行使もやむを得ないという観点が優位を占めるに至った。421.p
・自己課税、伝統的な農民の共同体における自治の物質的基礎を確保する手段として古くから発達していた制度で、各農家が村落の管理のための費用、労役を分担するもので、貨幣、現物及び労働の三種類の分担方式があった。この課税を拘束したのは、国家権力ではなく、共同体の伝統的な力であった。..当初は維持されたが、..1924年になって、国家財政の体系化、統一化の過程が農村まで下降していくのに伴い、国家権力との統一性に矛盾する制度として批判された。428.p..1927年8月「住民の自己課税について」の全連邦的立法、432.p..(28年の自己課税カンパニアと共に、自治的・自己管理的性格は否定され、国家財政の一部に組み入れられ、権力的・命令的・強制的・懲罰的な徴発に変わっていく。443-455.p参照)
・土地政策に関する階級的方針、(穀物)調達カンパニアに関連して提起された土地政策に関する階級的方針とは、具体的には、主にクラークの土地利用の制限の強化とクラークの土地余剰の没収(455.p)、地方の活動家にとってクラークとは誰であるかの基準は明確でない場合が多く、たとえ基準が明確にされたとしても、商品穀物の主要な保有者が中農である以上、調達目標の早急な達成という目的からすれば、適応をクラークに限定することは困難であった(458.p)。
・非常措置の核心は、投機抑圧を規定した刑法107条を、穀物調達のために、穀物を隠匿または投機したとみられる農民に広く適用したこと(457.p)、ウクライナでは穀物摘発のための家宅捜索、農民の逮捕、没収の措置が広く適用された。これに併行して、穀物を隠匿または投機した者に対する効率の自己課税その他の賦課、多額の債権の割当、土地の没収などが行われた。このような措置は27年末までは、スターリンを含めた党主流派によって戦時共産主義政策への復活として、左派に対する攻撃の口実に利用され、非難されていた(458.p)。
・非常措置の性格、「行き過ぎ」「臨時的・一時的」をめぐって、「28年以降の党内闘争の重大な争点」になる。463.p
・4月総会の決定は「穀物調達における困難の解消に比例して」非常措置がなくなる見通しを述べたが、4月以降党の予想に反して穀物調達は一層激化した形で再現し、農民の備荒用の貯蔵穀物までも調達の対象とされるにいたり、そのために非常措置が反覆され、行政上の専断行為が行われ、革命的適法性が侵犯され、農戸の戸別巡視、不法な家宅捜査などが行われ、これが国の政治情勢を悪化させ、労働者と農民の結合が危険にさらされるに至った。466.p
28年1-3月の調達カンパニアの中間的、過渡的性格:4月総会の決定の一節(第15回大会のスローガン「クラーク層に対する攻勢をさらに発展させよ」は、大社会主義工業と小農経営との結合の唯一の正しい形態であるところの「新経済政策」を基礎としてのみ、またプロレタリア国家の革命的適法性の厳格な実行に基づいてのみ、実現される)に表現されている。504.p、◆参考:28年1月の調達実績(491.p)、2月の調達実績(495-496.p)
農村における階級関係の実相:1929年末の集団化の急激な展開とそこに至るまでの発展とを農村における階級分化の自然発生的深化もしくは農業生産力と農業生産関係の矛盾の発現として捉えることは、事実を正しく認識するための接近とはなりえない。政治過程に浮上する農村の政治関係は、貧農間の活動に典型的な例を見るように、農村外からの階級的な組織化あるいは抑圧というすぐれて政治的な働きかけに常に関わっていたのであって、上からの政治的な働きかけを別として独立した階級関係の実在を客観的に確認することはほとんど不可能、539p(やや迂遠な表現を取っているが、要するに、クラーク、中農、貧農という階級的区分は農村の社会関係の実相を反映するものというより、政治的要請(ないし配慮)から生じた恣意的分類だ、ということではないか。恣意的性格については、第四章の2、「クラーク」598-626.pで具体的に分析されている。
農村の社会主義化:第15回党大会は「農村の社会主義化」を基本的任務として掲げた。その実際の過程は、「大局的に見て、貧農、バトラーク間の活動の本来的目的、すなわち、農村内部における農業の社会主義化のための主体的勢力を形成し、これを中核として農民の大多数を結集して、彼らの合意と支持を得て漸進的集団化を実現するという目的は、活動が先鋭な危機を打開するための諸方策に連結されることによって後景に退き、さらにこれらの方策実現のための手段、方法がこの活動に浸透することによって、この活動に本来的に含意されていた下からの自発性の契機は、上からの行政的方法、強制にとって変わられいったのであった。545.p
伝統的な農村共同体と村ソヴィエト、ストルイピン改革後、農村共同体は急速に崩壊し、10月革命までに農民経営の半ばが共同体を離れていた。しかし革命後、急速に復活し、農村における支配的な土地関係、社会関係になった。復活の要因として(取り敢えず)考えられるのは、エス・エルの綱領に基づく土地改革実施、共同体的土地再配分、戦時共産主義下の商品流通の制限、革命前の共同体的関係解体の不完全性、ロシア農民のオプシチナ的集団主義の精神、639.p
・(伝統的な農村共同体が存在する。それに対して、革命は階級的・自治的な農民組織を結成し、取り敢えずは伝統的農村共同体を破壊しようとまでは意図しないまでも、それに代わる階級的自治組織を結成しようとした。実質的に成功しなかったことは)第15回党大会以降村ソヴィエトの指導制の強化のため、その物質的基礎の強化、特に村ソヴィエトの独自予算の確立が叫ばれたが、1926-27年に、ロシア共和国の5.7万余の村ソヴィエトのうち独自予算を持つのは3%に過ぎなかった。647.p


◆年表
1927/08/24、全連邦的立法「住民の自己課税について」、432.p
1927/12/02-12/19、第15回党大会、政治報告(スターリン)、五カ年計画作成のための指令(ルイコフ)、コミンテルンのソ連代表団の報告(ブハーリン)。穀物調達危機に関してはルイコフ&ミコヤンが触れる。356.p
1928.02/13、政治局指令、494.p
1928/03/22、全ウクライナ中央執行委員会「不法に占拠された土地余剰の摘発と没収のための措置について」決議を採択、456.p
1928/03/24&6/21、全露中央執行委員会幹部会付属の土地係争最高統制特別参与会総会の決定、クラークの土地利用の制限強化、455.p
1928/04、党中央委員会・中央統制委員会合同総会、466.p
1928/12/15、土地立法の成立、678.p
清沢 洌 / 評論社 (1985-09) / 6,932円1 users
購入:   6,932円 所有
読中: 
◆「戦時期」の同時代的精神史の記録として再読する。最初に読んだのがいつか記録にない。
・43/01/13、米国の軍事予算は1050億ドルに達するだろう旨の教書発表。日本の国民収入が450億としても、約十倍の予算だ。
・43/02/22、浪花節文化が果実を与えてきた。大東亜戦争は浪花節文化の仇討ち思想である。新聞は「米利犬」といい、「暗愚魯」といい、また宋美麗のワシントン訪問に、あらゆる罵言的報道をなしている。更に、43/03/22には、わが国において敵を憎むことを教える。たとえば星条旗の上を足で踏む如し。戦争目的は、そうした感情よりも遥かに高からざるべからず。昔の仇討ち思想では世界新秩序の建設は不可能である。高い理想を打ちたて、その理想の実現を米国が阻むというのでなければ駄目である。(秩序の中身に違いがあるにしても、基本的には世界革命思想とも、ファシズム運動とも、石原莞爾の世界終末戦争とも通底する思想だな。時代意識の中に、それを容認する何かがあったのか?
・43/05/02、敵国は日本の事情に通じるものを、それぞれに重要視している。....日本はそうしたものを遠ざけるのである。59.p(随所で「日本国の形式主義」を批判している。思うに、「敵を知る者」を遠ざけるのも形式主義に相通じるところが有らんか
- 1 users
タグ 医学 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年09月30日 05時52分39秒 2010/09/30
読了:  2010年09月30日
・改めて思うが、メタボリックシンドロームって、”病気の早期発見・早期治療を目的”・”心疾患、脳血管疾患の発症が重要な危険因子である糖尿病、高血圧症、脂質異常症などの予備軍”などと書かれ、日本では糖尿病の先行性病態として把握されてる。
ところが、日本外では、糖尿病の合併と独立して評価されているのが普通で、
”The authors note that many experts hold the view that the reason metabolic syndrome is associated with an increase in cardiovascular risk is that most patients with the metabolic syndrome also have type 2 diabetes mellitus. ”
とtheheartの解説には書かれ、糖尿病合併有無と独立して判定されていることがわかり、決して、糖尿病前状態として把握ではないのである。

メタボリックシンドロームの診断基準どころか、概念さえ、日本のメタボリックシンドロームってのは特殊なのである。
推進した医学専門家がそうおもってたのか、途中から、厚労省の役人がミスリードしていったのか・・・なぞだが、いまでもこの変な概念が、日本のメタボリックシンドロームを混乱に陥れ続けている。
この概念の混乱が、医療現場で「どういう混乱」に陥れているのか全く知らないが、
問題は、
糖尿病疾患⇒心血管イヴェントの危険性を高めるが、
逆に心血管疾患⇒糖尿病発症の危険性を高めるとは限らない、ということか?
・メタボリック・シンドロームの「概念」をめぐる論争については、WIKI「メタボリック・シンドローム」を参照、&EnWiki。
・悪性腫瘍、脳血管疾患、心臓血管疾患は、日本の三大死因といわれ、病死の約6割を占めている。脳血管及び心血管の疾患には、その根底に糖尿病による血管障害が存在する可能性が高いが、「糖尿病そのものによる死亡」というのは、通常、ありえない。この点、糖尿病は他の病態とは異なっている。
・血圧、血糖値、コレステロール値、腹囲などは、簡単に測定できる外形的特徴だが、これらの数値のどのような組み合わせが、どのような病態と関わるのか、また相互の間にどのような相関関係があるのか(ないのか)、整理して把握する必要がある。
・また、最近、日本脂質栄養学会が「コレステロール値が相対的に高いほうが、総合的な死亡率はむしろ低い」という意味合いのガイドラインを公表したが(これについて動脈硬化学会は沈黙している)、この点を含めてメタボの意味合いを再検討する必要があるか?
パックス・アメリカーナの形成―アメリカ「戦時経済システム」の分析
河村 哲二 / 東洋経済新報社 (1995-04) / 3,990円2 users
購入:  2010年02月 3,990円 所有
読了:  2010年10月01日
・GNP及びGNPデフレーターの変化率(四半期別前期比、1875~1983年)、10.p⇒戦時を境に景気循環(のパターン)は変化する。⇒「資本蓄積体制の変容」という認識
・戦時期の連邦政府財政(40~48年度)、60-61.p⇒日本のそれと比較せよ。
・第一章は、軍需生産(自国のみならず、レンド・リース計画による連合国援助、54.p参照)による国民総生産に占める国家の比重の著しい肥大化を金融・財政面から裏付ける。
・軍需生産の拡大と共に、それに対応する社会的な生産管理体制の整備が不可欠の要請となる。資源及び労働力の社会的配分の計画的調整ないしは統制(第三章の分析課題)
1.生産能力に余剰がある場合、「40年5月以降の再軍備プログラムの定式化とそれに伴なう軍需発注の拡大は、供給体制の制約や限界をすぐには顕在化させなかった。30年代以来の過剰生産能力・余剰労働力が存在しており、概ねこうした余剰部分の吸収で対応できた」135.p
2.余剰能力が解消するに伴い、インフレーションの顕在化及び「優先支援」(または個別的「優先統制」方式、134.p参照)の膨大化、事務煩雑化、136.p⇒物資フローの統制面で、41年後半期に、単なる優先統制の手法を超えて、「基礎資材の全般的配分統制が導入され、参戦期の後半にかけて確立されていった」136.p
・戦時生産の拡充に伴う労働力の再配分(1941年末と42年末の比較)、戦時生産の従事者数は480万から1130万に+630万(総労働者数の29%)、軍隊は210万から700万に+490万、合計1120万。これは労働力の新規追加+390万(うち170万は女性)、民生産業からの転換375万、失業者の減少で230万、自営業からの転換で100万などによってまかなわれた。175.p
・第二次大戦期のアメリカ戦時経済の特徴は、次の二点に要約される。1、基幹的な重化学工業で支配的地位を確立していた戦前来の大企業・巨大企業に直接依存するものであった。2、そのような産業体制を前提にして機能する「市場メカニズム」を、かなりの程度利用して「戦時経済システム」は機能した。228.p参照(かなり常識的な指摘、実証分析以前に一般論として予想しうる内容のように思われるが、さて、どうだろう?
- 1 users
タグ 医学 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年09月28日 17時27分12秒 2010/09/28
読了:  2010年09月28日
・糖尿病と診断された人を平均15年間追跡したコホート研究で、糖尿病の成人男性は、糖尿病発症後15年以内に死亡するリスクが健康な男性の3倍に上ることが示された。
・スウェーデン・マルメ市のC.Törn氏らの、9月20日から24日までスウェーデンのストックホルムで開催されている第46回欧州糖尿病学会(EASD2010)での発表。
・15年間の追跡期間中、患者群の3.3%(879人中29人。男性24人、女性5人)と、対照群の1.1%(837人中9人。男性7人、女性2人)が死亡した。糖尿病患者が死亡するリスクは、糖尿病でない患者のほぼ3倍であった。この傾向は特に男性で著しかった。
・死亡時の年齢は、患者群(29人)では、平均年齢が37歳(18~48歳)、対照群(9人)では、平均年齢が38歳(20~49歳)だった。
・これらの結果をもとにTörn氏は、「特に糖尿病の成人男性は、糖尿病発病後15年以内に死亡するリスクが糖尿病でない健康な男性の3倍であった。また、大半が自宅で死亡し、そのうち約半数は、死亡日が特定されないようなかたちで死亡していた」と指摘。
「糖尿病発症後15年以内に死亡するリスクは健康男性の3倍」という見出しは、かなり衝撃的内容だが、糖尿病発病後15年以内の死亡率は3.3%で、生存率が96%以上に達することを考慮すると、糖尿病患者の死亡者と生存者との(生活習慣の違いや合併症の発症状況及びその種類などを)比較をする方が、遥かに重要ではないのか?!
- 1 users
タグ 医学 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年09月26日 04時31分48秒 2010/09/26
読了:  2010年09月26日
・英レスター大学心臓血管科学のD.R. Webb氏が、10年9月20日から24日までスウェーデンのストックホルムで開催された第46回欧州糖尿病学会(EASD2010)で発表。
・Webb氏らは、南アジア系の移民は、ビタミンDの欠乏率と糖尿病の罹患率が特に高いことに着目し、南アジア系が多い混合民族集団を対象にした。年齢が40~75歳(南アジア系は25~75歳)の糖尿病ではない人を、南アジア系が多い20カ所の地域から無作為に選び、糖負荷試験で糖代謝異常(IGM)を探索した。
・6749人を調査したところ、そのうち1080人に耐糖能障害(IGR)が見つかった。さらに、血清25(OH)D測定の許可が得られなかった患者とビタミンDのサプリメントを服用していた患者を除いた583人(アジア系204人、ヨーロッパ系379人)を追跡調査した(追跡期間425日、393-462日)。
 その結果、583人のうち39人(6.7%)が2型糖尿病に進行し、225人(38.6%)がIGRの状態で推移し、319人(54.7%)が正常血糖状態へ戻った。
・2型糖尿病へ進行した被験者について検討したところ、IGRの状態が続いた人と正常値へ戻った人に比べて、調整後ベースライン血清25(OH)Dが有意に低いことが分かった(2型糖尿病:50.8±20.7、IGR:60.5±19.6、正常:62.8±18.9、p=0.001)。
・Webb氏は、「糖尿病の発症・進展にビタミンDが大きく影響している可能性がある。今後は2型糖尿病の発症リスクがある集団において、ビタミンDの補充により血糖が低下するかを調べるというような介入試験を行う必要があるのではないか」と述べ発表を締めくくった。
生きることの意味―ある少年のおいたち (ちくま文庫)
高 史明 / 筑摩書房 (1986-01-01) / 518円70 users
タグ 文学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 更新日:2010年09月26日 04時12分00秒 2010/09/26
購入:  2010年09月24日 441円 所有
読了:  2010年09月27日
・人間は熱い感情とともに、生きようとする力の本当の姿を理解する知性や精神の力によっても生きていくものです。119.p
・領土を奪われ、歴史と文化を奪われ、言語までも奪われることの意味、176.p
新詳資料 地理の研究
帝国書院編集部 / 帝国書院 (2010-05) / 1,008円3 users
購入:  2010年09月25日 980円 所有
読中: 
・地球上の水の総量は13.9億立法メートルで、そのうち陸水は0.3%、さらに陸水の50%以上は氷で、残りの49%以上は地下水として存在し、循環水は0.02%に相当する。38.p
- 1 users
タグ 医学 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年09月26日 03時23分42秒 2010/09/26
読了:  2010年09月26日
・診断指標にHbA1c値を用いた場合と空腹時血糖および糖負荷試験後の血糖値を用いた場合のそれぞれについて糖尿病診断能を比較検討したコホート研究により、HbA1c値による診断にも限界があることが示された。
・ドイツのテュービンゲン大学のA. Peter氏らが、10年9月20日から24日までスウェーデンのストックホルムで開催された第46回欧州糖尿病学会(EASD2010)で発表。
・対象は、2型糖尿病を発症する危険がある白人2036人。試験では、75g糖負荷試験(OGTT)を実施するとともに、空腹時血糖、HbA1c値などの測定も実施した。
経糖負荷試験の結果、1523人が耐糖能正常(NGT)に、387人が耐糖能異常(IGT)または空腹時血糖異常(IFG)に、126人が糖尿病に分類された。
・このコホートでは、HbA1c6.5%未満であった全糖尿病患者のうち65%は、空腹時血糖ではなくOGTT(2時間血糖値)により同定された。糖尿病患者のうち39%のHbA1c値は、5.7~6.5%の範囲に収まっていた。これらの患者を糖尿病と診断するためには、HbA1c値が5.7~6.5%だった患者の3分の1は、OGTTによる再検査が必要であった。なお、糖尿病患者全体の7分の1は、HbA1c値が5.7%以下であった。
・この追跡試験から想定されること。
イ.糖尿病に伴う耐糖能異常には、様々なタイプがあること。
ロ.糖尿病に伴う血糖値上昇による合併症発症の危険性は、どのようなタイプの耐糖能異常と関わるのか。
ハ.平均的な血糖高値が問題なのか、ある時間帯に一定値以上の血糖値(例えば200mg/dl)を示すことが問題なのか。
オスマン帝国衰亡史
アラン パーマー / 中央公論社 (1998-03) / 3,564円8 users
購入:  2010年06月21日 3,465円 所有
読了:  2010年09月22日
タンジマート:Wikiには「タンジマート(تنظيمات) Tanzimat とは、「タンジマーティ・ハイリエ(恩恵改革)」の略で、オスマン帝国が皇帝専制体制の下で西欧の市民社会の理念を導入する形で改革を目指したものである。」と解説してある。1821年のギリシャ独立戦争の後、「エジプトのムハンマド・アリーがパシャの称号やシリアの割譲を要求するなど、帝国の威信はますます低下していた。この帝国の危機を救い、スレイマン大帝時代の安定を目指すべく、皇帝アブデュルメジト1世は、外務大臣のムスタファ・レシト・パシャに命じてタンジマート改革に着手させた。」
・英語版Wikiでは、次のように定義している。「The Tanzimat (Ottoman Turkish: تنظيمات), meaning reorganization of the Ottoman Empire, was a period of reformation that began in 1839 and ended with the First Constitutional Era in 1876. The Tanzimat reform era was characterized by various attempts to modernize the Ottoman Empire, to secure its territorial integrity against nationalist movements and aggressive powers. The reforms encouraged Ottomanism among the diverse ethnic groups of the Empire, attempting to stem the tide of nationalist movements within the Ottoman Empire. The reforms attempted to integrate non-Muslims and non-Turks more thoroughly into Ottoman society by enhancing their civil liberties and granting them equality throughout the Empire.」
・一方、「世界歴史事典」第二巻(146.p)は、マフムット二世からアブデュル・アージズに至る時期は、近代化促進時期としてタンジマート時代と呼ばれる、としている。
マフムット二世(1808-1839)時代を、タンジマート改革期に含めるかどうか、これをめぐる論争の背景は、本書第6章「謎の人物マフムト二世」からも推察される。
・「マフムット二世時代の帝国は、中央政府の弱体化、官僚の堕落、イェニチェリの脅威、パシャの不従順に悩まされていた。焦眉の改革はイェチェリの全滅軍事的封建制の廃止並びに軍隊の近代化であった。」(世界歴史事典2-146.p)イェニチェリの全滅については、145-148.p参照
・イギリス公使として着任したばかりのストラトフォード・カニングは、当時を「マフムトはどちらを向いても憂慮すべきことばかりという状況にあった。オスマン帝国は精神的にも、肉体的にも、老衰状態に近かった」と、後年、回想している。128.p
・マフムト二世は、その死後150年後の今も、オスマン帝国の36人のスルタンの中で、最も謎に満ちた人物と言われている。....彼は暴君だったのか、それとも改革者だったのか?気まぐれで信用のおけない人間だったのか、それとも理念を持った支配者だったのか?悲惨な戦争に突っ走る見境のない人間だったのか、あるいは貪欲な近隣諸国から自分の帝国を守る鋭敏な政治家だったのか?信心深いイスラーム教徒にヨーロッパ風の流儀を押し付けた不信心なスルタンと見るか、それとも今日のトルコ人のように義人マフムトと考えるべきか?対照リストは果てしなく続きそうだ。124.p
タンジマート時代は、本書第8章「ヨーロッパの病人?」で扱っている。
・これは、中央集権制と政教分離政策を採用し、しかも、できるだけその専制的性格を保持しようとするこれまでのオスマン帝国宰相の試みの中では最も長続きした。173.p
・(1829年の)和平条約の調印された二日後、委員会はニコライ一世にこう報告した。オスマン帝国を滅ぼせば、オーストリア、フランス、英国をバルカン半島、地中海東部及びその沿岸地域に招き寄せ、地歩を固めさせることになり、結果的にロシアは否応なしに「ますます手のつけようのないほど複雑で厄介な迷路に突入させられる」。159.p(これは、まさに中国が、ないしロシアが北朝鮮問題で現在、直面している頭痛の種だろう。場合によっては米国も。この点の配慮を欠いた偽善的正義感で、難問を一挙に解決してしまおうとしたのが、ブッシュ政権のイラク政策だ。
・軍事的封建制の廃止:オスマン帝国の北西の国境沿いのボスニアとヘルツェゴヴィナでは、タンジマート改革に対して最も大っぴらな敵対があった。過去50年間にわたって、地主たちは歴代のスルタンの西欧化のあらゆる試みに反対してきた。オスマン帝国の最盛期には、48人の知事からなるボスニアの特権的なムスリム軍人階級カペタナーテが、分与された地域の統治を委ねられ、その見返りとしてスルタンの騎兵隊にスィパーヒと呼ばれる分遣隊を提供していたが、マフムト二世の封土制度廃止条例によって、この制度は消滅した。178.p
戦時期日本の精神史―1931‐1945年 (岩波現代文庫)
鶴見 俊輔 / 岩波書店 (2001-04-16) / 1,274円27 users
購入:   1,155円 所有
読了:  2010年09月20日
◆10/09/17から再読(精読する価値のあるもの、ないものを分けて、不要な本は処分するため読み始める。この日以降(10/09/18)、原則として、手持ちの全部の本に目を通す。拾読、斜読、通読、精読、熟読の如何にかかわらず。その最初の一冊として、偶然、手にした。)。
戦時下の日本人(特に知的エリート)の精神的有り様を外側から(「戦時下」は米国の捕虜収容所で過ごし、戦後帰国して後、高度成長下という条件の下で描いたという二重の意味での「外側」)描いたものとして制約と非制約性を併せ持っている可能性。その意味で、同時代的記録とあわせ読む必要がある。
本書扉裏の紹介に「ファシズム支配下の日本の知識人の軌跡を通して”転向”の事実と意味を問い直し、それがわが国の精神史を貫く”文化の鎖国性”という特質と通底することを明らかにした」云々とある。この”文化の鎖国性”を、もっとも深いところで認めるべきかどうか、ある特殊な時代の時代精神としてのみ認めるべきか、日本文化の一般的特質として認めるべきかどうか、今の僕には判断できかねる。
・国家宗教の密教と顕教、56-59.p
・明治以後の政府には、民主政治としての性格があるとともに、神政政治としての性格があり、いかに両者が組み合わさっていたか、織り交ぜられていたか、62.p
・日本人の政治活動の三つの役割分担(丸山真男の見解)おみこし、役人、無法者、62.p
・国民を欺瞞し続けた結果、国家指導者自身がその欺瞞に絡めとられ、自己欺瞞に陥った例、あるいは国家宗教の顕教の部分がその密教部分を飲み込んでしまった例⇒太平洋戦争へと踏み切らせた決断の背後にあったもの、66-67.p
・15年戦争、満州事変以降の一連の戦争はそれぞれ別個のものではなく、ひと繫がりの連続的な戦争であったと捉えるべきだが、それにもかかわらず、この長い戦争の背後には戦争指導の設計者というものはいなかった。「この長い戦争が続いたのは、それを止める力を政府が持っていなかったという理由に基づく。...
日本文化の鎖国性という条件がなければ、このような戦争は続けられなかったに相違ない。」82.p
・「非転向の形」の中で、日本人の宗教心を扱っている。一般人の常識的な宗教心とともに明治初期の隠れキリシタンおよび戦時中の隠れ仏教徒(国家至上主義に対する異議申し立て)。
・朝鮮と朝鮮人に対する日本人の態度を見ることを通して、日本人の思想を一種の分光器による分析にかけることが出来ます。118.p
・(ある年代以上の日本人にとって)戦争中の記憶は(特に中国での記憶)、嫌な記憶です。....戦争中に起こった出来事をどのように覚えているか、どのようにそれを心の中ですり替えて別のものにしているか、それを表現しているか、それを調べてみることは、日本文化を理解するひとつの手がかりを与えます。171.p
◆読んで見たい、あるいは読み直してみたい本が、沢山紹介されている。
誰にもわかる操体法の医学 (健康双書ワイド版)
橋本 敬三 / 農山漁村文化協会 (2005-04) / 1,550円2 users
購入:   1,550円 所有
読了:  2010年09月20日
・03年版、再読(10/08/19から)。
・運動系の定義、16.p
・現代医学が等閑視している分野に運動系があり、これが健康と疾病に案外、重大な意義を持っている。17.p
・東洋医学では、運動系の軟部組織の緊張異常に着目して、その反応点の外表における出現箇所を探求して、その連繋を把握、分類整理して、内蔵機能との相関を点および線に表現して、刺激的治療法を実践している。...しかし、運動系における異常すなわちアンバランスが生じたときには、軟組織、主に筋肉の緊張異常と、関節によって連結されている骨格の硬組織には配列の異常とが同時に起きている。...(現代医学においては)硬組織骨格配列の異常や、軟組織緊張の異常が、その程度により、いかに生活機能全体に重大な影響と意義があるかということの関連追求が忘れられている。20-21.p
・平均集約運動法
病気にならない血液と脳をつくる―人のからだは心が喜んだ分だけ元気になる
高田 明和 / 日本教文社 (2001-11) / 1,250円2 users
購入:  2010年09月12日 1,250円 所有
読了:  2010年09月18日
本書の内容の要諦は、「副題」に全部こめられているといっても過言ではない。笑う、喜ぶという心の有り様の免疫的機能。
・脳の血管は、コレステロールとはあまり関係がない。だからコレステロール値の高い人が脳梗塞になるわけではない。37.p(日本脂質栄養学会は、2010年版「コレステロールガイドライン」で、総コレステロール値は高いほうが総死亡率が低い、との見解を公表した。10/09/03、参照
脳と心臓は、エネルギーを蓄えて置けない。酸素とブドウ糖の供給が途絶えると、たちどころに死んでしまう。62.p(このことの生理的意味は、なんだろうか?
記憶するには、脳は新しい細胞が必要になる。146.p
・脳細胞は、年をとっても増加する(エリクソンの研究)。143-145.p
・脳細胞を増やすには、運動、刺激的環境、訓練の三条件が必要。147.p
趙紫陽 極秘回想録   天安門事件「大弾圧」の舞台裏!
未読: 
◆宮崎正弘のMMに書評、10/02/06
・本書の一番面白い意義とは中南海の権力闘争の実態である。
 趙紫陽は最初のころ、堅物の社会主義者で革命元勲のひとり、陳雲と親しく、トウ小平とは直通の連絡回路がなかった。
趙紫陽は自分の秘書に手紙を託して届けさせたり、有力者を通じて伝言させたりという複雑な通信回路をへて、幹部同士が意思を連絡しあい、しかも最終の決定機関は政治局常務委員会ではなく、トウ小平の自宅でなされたこと。長期的な戦略決定は北戴河の別荘でおこなわれていたことが確認できる。
いかに超法規の国!
・1989年四月の段階で趙紫陽は北朝鮮へ行く。
この間、北京の天安門前広場を中心に学生デモが燃え広がり、座り込みが世界のテレビで報道された。4月26日に人民日報は社説を掲げて民主化に反対した。この社説は趙紫陽の留守を狙って李鵬らが書かせた。
 趙紫陽は回想する。
 「桃依林と李鵬は結託し、なんとかして私に(人民日報の)社説を支持させようと画策した」「トウ小平は自身の強硬発言が知れ渡り、若者達の自分に対するイメージが傷ついたとかんがえ、「若者達を愛する庇護者であるという言葉を必ず演説のなかに入れるよう(娘を通じて)求めてきた」。
 趙紫陽は「主流派の支持を得ることが大切だということも強調した。トウ小平は態度を曲げず、このままでは李鵬や桃依林ら党の強硬派の態度を変えさせるのは不可能だった」。
 「なんとしてもトウ小平と話して支持を得ようと思った。そこでトウの秘書の王瑞林に電話をかけて、面会を求めたが体調不良を理由に断られた」。
 ついで趙紫陽は楊尚昆に連絡して貰おうと楊尚昆の自宅を訪ねたが曖昧な態度だった。
 こうして誰と誰が、その日は趙紫陽に賛成し、翌日は態度がかわり、その次の日は曖昧となりといった具合で、中国共産党の最高権力層にしてからが二転三転右往左往していた様子が手に取れる。楊は強硬派の代表のように日本のマスコミが伝えたが、実態は趙紫陽に近い改革派の側面を兼ねていた。
(以上「書評」から)
ソヴィエトの悲劇〈上巻〉―ロシアにおける社会主義の歴史 1917~1991
マーティン メイリア / 草思社 (1997-03-08) / 3,780円7 users
購入:  2010年07月30日 3,675円 所有
読了:  2010年08月15日
ソヴィエト体制の成立・存続・崩壊は、様々な理論的問題を提起した。まず第一に(最も基本的な問題は)、資本主義経済の高度な発展の結果として、必然的に社会主義経済に発展転化するというマルクス主義の真髄が、資本主義的発展の最も遅れていたロシアで実現されたというアイロニー(この点について、143-145.p参照)。同時に、それはプロレタリアートの殆どいない社会でのプロレタリアート独裁を意味し、プロレタリアートの名による独裁という虚偽を前提とした。第二に、当初はロシア革命の成功は世界革命(或いはヨーロッパ革命)を当然の前提としていた(暗黙の了解として)。しかしヨーロッパ革命は起こらず(或いは挫折し)、ロシアは「単独の」存続を強いられた。ヨーロッパ社会主義は、必然的に「一国社会主義」に変質せざるを得なかった。それはスターリンの変質による「裏切り」なのか、「存続」のための不可避的選択なのか。不可避的選択として、そもそも「一国社会主義」は可能なのか?第三に、スターリンの全体主義体制は、生き残りのための不可避的選択だったのか、どの程度までスターリンの個人的資質に負っているのか?そもそも「プロレタリア独裁」は全体主義体制に必然的に転化せざるを得ないのか?第四に、レーニン主義とスターリン主義の関係、或いはレーニンが「もっと長生き」していれば、多少とも違った「体制」が造られたのか?第五に、その「崩壊」は、マルクス主義の誤りを証明するのか、単なる「後進国の社会主義」的実験の失敗に過ぎないのか?これは第一の問題、すなわちマルクス主義革命は後進国でのみ実現されたのはなぜかという問題にも通じる。(この点について、97.p参照)。第六に、ソヴィエト全体主義は、ロシア的専制主義の伝統の継承なのか、それともプロレタリア独裁の不可避的帰結なのか?
・第一章「社会主義とは何か」は、政治思想史、特に18世紀以降の政治思想史の簡単な概説になっている。
片言隻語の中に、光るものがある。
・「体制側の社会主義」と「反体制側の社会主義」44.p
・社会主義という言葉は歴史用語でもなければ社会科学用語でもない。あたかも救済宗教の呪文に近い言葉なのである。46.p(尤も、社会主義を宗教に擬えるのは独創的でもなんでもない。とはいえ社会の経済的発展法則に基づく「科学的真理」を、その「理論と行動の原理」とする政党の支配は、不可避的に神権政治に帰着する、と見なしてよいだろうか。
・歴史の論理は様々な形の改良主義を生み出すことしか出来ない。82.p
・すべての近代国家形成は、大規模な職業的常備軍を必要としたことから始まった。111.p
・人民の味方と自称する急進派のインテリゲンチャたちは、『カラマーゾフの兄弟』の中の劇詩「大審問官」の台詞のように、いつかは彼らを奴隷にする主人になる可能性がある(のだと、ドフトエフスキーは鋭く批判した)。119.p
・レーニン主義党の天才的なところは(この党こそがまさに天才の構築物であったが)エリートの秘密結社でありながら、大衆動員のための道具でもあったことである。134.p
・マルクス主義の威力は、形而上学的なものが実証的であるかのように見える正確さにある。143.p
・レーニンの業績の大事な点は、マルクス主義の定式化された教義を後進国世界に的確に当てはめたことだった。...「資本主義という鎖の最も弱い部分」...1902年以降、レーニンは自説を段階的に展開していくにあたって、マルクス主義をその定式化された教義とは次第に矛盾した解釈をするようになり、マルクスのいう歴史の論理をロシアの後進性に合わせて組み立て直した感がある。145.p
・「ソヴィエト」のユニークな性格は、この組織が階級に基づく権力として作られている点にある。...「ソヴィエト」はたんなる階級意識の社会的表出ではなく、あらゆる勢力関係が流動的な重大局面の真っ只中で生まれた特殊な政治集団である。165.p
・(ロシアで例外的な)「ソヴィエト化」が実現したのは、ひとつには戦時の大々的動員体制が、農兵の「プロレタリア」勢力母体を人為的に膨張させていたからである。ロシアの市民社会が例外的に脆弱で、革命的な対抗権力の増大を阻む勢力組織がほとんど生まれてこなかったことにも原因がある。166.p
・(マルクス主義は先進工業社会と階級意識の高いプロレタリアートを前提にしているが、その擬制の上に立つ)党はそうした物語を生み出すはずの社会と階級の創出に専念してきた。...これほど合理的な顔を持った社会的狂気というものもこれまでになかった。211.p
・ボリシェヴィキが生き残ったのは、偶然の賜であるが、生き残ることのできた構造的理由も(あるにはあった。)
1.赤軍の有利な戦略的位置
2.外国の内政干渉勢力の恩義を受けていなかったために、「愛国者」として振舞うことができた。
3.農民は、赤軍を嫌っていたが、白軍はもっと嫌われた。
4.もっとも重要なファクターは、優れた組織力を持っていたこと。218.p
・(革命後の)全世界において、共産主義政策の大きなパラドックスは、反体制側にいるときはアナーキストで、政権側になったら全体主義者になったことで、しかもこの二つの立場の間に矛盾があるとは見なかったことである。219.p(このようなパラドックスは、ある程度までは、単なる体制内の野党と与党の立場の交替によっても見られることは、自民党と民主党の政策によって経験したとおりである。
・レーニンの農村社会学(富農、中農、貧農の階級的分類単なるドグマの統計的肉付けを実証的社会学に見せかけた、とは書いてないが、実質的にそういう意味)、1917年以降の富農は、馬一頭、牛三頭を持ち、一年のうち何ヶ月か、自分たちよりも貧しい百姓をニ、三人雇う農民以上のものではなかった。その上、農民たちはそのような相互依存関係をごく普通のことと思っていた。仕事の段取りのうまい農民は、大半の中農にとって、事実上、手本であっても階級の敵ではなかった。あらゆるレベルの農民にとって、本当の敵は村の外にある世界、すなわち国家、都市、1917年以降は党だった。224.p

・国家管理の本質:全般的奴隷制、1861年の農奴解放後百年もしないうちに、農民は再び党国家の奴隷にされてしまった。(330.p)...国内旅券制度の導入、定職がなければ住居も配給も受けられないし、無断欠勤は犯罪として罰せられた。これは1930年代末までには19世紀の警察の労働者台帳に逆戻りし、労働者を仕事に縛り付けるための「グラーグ」を生む源になった。(335.p)
The Mediterranean and the Mediterranean World in the Age of Philip II (Mediterranean & the Mediterranean World in the Age of Philip)
タグ 歴史 カテゴリ:洋書 洋書 / History 更新日:2010年07月04日 17時28分16秒 2010/07/04
購入:  2010年04月07日 4,353円 所有
『La Mediterranee』は、『Pensees』を読み終わった後、来年から読み始めようかと考えていたが、予定変更。
Penseesは、まだ数十頁読んだだけだが、先日、Le Mondeを試しに読んでみたところ、かなり易しく感じたので、直接F.Braudelを読むに如くは無しと、フランス語版&英語版を入手し、併用して読む。第二巻第四部「帝国」から。

・15世紀末、都市国家の衰退と領域国家の膨張。新たに発展してきた領域国家は、ほぼ例外なく地中海沿岸部から外れた内陸部の、都市の少ない、比較的貧しい地域に発生した。356.p(頁数は仏語版)
・la ville n'est deja plus a la hauteur de la situation.(日本語版は「都市は、もはや既にその地位に相応しくない」と訳している。Ⅲ-12.p、しかし「都市国家は、もはや時代の要求には応じられなくなった」とすべきではないか。英語版では the city-state was already losing ground、こっちの方が適訳かな。)
・la modernite se degageant mal du passe dans la mesure meme ou celui-ci avait ete brillant et restait vivace. (「過去が輝かしいものであって、相変わらず活力があった限りにおいて近代性は過去からうまく抜け出せない」Ⅲ-13.p、分からないことはないが明晰さを欠いた下手くそな訳だ。試訳「過去が輝かしく、かつ活力に満ちていただけに、まさにそれ故に近代は過去の呪縛を払拭し切れない」。)
・Le drame de la Mediterranee est au premier chef un drame de croissance politique,cette mise en place de colosses.(16世紀の「地中海の悲劇とは、先ず第一に政治的な成長の悲劇であり、政治が巨大化したことである」Ⅲ-15.p、敢えて「悲劇」と訳すべきか、政治の巨大化そのものを「悲劇」と捉えているのか?政治の「巨大化」という表現も変だな。試訳「地中海のドラマとは、何よりも政治的発展のドラマであり、巨大国家の配置に伴うものである」
・cette double montee est une seule et meme histoire et les ciroconstances et les hasards n'ont pas preside seuls a la naissance decette grandiose histoire simultanee.(「この二つの勢力の興隆はただひとつの同じ歴史であり、色々の状況や偶然だけが同時に起こったこの壮大な歴史の誕生を支配したのではない」Ⅲ-16.p、「壮大な歴史の誕生を支配した云々」はちょっと頂けないな。試訳「この二つの帝国の興隆は同じ、唯一の歴史であり、この壮大な歴史の同時的展開は単なる諸々の事態や偶然の所産ではない」
・Rien de plus difficile que cette chronologie qui n'est pas releve d'evenements,mais seulment diagnostic,auscultation,avec les habituelles chances d'erreurs medcales.(「出来事で彩られるのではなく、ただ単にいつも通り誤診の可能性のある診断、触診に他ならないこの年代的順序ほど難しいものはない」Ⅲ-18.p、一体何のこったい??この訳の意味はさっぱり分からない。英語版、The life-span of empires cannnot be plotted by events,only by careful diagnosis and auscultation-and as in medicine there is always room for error.試訳「帝国の年代的記述ほど難しいものはない。単なる事件の羅列では済まされず、診断と触診は欠かせぬものであり、しかも医療と同じく誤診の可能性は絶えず付まとっている」)  
・15-16世紀の経済的発展を契機とする巨大国家、超国家の出現。ポルトガル・スペインは、その前兆。しかし帝国にまで発展したのは(地中海中心部のイタリア内部からではなく、縁辺部の)東のオットマン帝国及び西のハプスブルグ王朝、358.p
・トルコ帝国の急速な膨張とその要因、361.p(la conquete turque dans les Balkans a profite d'une etonnnante revolution sociale.「バルカン半島でのトルコの征服は驚くべき社会革命の恩恵に浴した」と訳しているが、これでは逆に解されるではないか。試訳「トルコによるバルカン半島の征服は、半島に驚くべき社会革命をもたらした」、すなわちトルコの征服が社会革命の恩恵に浴したのではなく、トルコの征服が社会革命の恩恵をバルカン半島にもたらした、とブローデルは書いているのだ。訳者は、その意味で訳しているつもりかも知れないが、訳文はそうは理解できない。
・軍事的征服に次いで、より緩慢な別の「征服」(autre conquete)として、道路、要塞都市の建設、ラクダの隊商に拠る輸送施設の建設などを指摘し、
「最後に、最も重要な点は」として、enfin et surtout cette conquete qui s'organisa par les villes,celles que les Turcs soumirent,ou fortifirent,ou construisirent.と書いている。365.p(下線部の訳「最後に、とりわけ、トルコ人が支配下に置いたか、要塞化したか、建設した各都市によって行われた征服である」Ⅲ-24.p、必ずしも間違っているとは云えないが、この訳では意味が不明瞭だ。試訳「この征服は、何よりもトルコ人が征服して建設し、要塞化した各都市を通して段取りがつけられたことである」
・シリア、エジプトの征服(その重要性に比較すれば、コンスタンチノープルの陥落は一エピソードに過ぎぬ)、これによってオットマン帝国の最初の基礎が確立される。368.p
・Les Mamelouks,qui consideraient l'artillerie comme une arme deloyale , ne purent resister aux canons de Selim.368.p(愉快!!試訳「マムルーク王朝は、大砲などを不忠義な武器とみなしたために、大砲を使ったセリムの攻撃に抵抗出来なかった。」これは無知のなせる業とみなすべきではない。特定のイデオロギーに囚われた偏見のなせる業とみなすべきだ。
・スペインの統一、Que cette unite rapide de l'Espagne ait cree la necessite d'une mystique imperiale,le contraire seul surprendrait.372.p(日本語版は、次のように訳している。「スペインのこの迅速な統一が帝国の神秘的信仰の必要性を作り出したのだとすれば、その反対に帝国の神秘的信仰が統一を生み出したと言うことだけが驚くべきことであろう。」Ⅲ-33.p、特に下線部の訳。英語版は、It would be surprising if this rapid unification of Spain had not created the necessity for a mystique of empire.これを素直に訳すと、次のようになる。試訳「スペインのこの迅速な統一が、帝国の神秘的信仰の必要性を生み出さないとすれば、それこそ驚くべきことだろう。」要するに、ブローデルは「帝国の神秘的信仰が統一を生み出した」などとは一言も書いていない。統一はカトリック両王の業績には違いないが、何よりも時代の要求であり、人々の協力の賜物であったが、その迅速な統一が帝国に対する「神秘的信仰」を生んだと書いているだけだ。
・カール五世(神聖ローマ帝国)、N'oublions pas que derriere la fortune de Charles Quint,il ya a eu longtemps la puissance economique des Pays-Bas,assosiee a la vie nouvelle de l'Atlantique,carrefour del'Europe,centre d'industrie et de negoce a qui il faut des debouches,des marches,une securite politique que l'Empire allemand,desorganise,lui aurait contestee.375.p(日本語訳は、やや混乱してる。「次のことも忘れてはならない。カール五世の運の背後には、長い間ネーデルランドの経済力があったのである。ネーデルランドの経済力は、産業と商業の中心であるヨーロッパの十字路、大西洋の新しい生活と結びついていた。産業と商業には働き口、市場、政治の安定が必要であるが、組織が乱れていたドイツ帝国はヨーロッパに対して異議を差し挟んだかも知れない。」Ⅲ-37.p試訳「カール五世の財産の背後には、長期にわたるネーデルランド諸国の経済力があったことを忘れてはならない。ネーデルランド諸国は大西洋の新たな生活と結びつき、ヨーロッパの交差点に位置し、産業と商業の中心であったが、国際的販路と市場と政治的安定とが不可欠であった。組織的に混乱していたドイツ帝国は、それを脅かしかねなかった。」)、L'Europe s'acheminant d'elle-meme vers la construction d'un vaste Etat,ce qui aurait pu changer,avec le destin different de Charles Qint,c'est la figurationdu jeu imperial,non le jeu lui-meme.375.p(日本語訳「ヨーロッパはひとりでに広大な国家建設に向かって進んでいたので、カール五世の特異な運命とともに、この広大な国家建設が変えたかも知れないのは、帝国としての賭けの形象化であって、賭けそのものではない。」、一体何のことやら??試訳「ヨーロッパは、巨大な国家の建設へと進んでいた。帝国の建設は避けられず、変え得るとすればカール五世の運命と共に、帝国の形象化の姿である。」
論理的展開を無視したおかしな訳、「物価はイタリアの二倍、ゲルマニアの三倍、フランドルの四、五倍である。」最終的にネーデルランドの税制を壊したのは、アメリカの銀の入荷、次いで戦争の結果、物価が上昇したことであろうか。⇒ブローデルの論理的展開は、次のようになる。試訳、「....」この物価の高騰は、アメリカからの銀の流入、及び戦争の結果であり、こうして最終的にネーデルランドの税制は破壊されたのであろうか。
◆先月半ば以降、引越しと農作業で、落ち着いて読んでいる時間がほとんどなく、この間、僅か三頁しか進んでない。本腰を入れて再開。
「Hasard et raisons politiques」の部分に、かなり気になる日本語訳が目立が、ここはジックリ考える余裕が無いので無視する。(10/06/10記)
・オスマン帝国の国際性、1453年から1623年まで、48人の宰相の内、トルコ人は僅か5人で、10人が出身不明、33人はキリスト教徒からイスラム教徒に改宗した者で、そのうち6人はギリシャ人、アルバニアかユーゴスラビア人が10人、イタリア人が1人、アルメニア人が1人、グルジア人が1人だった。(この国際色豊かなこだわりの無さが、帝国の「強さ」の源泉?)385.p
・公務員=官僚の出自と社会的機能、16世紀後半社会的身分の低い階層出身の行政官=法律家が大量に排出される。388.p
- 1 users
読了:  2010年07月02日
・30年代前半、急激なデフレからのV字型脱却、特異な物価変動の定量的分析が狙い
・この時期の物価変動の主要な要因、日本の物価に対しては、海外物価要因や為替レートが相対的に強い影響を与えていたことが確認できる。これに対して、残りの3つの変数が及ぼすインパクトは、いずれもプラスの方向で有意ながら、前2者に比べれば格段に弱く、おのおのの影響度の強さは、output gap、金融変数、財政変数の順になるとの結果が得られた。
・高橋財政」期のデフレ対策、具体的には、①金輸出再禁止(31年12月13日)と銀行券の金兌換停止(金本位制離脱、同年12月17日)後の為替レートの下落放任、②日銀による金融緩和の推進8(32年3月以降)、③32年6月の32年度(昭和7年度)補正予算案の提出9と赤字国債の日銀引受け表明10、の3つである。
・物価面から見た「高橋財政」期の時期区分
(イ)第1期(1931年12月~32年12月)デフレ脱却期
(ロ)第2期(1933年1月~35年9月) 相対的安定期
(ハ)第3期(1935年10月~36年12月)物価じり高期
- 1 users
タグ 医学 カテゴリ:Web Web 更新日:2010年07月02日 04時26分00秒 2010/07/02
読了:  2010年07月02日
◆ポイントは次の点、
Low-dose (75-162 mg/d) aspirin use for prevention is reasonable for adults with diabetes and no previous history of vascular disease who are at increased CVD risk (10 year risk of CVD events over 10%) and who are not at increased risk for bleeding

プロフィール
<< 2017年9月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
読書状況
ウィッシュ21 冊
積読4 冊
読中78 冊
読了294 冊
読了数 (月別)
  • 10
  • 11
  • 12
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
アマゾン検索
タグ (33)
155 歴史
86 医学
78 経済
40 社会
40 科学
38 政治
26 文学
24 金融
23 市場
21 辞典類
13 語学
12 農業
11 政治思想
10 食物
10 歴史小説
10 数学
10 バルザック
9 伝記・評伝
8 哲学/思想
7 運動
6 思索
5 NKB
4 統計
4 生命化学
3 地図
3 農政
3 ローマ
2 生物学
2 史伝
1 音楽
1 □世界システム論
1 宗教
1 白書
14 タグなし
ソーシャル
物々交換
アイデア
カウンター
累計2107  今日0  昨日0
since : 2009/05/22

©2007-2017 sunjin_fuuraiのバインダー