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渋沢 栄一
/ 大和出版
(1992-04) /
2,752円
/ ISBN:9784804750217
これは世の中のことは、かくすれば必ずかくなるものである、という因果の関係をよく呑み込んでしまって、すでにある事情が因をなしてある結果を生じてしまっているところに、突然横から現われて形勢を転換しようとし、いかに争ってみたところが、因果の関係はにわかにこれを断ち得るものでなく、ある一定の時期に達するまでは、人力で到底形勢を動かし得ざるものであること想い到ったからである。人が世の中に処して行くのには、形勢を観望して気長に時期の到来を待つということも、決して忘れてはならぬ心がけである。正しきを曲げんとするもの、信ずるところを屈せしめんとする者あらば、断じてこれと争わねばならぬ。(P33-34) メービー博士(って誰?)、日本を語る いかにも新進の国いちじると見受け得るところは、上級の人も下層の人も、すべて勉強しているということは、著しく眼に着く、なまけている者がはなはだ少ない。しかしてその勉強が、さも希望を持ちつつ愉快に勉強するように見受けられる。希望を持つというは、どこまでも到達せしむるという敢為の気象がことごとく備わっておる。ほとんどすべての人が喜びを以て、彼岸に達するという念慮を持っていられるように見受けるのは、さらに進むべき資質を持った国民と申し上げてよかろうと思う。(P49) 日本人は細事にもたちまちに激する。しかしてまたただちに忘れる。つまり感情が急激であって、反対にまた健忘性である。これは一等国だ大国民だと自慢なさる人柄としては、すこぶる不適当である。もう少し堪忍の心を持つように修養せねばいけますまい、という意味であった。(P51) よく集めよく散ぜよ 金は社会の力を表彰する要具であるから、これを貴ぶのは正当であるが、必要の場合によく費消するは勿論よいことであるが、よく集めよく散じて社会を活発にし、従って経済界の進歩を促すのは有為の人の心がくべきことであって、真に理財に長ずる人は、よく集むると同時によく散ずるようでなくてはならぬ。よく散ずるという意味は、正当に支出するのであって、即ちこれを善用することである。(P124)
ブレンダン・ウィルソン
/ 東京大学出版会
(2004-04-10) /
2,520円
/ ISBN:9784130130233
「すべての出来事は完全に離れて、ばらばらに見える。ある出来事の後に次の出来事が起きても それらを結んでいるものが見えることはない。それらは連接されてはいるが 結合されているようには見えない。そして 我々は 外に接している感覚、内側の感情に現われないものについては観念を持たないのだから、我々は結合や 力といった観念はいっさい持たないというのが 必然の帰結であると思われる。すなわち、これらの言葉はまったく意味を持たないのである」ヒューム『人間知性の研究・情念論』 トーマス・ホッブズの「過激な経験論」 「無限とは何か? 有限なる探求者は決して知ることができない。我々は、人間についての知識であれば、何であれ、心像「観念」より得る。無限については、ものの大いさであれ、時間であれ、心像はいっさい存在しない。それゆえ人であれ、他のどんな生き物であれ、無限という観念を持つことは不可能だ」ホッブズ『物体論』 ヒューム「帰納の根拠づけの不可能性」 「何かか起きそうだという議論は、すべて未来と過去のあいだにこのような一致か存在するという仮定に基づいており、それゆえ、それを証明することはできない。この一致は事実上の問題なので、それを証明しなければならないとなると、経験以外のとんな証拠も容れる余地かない。しかし、過去と未来が類似するという仮定を除けば、我々の過去の経験は未来についての証拠たりえない。したがって、これはいかなる証明も不可能な事柄であり 我々はいっさいの証明なしに当然のものとして受け入れている」ヒューム『人生論』 ジョン・ステュアート・ミル「他者の心の存在を証明する」 「他の人間も私と同じように感情を持っていると、私は結論する。その理由の第一は、他の人々も私のような身体を持っているということだ。そして、私は、自分自身の場合に、身体が感情の前提条件となることを知っている。理由の第二。他の人々も、行動、その他の振る舞いを外に表わす。そして、自分自身の場合に、これらが感情によって生み出されることを、私は経験から知っている。私は、いつも同じ順序で起きる一連の事実が、自分の中に存在することを意識している。すなわち最初に私の身体の変化があり、真ん中に感情があり、最後が外に出る振る舞いである。他の人々については、私は、この一連の流れの最初と最後の部分に対して、自らの感覚による証拠を持っているが、真ん中については、それを持たない。私自身の場合には、最初の部分が、真ん中のものを通じて、最後のものを作りだすということを、しかも真ん中なしにはそうならないことを私は知っている。したがって、真ん中の過程が必ず存在するはすだと結論することを、経験が私にしいるのである」J・S・ミル『サー・ウィリアム・八ミルトンの哲学』 ブラットリー「自由について」 「自由の意味は「偶然」だ。あなたは自由だ。なぜなら、あなたの特定の行動を説明する理由は何もないから。世界中の誰一人として――あなた自身でさえ――あなたが次に何をするのか、しないのか、分からないからだ。要するに、あなたは完全に「説明不能な」生き物であるがゆえに、「説明可能(説明責任がある)」なのだ」F・H・プラッドリー『倫理研究』
田坂 広志
/ 東洋経済新報社
(2005-11-25) /
1,575円
/ ISBN:9784492042427
物事が発展する時、それは直線的に発展するのではない。螺旋的に発展する。 未来進化と原点回帰は同時に起こる。社会や市場や企業が進化する時、便利になった懐かしいものが復活してくる。 人生の長さに比べ、世の中の変化が速くなったから、世の中の小さな局所的変化だけでなく、世の中の大きな螺旋的発展を目撃するようになった。 螺旋的発展において、何が復活してくるかを読む。 合理化と効率化の中で何が消えていったかを見る。 その段階で、それがなぜ消えていったのかを考える。 新しい技術や方法で、どうすれば復活できるかを考える。 否定の否定による発展の法則 すなわち、最初、ある物事が否定される形で変化が始まりますが、その変化の極点において、その否定そのものが否定され、新たな発展が生じるのです。 量から質への転化の法則 物事は量から質への転化により発展する。 ある指標の量が一定の水準を超えたか否かを判断するには、、、キーワードが忘れられたか。 対立物の相互浸透による発展の法則 対立し、闘争している2つのものは、互いの性質が相互に浸透していく。 矛盾の止揚による発展の法則 すべての物事にはその内部に矛盾が含まれているが、 その矛盾こそが物事の発展の原動力となっていく。 そして、この矛盾を機械的に解消するのではなく、 それを弁証法的に止揚したとき、物事は発展を遂げる。 ※止揚…互いに矛盾し、対立するかに見える2つのものに対して、いずれか一方を否定するのではなく、両者を肯定し、包含し、統合し、超越することによって、より高い次元のものへと消化していくこと 矛盾のマネジメントとは、対立し、矛盾する2つの極の間で振り子を振り続け、その状況に適した全体のバランスを取っていく営みに他ならないのです。
中野 孝次
/ 岩波書店
(2003-09-27) /
1,890円
/ ISBN:9784000025850
人間の問題に関しては、多数者の気に入る方が善ということにはなりません。むしろ大勢が集まるということ自体、それが最悪の者だという証拠なのです。(幸福な人生について2-1) 賢者は、幸福なる偶然のもたらしたいかなる贈り物も、自分に値しないとは思わぬのです。賢者は富を愛するのでなく、ないよりあった方がいいと思うのです。富を自分の心の中にでなく、自分の家の中に受け入れるだけです。所有物を彼は突っ返したりせず、自分の得の完成に少しでも役立つものとして取っておくのです。(幸福な人生について21-4) 自分の全部の時間をただ自分自身のためにのみ使う人、毎日を人生の最後の一日であるかのように生きる人は、明日を望みもせず、また恐れもしません。(人生の短さについて7)
中野 孝次
/ 文藝春秋
(1996-11) /
509円
/ ISBN:9784167523039
この世で一番大事なのは心が安らかであるかどうかである。もしたえず安らかならぬ心の状態なら宮殿・楼閣に住んだとて空しく、もし草庵にいてもそのほうがずっといい。(46・鴨長明) ないことが常態であるとき初めて人は物あることに無情の満足と感謝を覚える。あるのが常なれば、ないことに不満こそ感じても、決してありがたる心持は湧かないであろう。とすれば、身辺をつねに欠乏の状態すれすれに置くことは、それ自体が感謝を持って生きることの工夫であるかもしれないのだ。(54・良寛) 自分が生きて今存在しているという、これに勝る喜びがあろうか。死を憎むなら、その喜びこそ日々確認し、生を楽しむべきである。なのに愚かなる人々はこの人間の最高の楽しみを楽しまず、この宝を忘れて、財産だの名声だのというはかない宝ばかり求めつづけているから、心から満ち足りるということがないのだ。生きている間に生を楽しまないでいて、いざ死に際して恐れるのは道理にも合わぬことではないか。人がみなこのように本当に生きてある今を楽しまないのは、死を恐れないからである。いや、死を恐れないのではない、死の近いことを忘れているからに他ならない。(127・吉田兼好) 兼好は14世紀の文人だが、その書いた物がずっと読みつがれ、思想が伝えられて、20世紀の現代人の心に響き合う。これはほとんど奇跡のように思われるし、またそれが起こるのが文化というものだという気もする。真実の認識には時代がない。その時代を超えた普遍性を持つものこそが、文化の名に値するのである。(134) 現世の生存様式を最も単純でミニマムなものにすればするほど生きてあることの感覚は鋭く磨かれ、心は広い世界へ放たれて自由になり充実していく、生への感謝はますます増大する、この発見と認識があるからこそ、かれらの清貧はいよいよ光ってくるのだとわたしは信じています。(207) もう一度、人が生きるためには一体何が必要で何が必要でないかを自分のために考えなければ、われわれはただ世間並に流され、「一生は、雑事の小節にさへられて、空しく暮れ」てゆくだけだろうと思われる。(246)
ヒルティ
, 草間 平作
/ 岩波書店
(1961-01) /
735円
/ ISBN:9784003363836
人生における真の成功、すなわち、人間としての最高の完成と、真に有用な活動とに到達することは、しばしば外面的な不成功をも必然に伴うものである(P126) 結局大切なのは、なんらかの財産を所有することではなく、これを所有することによって人が幸福を感ずるかどうかである。(P173) 時間が余るほどないということは、我々が地上で到達しうる幸福のもっとも重要な要素である、と。人間の幸福の最大部分は、たえず続けられる仕事と、これに基づく祝福とからなっている。(P201) 富の足枷は精神にとってきわめて大きな拘束となるもので、これを完全に逃れ得る人はごく稀である。大きな財産の所有と管理、あるいは大きな名誉や権力を伴う地位は、ほとんど絶対確実に、およそ幸福とは正反対の、心情の硬化を導くものである。(P211) 人生において本当に耐えがたいのは、悪天候の連続ではなく、かえって雲のない日の連続である。(P217) 利己心より目ざめ、永遠を把握し、愛に導かれて、地上のものを手段と解し、これを支配する。これのみが世にありうる幸福の状態である。(P244) エピクテトスの言葉 金銭、快楽、あるいは名誉を愛する者は、人を愛しない(P38) 人を不安にするものは、事柄そのものではなく、むしろそれに関する人の考えである。(P49) すべての世間の事柄は、きみの欲するままに起これよ、と望んではならない。むしろ世に起こることは、その起こるがままに起これ、と願うがよい。そうすればきみは幸福であろう。(P51) 馳走の皿がきみの前に回って来たなら、手をさしのべて、その中から控えめに少しの分量をとれ。(P59) われわれは、これと同じことが他人の身に起きた場合、どんな感情を持ってそれを受け取るかを、思い起こすべきである(P72)
バートランド ラッセル
/ 筑摩書房
(2005-03) /
1,050円
/ ISBN:9784480089045
アラン
/ 集英社
(1993-02) /
680円
/ ISBN:9784087520378
過去と未来は、わたしたちがそれを考えるときにしか存在しない。(P169) 賢者ソロモンが言うように、まず幸福であれ。思うに、幸福とは平和から生まれる果実ではない。幸福とは平和そのものなのだ。(P204) 幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい。食べることが楽しいように、笑うことが楽しいのだ。(P240)
ショーペンハウアー
, 橋本 文夫
/ 新潮社
(1958-10) /
540円
/ ISBN:9784102033012
現実の自然な欲望を満足させる以外に、富によってなしうることといえば、われわれの本当の幸福感にとっては影響の少ないことばかりで、むしろ大きな財産の維持のために不可避的に生ずる数々の心労のために、かえって幸福感が損なわれるくらいである。(20) 「優れたものの発見はもとより稀であるが、優れたものが認識され、それ相当に評価されるのは、なおそれ以上に稀だ」(ゲーテ・163) 「われわれはわれわれのものを他と比較しないで喜ぼう。自分以上の幸福を見て苦しむ者は、決して幸福にはなれない」(セネカ・235)
アルボムッレ・スマナサーラ
/ 筑摩書房
(2008-02) /
756円
/ ISBN:9784480687777
ラッセル
/ 岩波書店
(1991-03) /
735円
/ ISBN:9784003364932
成功は幸福の1つの要素でしかないので、成功を得るために他の要素がすべて犠牲にされたとすれば、あまりにも高い対価を支払ったことになる。(54) 達成の喜びを味わいうるためには、最後には通例達成されるにしても、あらかじめ、成功はおぼつかないと思われるような困難が存在していなければならない。(159) 人間は、関心を寄せるものが多ければ多いほど、幸福になるチャンスが多くなる。かりに1つを失っても、もう一つに頼ることができるからである。ありとあらゆることに興味を持つには、人生は短すぎる。けれども、日々を満たすに足りるだけ多くのものに興味を持つのは、結構なことだ。(176) よい生活において、異なる活動の間にバランスがなければならない。・・・つまり、私たちの別々の趣味や欲望は、おしなべて人生の全体的な枠の中に納まるものでなくてはならない。趣味や欲望を幸福の源にしたのであれば、それは、健康や、私たちが愛する人々の愛情や、私たちが住んでいる社会の尊敬などと両立するものでなければならない。(184) 自分の職業だの、自分の仕事の種類だのに熱中するあまり、それが人間の活動全体のどんなに微々たる部分でしかないか、また、世界中のどんなにたくさんのものが私たちの仕事にまるで影響されないか、ということをとかく忘れがちである。・・・必要な活動と両立するかぎり、できるだけ真実の世界像を持つことは良いことだ。(246) 賢明に幸福を追求する人は、自分の人生の根底をなしている中心的な興味の他に、いくつかの副次的な興味を持つように心がけるだろう。(253) 人間は、自分の情熱と興味が内ではなく外へ向けられているかぎり、幸福をつかめるはずである。(265) |
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