| ログイン | ユーザー登録 | 初めての方へ | ヘルプ |
|
|||||||||||||||
|
井上 理 / 日本経済新聞出版社
(2009-05-12) /
1,785円
/ ISBN:9784532314637
任天堂のゲーム機はゲーム以外の目的で活躍しはじめ、任天堂の事業領域は一見、広がっているように見える。だが任天堂は、あくまでも「ゲーム屋」であることにこだわり、すべては「人々にゲーム機に触り続けてもらうためにやっている」と、強調する。そして、ゲーム以外の目的に集中することもない。(P143) 横井軍平「枯れた技術の水平思考」 「テレビゲームにはアイデア不足の逃げ道があった。それがCPU競争であり、色競争なんです。」 娯楽に徹せよ。独創的であれ。必需品と区別しろ。身の丈を知れ…。山内の教えが、任天堂の企業文化を醸成し、山内から岩田らへ言葉が継がれている。であれば、なぜ社是や社訓、企業理念として明文化し、全社員と共有しないのか。 それは、山内が言うように、山内自身が企業理念という言葉を嫌い、明文化したものが必要な経営者は大成しないという考えの持ち主だからである。 ここに岩田は自分なりに解釈した、もう1つの回答を加える。 「社是、社訓の通りに動いていたら人々(お客さん)は飽きてしまうから」 よそと違うことをしなさい、人は同じことを続けたら飽きてしまう、環境の変化に対して柔軟でありなさい、過去に成功した方法が未来に通じるとは思ったらいけない…。 要は独創的であれと言われているのに、こうしなさいという文章を忠実に守るのはおかしい、という岩田の理解だ(P242) カルタの歴史(P238-) 16世紀後半 鉄砲とともにカルタ伝来 天正年間(1573-91) 九州の職人による発の国産カルタ「天正カルタ」 全国に広まるきっかけ-豊臣秀吉の慶長の役(1597) →賭博・カルタの弾圧の歴史始まる。 江戸時代 カルタの生産地が九州から京都へ。 幕府や諸藩による賭博行為禁止令→カルタの製造禁止 ↓ 天正カルタの消滅→百人一首の歌がるた、いろはがるた、花がるた(花札の前身) →1841年水野忠邦「天保の改革」で「江戸花札骨牌禁止令」 明治時代 鎖国のとけた日本にふたたびトランプが持ち込まれる 1885年花札の販売を解禁→爆発的ブーム→1902年「骨牌税法」カルタに大幅な課税 |
|
||||||||||||||