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ブッダの瞑想法: ヴィパッサナー瞑想の理論と実践
地橋 秀雄 / 春秋社 (2006-05-22) / 2,268円85 users
購入:  2013年12月27日 2,205円 所有
読了:  2015年05月03日 星4つ
もし名前を一切つけずに、たくさんの重要ファイルをパソコンに保存してしまったら、どのように呼び出せばよいのか途方にくれるでしょう。記憶データがいくら豊富でも、自在に読み出せる装置がなければ、知的活動を営むことはできないのです。優れた言語野が搭載され、豊かな言葉と文法の力を獲得したことによって、人類は、蓄えた情報を自在にコントロールする知性の基盤を確立し、記憶の想起も、未来の想像や予測も、考察も、哲学的思索も、その他諸々の精神活動を深化させていったと考えられます。 (P49)
サマーディの合一感覚に加えて、今の状態を超えようとする「超越」の要素が働かないかぎり、本物の「瞑想」とはいえません。二つのものが融合し主体と客体が合一する実感と、超越を志向する左脳の働きが協働し始めた時こそ、瞑想の起源であったと言ってよいでしょう。 (P53)
事実の世界と概念の世界を厳密に識別し、事実の世界の本質を洞察していくのがヴィパッサナー瞑想です。 (P65)
ヴィパッサナー瞑想の最重要ポイントは、「心をきれいにすること(清浄道)」と「事実をありのままに観ること(如実智見)」、そして「法と概念を明確に識別すること」です。これらはヴィパッサナー瞑想の原点であるばかりではなく、原始仏教の根本的な教理に直結しています。この三点が明らかになれば、ヴィパッサナー瞑想と原始仏教の本質を捉えることができるでしょう。 (P69)
ヴィパッサナー瞑想を正しく修行するためには、まずこの「法(実在・真実の状態)」と「概念(イメージ・思考・妄想)」とを明確に識別する仕事から始めます。 (P70)
ヴィパッサナー瞑想は、思考を止めて、事実をありのままに観ることができれば、一切のドゥッカ(苦)から解放されるだろう、という理論に基づいています。苦の原因は妄想にあり、その妄想は一瞬一瞬の事実に基づく「サティ」の技術によって止められます。思考が始まった瞬間、「妄想」「イメージ」とラベリング(言語認識)されると、連鎖しようとする思考の流れが断たれてしまうのです。こうして思考が止まれば、心に入った情報が編集されたり歪められたりすることなく、ありのままに認知されるでしょう。ありのままに観られた事象は夢でも妄想でもない「真実の状態」なので「ダンマ」と呼ばれます。 (P72)
私たちの見るもの、聞くもの、感じるもの、知覚するものは常に誤解と錯覚だらけです。先入観や思い込み、早とちり、思考の編集、エゴの検閲など、諸々の心のフィルターがかかって情報が歪むのです。しかるに、ダイレクトに、直接知覚されたものは情報に歪みがありません。「法」とは情報に歪みがないことです。そしてその「法(ダンマ)」として存在するもの」の本質を見極めていくことがヴィパッサナー瞑想の仕事なのです。真実が洞察されると、間違ったものの見方で生きていた「無明」に愕然として、苦の原因を手放すことができるだろうということです。知識を身につけるのも知恵ですが、仏教では、真実の姿を目の当たりにする意識状態こそが苦を乗り越える智慧であり、「如実智見」と呼ばれます。 (P73)
在家の私たちが直面している多くの苦しみを解放するためには、何よりもまずサティの瞑想が修行されるべきでしょう。マハーシ・システム(ミャンマーのマハーシ長老が世界中に広めたシステム)では、まずサティの瞑想から着手して、並行してサマーディの力を養っていく指導方法です。 (P100)
「サマーディ」とは極度の集中です。集中が極まって対象に没入し、主体と客体の未分化状態にまで達した集中力と理解してよいでしょう。心を一つの対象に釘づけにし、その主体と客体の合一状態を目指す瞑想が「サマタ(止)」です。サマーディの完成はサマタ瞑想のゴールでもあります。例えば、「永遠なもの」「無限なもの」「全知全能なもの」など、至高概念や究極のイメージと合一してしまえば、それ以上はありえないからです。サマーディに入定している間は、「超越」の感覚が内的に体験されます。 (P101)
一方、「ヴィパッサナー(観)」では、サマーディは必要条件ですが、到達点ではありません。決定的な違いは、「観察」のファクターです。概念への集中でなく、「法(ダンマ)」として現れてくる現実の事象を観察していくのです。極度の集中力でその観察がなされていく時に、ヴィパッサナー瞑想のサマーディが完成します。前章で定義した「法」を対象にしたものがヴィパッサナー瞑想であり、「概念」を対象にしたもんのがサマタ瞑想と考えてよいでしょう。 (P101)
いま経験している出来事を一瞬一瞬気づいて確認するのがヴィパッサナー瞑想です。気づきがあればサティがあるのですが、気づきを言語化して認識確定をする仕事を「ラベリング」と言います。ラベルをペタペタ貼っていく要領で、現在の瞬間の出来事を「言葉確認」していくのです。 (P127)
「現象が先、確認(ラベリング)が後」という原則を覚えてください。たとえ千分の一秒であれ、経験する心と確認する心は時系列であって、同一の瞬間に生起することはありません。感じながら同時にラベリングをしているというのは偽りの印象です。センセーションを感じることにすべての注意を没入させる。感じられ、認識されたものを確認する。この連鎖が良い修行です。足の動きにダブらせて機械的にラベリングをしていると、自己暗示をかけているようにトロリとしてきたり、別のことを妄想しながら「右」「左」・・・・・とうわの空のラベリングになっていたりします。しっかりセンセーションを感じることが、ダンマを捉えることにつながります。 (P131)
ヴィパッサナー瞑想は、他人ではなく自分の心と体の現象に気づき、その変化過程を観察していくものです。理想形を追求する発送ではなく、ありのままの現状の確認です。 (P132)
中心対象以外でも、心がはっきり経験した優勢な現象にはサティを入れるのが原則です。ヴィパッサナーは現在の瞬間に気づいていく瞑想です。今この瞬間に、自分の心と体に何が起きているか。常に自覚的に、現在の瞬間を間断なく捉え続けることが、妄想、ひいては煩悩を離れていく修行になるのです。中心対象に集中することを至上の義務のように考える必要はありません。集中のよい時もあれば、散漫な時もあります。どちらも必然の力が働いた結果であり、散漫な時には、中心外の音や妄想に入れるサティが多くなるだけの話です。ヴィパッサナー瞑想では、中心対象だけに集中することよりも現在の瞬間を捉え続けること、つまり気づきの持続のほうが大事です。 (P138)
ラベリングは認識を確定するための装置です。簡潔な短い言葉がよいのです。実感に90パーセント、ラベリングに10パーセントの法則を思い出してください。 (P169)
今、自分の心と体に何が起きているのか。経験している事象を正確に、歪めずに、あるがままに観て、その本質まで洞察するのがヴィパッサナー瞑想の仕事です。そのためには、左脳の言葉の仕事をできるだけ少なくして、経験すること、実感すること、観察することそのものに専念すべきなのです。腕が動く一瞬一瞬、そのセンセーションがどのように変化し、推移していくのかをできるだけ明晰に、よく観察し、最後のほうで「動いた」「下ろした」と一回ラベリングするだけでよいのです。 (P169)
自己を客観視する方向からサティを入れるのが、正しいヴィパッサナー瞑想です。 (P175)
心随観は「心の便所掃除」なのだ、と覚悟しておきましょう。ヴィパッサナー瞑想は、汚れた心をきれいにすることによって、苦から解放されていくシステムなのです。 (P196)
原始仏教では、サティの訓練と並行して必ず「慈悲の瞑想」を行います。ヴィパッサナー瞑想の真の目的は、心をきれいにしていくことです。サティの訓練で妄想を止め、あるがままの自分を正確に捉えることができても、最終的に私たちの心の反応パターンが変わらなければ、今までと同じような貪・瞋・痴の振る舞いで反応してしまうでしょう。慈悲の瞑想は、この世で最も崇高な「慈悲」の心を私たちの反応系の心に組み込んでいく訓練です。 (P212)
このヴィパッサナー瞑想という基本精神で、自分の人生全体を生きていくことができれば、たとえ次々とドゥッカ(苦)の現象に見舞われることがあろうとも、最速の乗り超え方で苦境を脱することができるでしょう。そのように、ドゥッカ(苦)から解放されることを願って、提示されたのがヴィパッサナー瞑想です。 (P263)
心をきれいにしてくれる力のある法友に会う、瞑想会など、そうした目的の場所に行く、ダンマ系の本やCDなどを読んだり、聞いたりして、心を転換させてくれる情報に接する、等々の対策を講じておくとよいでしょう。最も強力なのは、法友です。自分よりも優れた、半ば師であるような友、
師友、ダンマフレンドです。心のきれいな徳のある人にまみえることは、強力にこちらの心が聖なる方向に引き上げられます。「自分と同じか、自分よりも勝れた友に親しみ近づくべきである。しかしそのような法友が得られなければ、犀の角のように独り歩め」というのがブッダの教えです。心を清らかに保つためには、悪い者と群れるくらいなら孤独を選べ、という厳しいアドバイスです。そうした真の法友に出会えるように、心から強く祈るとよいでしょう。不思議に、そうなっていきます。 (P264)

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©2007-2017 読書をつづる〔書評と引用〕 by ぼん・ぼやーじゅ