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マーフィー 眠りながら巨富を得る―あなたをどんどん豊かにする「お金と心の法則」 (知的生きかた文庫)
ジョセフ マーフィー / 三笠書房 (1999-03-01) / 669円78 users
購入:  2015年05月23日 669円 所有
読了:  2015年11月08日 星3つ
あなたが「富と成功という二つの言葉をくり返すことは、自分の潜在意識にひそんでいる力を働かせることなのだ」と理解し、毎晩この二つの単語をくり返しながら眠りに入ってゆくならば、あなたは富と成功を実現せざるをえなくなります。 (P42)
あなたの考え方は力を持っているのだということを忘れないでください。それには創造する力があります。あなたが考えることは何でも、それがより強烈な別の考えによって中和されないかぎり、実現する性質を持っています。この世の中のよきものを人より享受している男女はすべて、富裕意識を持ち、最善を喜んで期待しているということがわかっています。あなたが期待することは何でも、あなたの心の法則に従っているのです。常によきものが増加することを考え、その考えを大切に育て、それを維持しつづけると、その人は人生の富を人よりも多く自分に引きつけます。 (P65)
あなたが特別な注意を向けることは何でも、あなたの人生の中で成長し、拡大する性質があるということを忘れないでください。「注意を向ける」ということが人生の鍵です。すべての面において増加のことを考えてください。自分は成功し、繁栄しているのだと感ずるようにしてください。というのは、富裕感が富裕を生み出すのですから。 (P65)
お金というものは、世界の国々の経済的健康を維持するために神様が考え出したアイデアだと思ってください。「お金は交換のシンボルである」というお金の真の意味とその人生における役割を理解してください。お金があなたにとってどんな意味があるかといえば、それはあなたを欠乏から自由にしてくれるということです。 (P99)
「お金と仲良しになりなさい。そうすればいつもお金を持つようになるだろう」という古いことわざがあります。お金とは神のアイデアであり、われわれの間を循環しながら経済的な健康を維持しているのだと考えてください。お金はあなたの人生を循環しているのだと念じてください。そうすればあなたの潜在意識は、あなたが必要とするだけのお金をすべて持つように取りはからってくれるでしょう。 (P109)
自信とは「信念を持って」という意味です。信念とは考え方であり、心の持ち方であり、心の法則の理解です。それは自分の考え方と感じ方が自分の運命を創造するのだという自覚のことです。あなたの意識する心が真実だと感じた考えはすべて潜在意識に刻印され、受け入れられて、実生活の上に起こるのだということを知ったとき、あなたは「信念を持っている」と言えるのです。簡単な日用語で言えば、神(全能なる生ける精神)の存在と力が自分の中にあることを意識することが、とりもなおさずあなたの信念なのです。この精神と接触することによって、また自分の考えという手段を通じて、あなたは勝利に輝く人生を送ることができるのです。あなたはあらゆる障害や困難や挑戦に真正面から取り組み、それらがすべて神の手によって片づけられるのだと実感するようになるでしょう。あなたの内なる神の精神に波長を合わせますと、浮き沈みの多い人生をも、「自分を強めてくれる神の力を通じて何でもできるのだ」という深い不動の信念を持って乗り切っていくことができます。 (P209)
あなたの心の法則には、神様も聖書の中で何度も何度もあなたの注意を向けさせています。すなわち、「あなたの信ずるように、ちょうどそのようにあなたになされるのである」と。極度の緊張は、何千もの人の生産的生活に干渉し、その結果として、挫折やら多くの神経症を生み出します。ただ、ある程度の心配は正常であり、必要でもあります。たとえば、ステージに出ていこうとしている歌手は、いくらか緊張していますが、これはエネルギーと力の蓄積であって、これによって精神的バッテリーが充電され、いかなる失敗感をも克服できるようになるのです。危険なのは、過度の、また長期にわたる緊張です。歌手が歌いはじめると、ネジを巻かれた時計がそのエネルギーを利用して時を刻むように、その蓄積されたエネルギーを放出していくのです。しかし時計のネジをあまり固く巻きすぎると、ゼンマイは切れます。そうすれば歌手も歌えないし、時計も時を刻みません。あなたが「私は自分を強める力なる神を通じてすべてのことを成しうるのだ」という感じをあなた自身に充満させることができるならば、あなたはすばらしい演技を成し遂げることができます。 (P236)
お金とは実際に、あなたの心の中にある思考のイメージなのです。あなたの考えはモノです。富は心の状態であり、それ以上の何ものでもなく、それ以下の何ものでもありません。 (P239)
目に見えない富やお金や不動産販売について、あなたが思考イメージを持つことが、そのアイデアに関する第一原因であり、この心理を受け入れ、その現実性を感ずることによって、あなたの見えざる思考イメージは、あなたの欲しがっているお金となり、富となり、家となるのです。考えはモノなのです。 (P241)
他人が何を提案しようと、何を言おうと、何をしようと、あなたを悩ましたり苦しめたりする力はないのです。ただあなたが自分の内なる力を彼らに渡して、「あの人は私を悩ます力がある」と心の中でつぶやくから。あなたは悩まされたり苦しめられたりするのです。その場合、あなたは自分の心の中にある邪神を神の庭に祭りあげることになります。あなたの調和も、平和も、健康も、富も他人に依存はしないのです。あなたの心の神を神の座に祭りあげてください。神こそあなたの雇用者であり、ボスであり、支払者であり、調整者であり、問題解決者です。 (P242)
あなた自身を認めなさい。あなた自身を受け入れなさい。あなたの新しい評価、あるいは青写真とは、あなたの内なる至高の知性が、常にあなたの考えに応じてくれることを深く確信することなのだということを忘れないでください。けっして変わることなく、昨日も今日も、また永遠に同じであるものにあなたの信頼を置きなさい。神学や哲学や政治や金銭上の価値は増えたり減ったりします。洪水も来たり、また去ったりします。この宇宙の中では、万事が変化し、流転するのです。しかし、あなたが自分の内なる生命の原理に信頼を置く時、あなたはよきものに欠乏することはけっしてなく、いろいろな形をとった金銭を、いつでも必要なだけどころか、神的にありあまるほど持つようになるだろうということを忘れないでください。 (P255)
「あなた自身を信頼しなさい。どの心もその鉄線に合わせて震動するのです。絶対的に信頼する価値あるものがあなたの心に宿っているのです」とエマソンは言いました。神があなたの中に住み、あなたの中にいて歩み、かつ語り、あなたの考えに応じてくれるのだということを知ることは、絶対にやり損なうことのない者に対する信頼と信仰をあなたに与えます。 (P260)
眠りに就く前に、繁栄や成功や富についての考えを、あなたの潜在意識に送りこむのを実践してください。あなたがこれを習慣にしますと、あなたは自分の人生の中に富と成功の型をつくり上げたことになります。そうすると潜在意識の力は強制力がありますから、気がついてみたらあらゆる面において神の富を表現せざるをえなくなっていたということになるでしょう。見えざる諸力があなたの永遠の利益に仕えるために馳せ参じてくることがわかるでしょう。 (P261)
人の一生はその人の想像力の色によって染められます。 (P294)
競争が起こる唯一の場所は、あなた自身の心の中です。成功の考えと失敗の考えとが競争するのです。あなたは成功するために生まれたのであって、失敗するために生まれたのではありません。あなたの内にある無限なる者は失敗することがありません。あなたの注意力を成功に向けてください。そうすればあなたの潜在意識のあらゆる力があなたを支持してくれます。 (P294)
さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
タグ スピリチュアル 瞑想 自己啓発 心理学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 人文・思想 登録日:2014年06月15日 22時06分02秒 2014/06/15
購入:  2014年06月15日 1,944円 所有
読了:  2015年08月13日 星3つ
わたしたちの苦しみのほとんどは、実は、自分でつくっているものなんです。厳密に言うと、思考がこしらえているということになりますが。言うなれば、わたしたちは、必要のない苦しみを自分から背負っていることになります。これは、「すでにそうであるもの」に対する「拒絶」や、無意識のうちの「抵抗」が原因です。思考は物事に対して「決めつけ」をするものですが、すると、必然的に、ネガティブな感情がわき上がってしまうのです。苦しみの度合いは、自分がどれくらい「いま、この瞬間」に、抵抗しているかに比例しています。これは同時に、どれだけ自分が思考とひとつになっているか、という度合いをも示しています。思考は「いま、この瞬間」を嫌っているので、いつもそこから逃げようとしているからです。思考を「ほんとうの自分」とみなすほど、苦しみは増すばかりです。でも、それは見方を変えると、こういうことにもなりませんか? ・・・「いま、この瞬間」をあるがままに受けいれるほど、痛みや苦しみはなくなる。 (P52)
生きることの秘訣は、「(肉体が)死ぬ前に死ぬこと」であり、しかも「『ほんとうの自分』は死なない」と、さとることだと言えるのではないでしょうか。 (P68)
現在の自分の心が、過去の重荷を背負っていると、未来にも同じようなことを、いっそう強く経験するようになります。十分に「いまに在ない」と、過去はどこまでも、わたしたちを追いかけてきます。いまの、「自分の意識」が、未来をつくっているのですから、それをしているのも、もちろん「いま」です。 (P86)
現時点での意識が未来をつくっていると言いました。では、いったいどうすれば現在の意識を高められるのでしょう? それは「いまに在ること」です。真の変化が起こり得る唯一の時は、「いま」であり、過去を溶かせる唯一の場所も「いま」しかありません。 (P86)
わたしたちは「未来に」自由になることは、できないのです。「いまに在る」ことが自由へのカギであり、わたしたちが自由になれるのは「いま」しかありません。 (P87)
「いま」に意識を集中させて、「いま、この瞬間」どんな問題があるか、挙げてみてください。
答えがありませんね。それでいいのです。「いま」に完全に意識を集中させていれば、問題を抱えることなどできません。処理すべき、受けいれるべき状況は、たしかにあるでしょう。でも、なぜ「状況」を「問題」に変えてしまうんでしょう? 生きること自体が十分チャレンジではないですか?
どうしてわたしたちは、なんでもかんでも問題にしてしまうんでしょう? その理由は、思考が無意識のうちに、問題を愛しているからです。なぜでしょう? それは思考に存在価値を与えるからです。これは人間にとってごくあたりまえのことであると同時に、「苦しみと不幸」の根源なのです。「問題を抱えている」ということ自体、意識が「人生の状況」にどっぷりとつかり、気づかないうちに、それが自分の一部になってしまっていることを意味します。人生で遭遇する「状況」に圧倒されるあまり、ほんとうの意味の「人生」を失ってしまっているのです。または、「いま」できる、ひとつのことに集中するかわりに、自分がこれからやるべき百のこと、という「重荷」を背負って、自分の心を押しつぶしているのです。
問題をこしらえるということは、すなわち、痛みをこしらえることです。わたしたちがとるべきステップは、とても簡単な決断をすることだけです。「どんなことが起きようと、わたしはもう二度と『状況』を『問題』に変えて、自分に痛みを与えない!」こう決断することです。とても簡単に聞こえますが、天地がひっくり返るくらいドラスティックな改革です。 (P92)
なんであれ、文句を言うということは、必ず「すでにそうであるもの」を拒否していることを意味します。それはひとつの例外もなく、ネガティブエネルギーを発しています。文句を言う時、あなたは自分を被害者にしたてあげています。わたしたちが言葉を発する時には、自身に備わるパワーを行使しているのです。ですから、文句を言うかわりに、なんらかの行動をとるか、はっきりと発言するか(それが必要であり、かつ可能であるなら)、もしくはその場を去るか、受けいれることで状況を変えるのです。これ以外の行動はすべて非生産的です。 (P113)
肝心なのは、意識して「いまに在る」こと。それだけです。これが、過去を溶かせるからです。これが変化を起こす唯一の触媒です。ですから、過去を知ろうと、答えを探してはなりません。そのかわり、できるかぎり「いまに在る」のです。過去は「いまに在る」人の中では、姿を消すほかに道がありません。わたしたちの「不在時」のみ、それは生存できるのです。 (P126)
「大いなる存在」は、「名前やかたちを超えた『わたし』は、永久に存在する」、という感覚で、認識できます。「大いなる存在」を認識し、その状態にしっかりとどまることが、「さとりをひらくこと」なのです。イエスの言った、「あなたを完全に自由にする真実」とは、このことです。 (P147)
言葉にしばられないでください。言葉はあくまでも、目的に到達するまでの手段なのです。言葉は抽象概念です。道しるべとなんら変わりなく、言葉はそれ自身を超えたものを指しているのです。「はちみつ」という言葉は、「はちみつ」そのものではありません。はちみつについて研究したり、論じたりすることはできても、肝心のはちみつを味わうことをしていなければ、それを、ほんとうに知ったことにはなりません。はちみつをいったん味わってしまえば、言葉には、こだわらなくなります。これとまったく同じ理屈で、神について生涯にわたり、思惟をめぐらしたり、語り合ったりしても、それで神を知っていることにはならないのです。そんなことをしても、神の実体を、一瞬でも、かいま見たことにはなりません。「道しるべ」や「偶像」へのこだわりで終わってしまいます。 (P148)
心が思考に占領されているかぎり、わたしたちは「大いなる存在」と断絶しています。大半の人が、持続的にこの状態にあるわけですが、この人たちは、意識をすべて思考活動につぎこんで、自分のからだを「留守」にしているのです。思考は暴走し、歯止めがきかなくなります。「自分の思考をとめられない」という症状は、大規模で蔓延している「病」であると言っても、言いすぎではないでしょう。これに「発病」すると、思考活動をよりどころにして、自分のアイデンティティをつくってしまいます。「大いなる存在」に根ざしていないアイデンティティはもろく、こわれやすいために、いつもなにかを求めるようになり、心の底に「恐れ」をこしらえます。そうなると、人生から一番大切なものが、欠落してしまいます。それは自分の内奥にある「大いなる存在」への認識です。
「大いなる存在」を認識できるようになるには、思考から意識を解放しなければなりません。これが、わたしたちの「魂の旅」の中で、もっとも大切な仕事のひとつです。無益で強迫的な思考活動に消費されている、ばく大な量の意識を解放するのです。意識を解放するのに効果的な方法は、思考活動を止め、インナーボディに意識を向けることです。インナーボディは、肉体に生命を与える、見えざるエネルギー場であり、「大いなる存在」が感じられる場所なのです。 (P151)
意識をすべて、思考と外界に消費しないことです。自分がおこなっていることには、集中すべきですが、それと同時に、できるかぎり自分のインナーボディを感じるのです。インナーボディにしっかりと根をおろしましょう。このようにこころがけることで、意識がどんな風に変化していくか、活動のクオリティに、どんな変化が見られるか、観察してみてください。
たとえどこにいても、待っている時には、インナーボディを感じる時間に充てましょう。そうすれば、車の渋滞や、順番待ちも、楽しいひと時に変わります。頭の中で、「過去」や「未来」を映し出すかわりに、インナーボディに根をおろして、さらに、「いま」に深くはいりこみましょう。
インナーボディへ意識を向けていると、生き方がガラリと一新します。「大いなる存在」につながっている時間も増え、人生に奥行が加わります。
インナーボディに根をおろしていると、「いまに在る」ことが容易になります。外界でどんな出来事が起ころうと、わたしたちはびくともしないのです。「からだに住まう」ことは、「いまに在る」ためには、欠かせません。 (P159)
「いまに在ること」は「まったき意識」になることです。思考から解放された意識になることです。インナーボディは、わたしたちと「目に見えない世界」をつなぐ接点です。「目に見えない世界」は、インナーボディのさらに奥にあります。「目に見えない世界」と意識の関係は、太陽と光の関係におきかえることができます。太陽が光を放っているように、意識は「目に見えない世界」という太陽から発せられている光のようなものとみなしていいでしょう。 (P163)
これからは、外界と思考だけに意識を注がないことを、人生の目標にしましょう。どんな時でも、いくらかは、自分の内面を意識しているのです。人と交流している時や自然に接している時には特にインナーボディを感じましょう。インナーボディの奥にある「沈黙」を感じてください。「目に見えない世界」の入口を、いつでも開けておくのです。一生をつうじて、「目に見えない世界」を意識していることも、決して不可能ではありません。外界でなにが起こっても、「目に見えない世界」を感じていれば、ゆるぎない心の平安、沈黙を得られます。こうすることで、「目に見えない世界」と「目に見える世界」をつなぐ、パイプ役をしているのです。「神」と「この世」をつなぐパイプ役とも言えます。これこそが「さとりをひらくこと」であり、「大いなる存在」とひとつになることなのです。 (P177)
思考は、時間が、さとりをひらくための条件だと言っているのですが、皮肉なことに、時間こそが、さとりをひらくうえで、「最大の障壁」なのです。
わたしたちは、自分がまだ完璧でないから、十分でないから、という理由で、いまこの時点の自分では、「そこ」に到達できないと考えるものです。しかし、真実は逆なんです。「いま」「ここ」だけが、わたしたちが「そこ」に到達できる唯一の地点なのです。自分はすでに「そこにいる」、と気づくことで、「そこに到達できる」のです。神を探し求める必要などない、と気づいた瞬間、わたしたちは神を見つけるのです。
結局、さとりをひらく唯一の方法などというものは、存在しません。どんな状況にいても、さとりをひらくことができますが、特定の状況が必要だということではないのです。しかし、さとりをひらける地点はただひとつです。それは「いま」です。「いま」からはなれた地点でさとりをひらくことなど、絶対にないのです。 (P198)
人間関係は、わたしたちを幸福にするのではなく、わたしたちを「目覚めさせる」ためにあるのだと知っていれば、さとりをひらくチャンスにできます。 (P213)
ペインボディは、一時的に内面に居座ってしまった、自由に流れず、滞留してしまった生命エネルギーです。ペインボディは、過去のなんらかの経験によるものであり、その人の中で生き続けている過去なのです。
つまり、ペインボディをアイデンティティにすることは、過去をアイデンティティにすることを意味します。「わたしは、被害者です」というアイデンティティは、「『いま』よりも、過去のほうがパワーを持っている」という信念に基づいています。ということは、他者や、他者のしたことが、現在の自分の、感情的痛みの原因であり、「ほんとうの自分」でいられないことに責任を負っていると信じていることになります。しかし、これは真実ではありません。「唯一のパワーは『いま、この瞬間』以外には存在しない」というのが、事実なのです。唯一のパワーは、「いまに在る」ことで生まれるパワーです。いったんこの事実をのみこめたら、現在の自分の心のあり方に責任があるのは、自分自身であり、ほかの誰でもないということがわかるはずです。さらに、過去は「いまのパワー」に歯が立たないということもわかるでしょう。 (P225)
かたちの面では、この世のものはみんな、不安定な性質と、滅びゆく運命を分かち合っています。しかし、「大いなる存在」の次元では、光り輝く永遠の生命を分かち合っているのです。これらが、憐れみのふたつの面なのです。 (P262)
「手放すこと」は、人生の流れに逆らうよりは、それに身を任せるという、シンプルでありながらとても奥の深い「知恵」なのです。人生の流れを実感できる場所は、「いま、この瞬間」しかありません。「手放すこと」は、「いま、この瞬間」を、なんの不安も抱かずに、無条件に受けいれることです。「すでにそうであるもの」に対する心の抵抗を、捨て去ることです。
心の抵抗とは、思考の決めつけやネガティブな感情によって、「すでにそうであるもの」を拒絶することです。物事が思いどおりにいかない時、「こうでなければならない」、という自分の要求や期待と、事実との間にギャップがある時、この傾向は特に顕著になります。これが「痛みをこしらえるギャップ」です。長年生きていれば、「思いどおりにならないこと」にちょくちょく出くわすことは、もうご存知でしょう。痛みや悲しみをこしらえたくなかったら、そういう時こそ、、「手放すこと」を実践するのです。「すでにそうであるもの」を受けいれたとたん、思考から解放され、「大いなる存在」につながることができます。物事に抵抗するのは、思考のさがなのです。 (P272)
思考は常に、既知のものにくっつこうとします。思考にとって、未知のものはコントロールがきかないため、危険なのです。これが、思考が「いま、この瞬間」を嫌がり、無視しようとする理由です。「いま」に在ると、思考の活動にすきまをつくるだけでなく、「過去 → 未来」という一本につながった時間軸にも、すきまをつくります。そのすきま、「無限の可能性を秘めた、クリアーな空間」以外からは、ほんとうの意味で新しく、創造的なものは、誕生できません。 (P301)
「すでにそうであるもの」を受けいれ、完全に「いま」に在れば、過去はパワーを失ってしまいます。過去など必要なくなるのです。「いまに在ること」、これがなによりも肝心です。 (P304)

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<<2017年11月>>
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©2007-2017 読書をつづる〔書評と引用〕 by ぼん・ぼやーじゅ