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 読書は編集である
読書には読んだ場所やそのときの自分の気持ちなど、メタな部分も多い
「書いてあることと自分が感じていることがまざる」
間読書ということ。たまに違う味を求めるような。グルメ追及のように本を味わうことが多読になる。毎日食事はするからだ。
好みから流れができる。三冊の並びが
特に重要。流れがあると頭に入ってきやすくもなる。
「本にさらわれたい」
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聞き取り形式のため、全体に偉そうな感じはする。
 ・「おしゃれの訓練をしなければ、実力は上がらない」
15万円あるならば、7万のコートを……などというとやっぱりお金がかかるのは事実だが、お金のかけかたを学ぶということなのだと思う。
だから、内容はやや私より上の年代向けではあるが、完全にマッチしないというわけではない。
「おしゃれ」は洋服を楽しむ一ジャンルでしかない。「着たいものを着る」という対極もありうる。どちらを選ぶかは自由。この本は前者の手助けにはなる。
・グレー万能論。
・カーディガンは短い物か長いものにする。
・自分の体のパーツや合うカラーなどを客観的に把握する。
 静かに日々のことを考えられる本だった。
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私たちの孤独は青空のもとの大勢の人間の間でこそ保たれる
p263
"何々らしい人生"と同じく、"何々のための人生"も私
は否定した
p257
私の内にひそみながら、外に出ようとしています
p330
 その場その場でかかれた感が消せない。ぽつぽつと面白いのだが、もう少しだけでも統一性が欲しい。
 純粋に楽しい、ということの貴重さを大切にしていきたいなと、改めて。自分を甘やかすことと紙一重ではあるかもしれないけれど、そういう中で高められていくものもあるはずだ。
 他のエッセイと若干ネタかぶり。量産しすぎでは?
 おもしろいポイントはあるが、ウィトゲンシュタイン関係の本からの再録もあったり、全体的に目新しさに欠ける。
lifeでポスト永井均とかいっていたがそれは全然違うと思う。
 恋愛に内容が傾きがちな気がした。ほかのエッセイよりも個人的な恋愛状況について語られているためか、ちょっと作者の好感度が下がる。
 半分くらいで挫折。しらないお菓子のはなしばかり読めない……
 文庫化とな。
買った。以前読んだ時に欲しいと思った記憶があったからだが、それほどのものは見つけ出せない。バレエのくだりが気にかかったのだろうか?
 穂村さんのエッセイがおもしろいのは、非生活的な感覚のリアルさと創作への洞察と、それらのとんがりぐあいをうまくいなす文章にあると思う。この作品だと、前者の尖り二つはひそめていて、むしろ作者の余裕が前面にあるのがちょっといまいち。彼が書いている自虐ネタは、感覚としてかなりの部分実体験だろうが、こうも「ほむらさん」を虚構化されると正直なえる部分も。
 @ツヅキ堂書店
人形の劇だからこそ表現できる「もやもや」がある、という考察は秀逸。全体としてはややインタビューやらエッセイやらで散漫な印象。著者が文楽をどのように消化して作品にしたのか、小説も読んでみたくなった。
 最近のエッセイよりも、真面目度みたいなものがやや高い。笑いがおさえられないようなところはないが、ああ、と思わされるような文学的な気分がある。時代の空気と、何をすべきかと。
 ファッション雑誌のどうでもいいコラムをつい読んでしまうような、そんな感覚。
 帯には「少女」について言及があったけど、どうしても老人らしさのほうを感じてしまった。でもそのことにちょっと安心もする。
 評論というよりエッセイだが、フェミっぽい部分も。フェミとかが必要な世の中を忘れたいが為のロリータをもフェミで語らなければならないのか。
 再読。ラストの、変わったと思ってもあなたは変わらないという呪いのような言葉にひどく安心する。
 かなり引き込まれつつも、アンネが優れていい子すぎてちょっとひいてしまう面も。訳のせいもあるのか完璧すぎる。
 よくも悪くもそこらの学生みたいな雰囲気……。やたら死体の本を持っていることを強調したり椎名林檎を黒いと言ったり、中二病であることは間違いない。
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