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なおきの本棚 (Naoki’s Bookshelf)
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〈情報〉帝国の興亡 ソフトパワーの五〇〇年史 (講談社現代新書)
玉木 俊明 / 講談社 (2016-08-18) / 821円22 users
読了:  2017年01月06日 星5つ
今日、企業にとってもビジネスパーソンにとっても「情報」は、収集すべき最重要課題です。しかし、本書で取り上げる「情報」とは、ITとかインターネットといった狭い範囲の「情報」ではありません。活版印刷から始まる広い意味での「情報」を扱います。「情報」を世界的視点・歴史的視点で俯瞰するには、本書のような本が欠かせません。

〈情報〉 帝国の興亡 ソフトパワーの五〇〇年史 | レビュー | 世界史を俯瞰し「情報」を理解する | シミルボン

<目次>
はじめに 世界史の中の情報革命
第一章 近代世界システムと情報
第二章 世界最初のヘゲモニー国家オランダ グーテンベルク革命の衝撃
第三章 繁栄するイギリス帝国と電信
第四章 アメリカのヘゲモニー なぜ栄えなぜ滅びたか
第五章 近代世界システムの崩壊 不安定な情報化社会
おわりに 中核なき時代
主要参考文献
あとがき

2016.08.21 新書巡回にて
2016.12.31 読書開始
2017.01.06 読了
ケネス・ポメラが著した『大分岐』(川北稔監訳、名古屋大学出版会、2015年。原著は2000年に出版)によれば、中国とヨーロッパは、似たような経済状況、つまりヨーロッパと中国の経済力にほとんど差はなかったが、1750年頃を境に、ヨーロッパだけが成長を遂げ、大きく分かれたという。ヨーロッパ、とくにイギリスは大西洋経済を開発することができ、さらに燃料源として石炭が利用できた。そのどちらも、中国には欠けていたために、ヨーロッパのような経済発展はできなかったというのである。 (P55)
情報伝達のシステムの変化は、アメリカ人の歴史家スティーヴン・トピックがいう「商品連鎖」の変容と大きな関係があったと考えられる。
一つの部門で経済活動に従事する人びとは、他の部門とどのような関係にあるのかは知らないけれども、原材料は、場合によってはかなり長い連鎖をたどって商品となり、最終的に消費者が購入する。トピックはこれを、「商品連鎖」と名づけた。
この商品連鎖が長くなれば長くなるほど、正確な情報の連鎖は欠かせない。これは、「情報連鎖」というべきものである。商品連鎖の拡大は、情報連鎖の拡大をもたらす。 (P66)
商品連鎖が適切に機能するためには、情報連鎖がじゅうぶんに機能しなければならない。正確な情報が提供されなければ、商品連鎖はストップする可能性もある。しかし近世の西欧では、価格表、商業新聞、商業書簡により、商業情報伝達が正確になっていった。 (P67)
1522年から1644年にかけて、西欧の書物生産量は約3750タイトルであり、同時代の中国に関するもっとも高い推計値のおよそ40倍も多かった。
西欧の一人あたりの出版点数は、清や日本のようなアジアの諸国と比較して、はるかに多かった。しかも、活版印刷術の改良により、書物の価格は安価になった。ようするに、西欧はアジアよりも大きく進んだ知識社会であったという。 (P71)
商人が手紙を出すときの規則を印刷したパンフレットなどが出版されたからである。商業書簡はマニュアル化された。そしてヨーロッパ商人は、ヨーロッパ外商人との取引でも、そのルールを押しつけることになったと考えられる。ゴアのヒンドゥー商人が、キリスト教のヨーロッパで精巧になった手紙の書き方の規則を吸収したことからも理解できよう。 (P76)
中近世のヨーロッパでは、数通の複製を作成するのは当たり前であり、そのうちの一通が届けばよいと考えられていた。場合によっては、複製が先に来て、オリジナルがあとで届くこともあった。情報が、当人に届くという補償は、どこにもなかったのである。 (P78)
ポルトガルの植民地のいくつかがオランダやイギリスに奪われたのちも、18世紀末に至るまで、ポルトガル語は、アジアでもっとも頻繁に話されたヨーロッパの言語であった。 (P85)
イギリスは世界の電信の大半を敷設した。電信により、世界の多くの商業情報はイギリス製の電信を伝って流れた。 (P85)
歴史学研究において、情報が果たした役割は過小評価されているといって間違いあるまい。情報が正確に伝わらなければ、戦争で勝利を得ることもできなければ、商売で儲けることもできない。情報は、むしろゆがめて伝えられるのがふつうである。 (P94)
商業史の観点からは、正確な商業情報の入手こそが重要であった。換言すれば、商人や実業家は、より正確な情報を求めて行動する。それが、確実に儲けにつながるからである(中略)
商業を営むうえでのリスクが少ない社会が、近世のヨーロッパで誕生したのである。 (P94)
帆船から蒸気船への移行は、19世紀のうちに徐々に起こったと思われるかもしれない。しかし実際には、それは1850年代に突然起こった。 (P114)
引用コメント ブラジルーイギリス間の情報伝達日数
1850年 帆船 51.9日間
1851年 蒸気船 29.7日
1872年 蒸気船 22日
1875年 電信 1日
1903年には、イギリス王エドワード七世とアメリカ大統領セオドア・ルーズヴェルトが挨拶を交わすことで、イギリスーアメリカ間の無線電信が開始された。 (P117)
ロイターは、1851年には、ロンドンの証券取引所の近くに電信事務所を開設した。 (P119)
驚くべきは、イギリスの貿易収支が黒字であったことは1710~1900年において、ほとんどなかったことである。 (P120)
引用コメント 1700年  -0.13  0.50  0.00  0.57  1.07
1750年   0.48  1.50  0.23  1.13  2.86
1800年  -10.24  5.20  0.73  2.92  8.85
1850年  -23.20 14.20  4.70  9.30  28.20
1900年 -178.60 68.50 17.50 35.10 121.10
左から貿易収支、海運業からの純収入、保険など、貿易による利益、サービスによる収入
原出典:Elize S. Brezis, "Economic History Review, Vo.48.No.1 1995,p49
イギリスをヘゲモニー国家たらしめたのは、工業製品の輸出ではなく、貿易外収支であった。 (P121)
イギリスが金本位制を採用したのは、1703年にポルトガルと結んだメシュエン条約の結果、ブラジルの金がイギリスに流入したからである。
イギリスは帝国かしたからこそ金本位制を採用でき、電信を発明したからこそ世界金融の中心となり、ヘゲモニーを握ったのである。 (P125)
第二次世界大戦後はアメリカの金保有額が圧倒的に多く、そのアメリカを中心とする金本位制が構築された。ロンドンが世界金融の中心でなくなった以上、イギリスのヘゲモニーの支柱が崩壊し、イギリスのヘゲモニー回復は不可能になってしまった。 (P127)
引用コメント 第一次世界大戦 金本位制ストップ
1925年 金本位制に復帰
1931年 金本位制ストップ
アメリカがヘゲモニー国家になったのは、「国際機関の見える手」と世界一数の多い多国籍企業の存在、アメリカの軍隊の世界への進出(見えざる帝国)、そしてアメリカの文化といソフトパワーー電話などーの知からが大きかった。 (P130)
   アメリカ ヨーロッパ 他
1880  47900  1900    0
1890  227000 177000  31500
1895 1355000 800000 100000
電話線の総延長キロ数
原出典:Anton H. Huurdeman, The Worldwide History of Tele-communications, Hoboken, 2003, p.181 (P144)
ベルとその後継者たちが、現代の衝撃的建築物 すなわち摩天楼の父であると言うと、荒唐無稽に聞こえるであろうか。 (P145)
1920年代には、エリートから(南部以外の)中流の人びとまでが自宅に電話を設置するようになった。所得水準が低い都市居住者は、ドラッグストア、バー、隣家の電話を使った。 (P147)
AT&Tの事業は、1921年にはキューバに、1927年にはイギリスに、1934年には日本にまで到達した。北米における会話では電線を使い、海をまたぐ交信は無線電話で行われるようになった。
世界の国際電話の多くは、AT&Tによって請け負われた。電信の発達の中心がイギリスだったのに対し、電話の場合は明らかにアメリカであった。 (P149)
電話の交換手は、女性が社会進出するための数少ない職業の一つであった。アメリカが電話の先進国であったよういに、電話交換手という分野における女性の進出も、他に先駆けた。 (P150)
電話は、活版印刷術、電信とは異なり、きわめて簡単に家庭生活で使われた。そのため日常生活を大きく変えることになった。さらに音声での情報伝達は、活字では困難な感情の伝達を容易にした。 (P151)
「現時に於ける文明各国の国内通信を見るに電話通信は総通信数の平均95パーセントを占める状態にあるのであって」とあり、電話の発達状態がうかがえる。 (P152)
1932年の時点で、アメリカの電話台数は、世界全体の約56%を占めている。それに対し、ドイツは約9%、イギリスは約6%であり、圧倒的にアメリカの比率が高い。しかも、アメリカはすべてを私企業が敷設したのに対し、ドイツとイギリスは、政府による敷設であった。 (P152)
1894年になると、(アメリカは)工業生産は世界一になった。 (P153)
電話がアメリカの家庭で頻繁に使われた以上、活版印刷術、電信よりはるかに生活面の営業は大きかった。
電話は、アメリカに「生活革命」を生じさせたといってよかろう。 (P154)
ブレトン・ウッズ会議は、このシステムを築き上げるための会議であった。そして、その中心となった機関は、IMFと世界銀行であった。 (P158)
情報の流通と国家の関係は、近代世界システムを見ていくうえで重要なことである。 (P170)
引用コメント オランダ:非中央集権国家 商業情報。商業コストの低下
イギリス:電信、鉄道、海運業、保険業、商業活動の規範
アメリカ:電話、多国籍企業、国際機関
インターネットがもたらす「過剰結合」ともいうべき現象 (P174)
引用コメント 『つながりすぎた世界』
人びとは、文字と音声という二つのコミュニケーション手段を同時に手にすることになった。そして携帯電話は、本来はソフトパワーであるものの、ハードパワーを動かす可能性さえ秘めたものになったのである。 (P178)
  チュニジア エジプト リビア イエメン
2000  1.25  2.06  0.77  0.18
2005  56.52  18.99  35.75  11.31
2010 104.54  90.50 180.45  48.70
2014 128.49 114.31 161.12  68.49
100人あたりの携帯電話普及率 (P185)
19世紀から20世紀の世界で見られた第一次産品の共有地域を工業地域が搾取するとい形式ではなく、一般の消費者が、デジタルメディアの使用を通じて、一般の労働者が収奪するという新しいシステムが誕生した。 (P199)
近代世界システムでは、「未開拓の土地」ないし新しいマーケットがあるかぎり経済成長ができたし、人材を育てる余力があった。しかしもはや「未開拓の土地」がなくなった世界においては、人材を育てる余裕がない。労働者が手にするはずの賃金は、飽くなき利潤追求によって減少しつつある。 (P202)
近代世界システムの国際分業体制における支配=収奪関係では、おもに中核国が周辺地域を収奪した。そこには、中心となる国が存在した。しかしデジタルメディアによる支配=収奪関係には、中心は存在せず、誰もが、意図せず、そして知らぬ間に、誰かを支配=収奪しているかもしれない。 (P203)

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