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ステファノ・フォン・ロー
三修社 (2008-10-30) 定価:1,470円 / Amazon価格:1,470円 ISBN:9784384055146 「どうしましょうか? 訴えますか?それとも訴えませんか? あなたからOKがあれば、訴えますよ」 というつもりが 「どうしましょうか? 歌えますか?それとも歌えませんか? あなたカラオケがあれば、歌えますよ」 と、なってしまったり。(笑)
植松 努
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2009-11-05) 定価:1,365円 / Amazon価格:1,365円 ISBN:9784887597525 神は生きとし生けるものすべての原点で、多種多様なるものの大本だ。 われわれ人間はその神の分霊(わけみたま)であり、 地上における神の受け皿だと自覚したとき、、 違った価値観の人をも受け入れられる自分に変わっていくのだ。 (P.40) ======================== 生きている間に、どれだけの人を幸せにできただろうか? どれだけの人に希望や生きる力を与えることができただろうか? 生きている間に出会ったまわりの人々・・ 親を初めとして、夫や妻、兄弟、わが子、友人、仲間たちを、 どれだけ楽しくさせてあげられただろうか? どれだけ人を思いやることができただろうかと自省し、行動する。 そんな行き方を『ナガタ』『ナガサキ』という。 今でもよく『何か私にできることがあったら、どうぞおっしゃってください』と口にするし、 『あなたのお幸せを心よりお祈りします』とも言うが、 われわれの中には、そういったナガタ、ナガサキの精神が、 知らず知らずのうちに受け継がれているのじゃ。 その結果、和を文化の中心に据えた世の中が生まれてきたんじゃ (P.71) ======================= 人間はいつの間にか、他人の幸せを奪ってでも自分さえ良ければ 幸せなんだと勘違いしてしまった。でも魂は自分だけ良くても、 幸せには感じない。 なぜなら、わしたちは神だからなのじゃ。他の人を幸せにしてあげて、 ありがとうと感謝され、みんなが幸せになる姿を見て 幸せを感じるようになっているんじゃ。 だから人間は自分が神であることを忘れてはいかん。(P.72) ======================= 人は生まれたとき、泣いても喚いてもどうすることもできない使命を、 すでに背負っているんだね。 だからそのことを受け入れ、使命成就に向かって、 身命を賭して頑張るだけだ。 人と自分を見比べて、うらんだり、悲しんだりするのではなく、 自分のことは自分でキチッとやるよ(P.149) ======================= やっと気づいたよ。人はみんな神なんだって。 神が人という衣を着て地上に現れ、 それぞれに与えられている境遇で道を立てるのが人生なんだ。 日本では古来、われわれを霊止(ひと)と呼んできたが、 それはわれわれの本質は神の分霊(わけみたま)であって、 肉体はその入れ物でしかないと直感していたからなんだ。 だから与えられている境遇に不満をいうのではなく、 その状況の中で立派に道を開き、人としての証を立てる・・・ これが人生なのだ。(P.268) ========================== 21世紀の新三種の神器 「太陽電池」「電気自動車」「省エネ家電」(P.5) ========================== 「学習曲線」 生産量を10倍にすれば、モノの価格は半分になる(P.39) ========================== 太陽電池の効果は、「地球の地方面積の1.5%に」、太陽電池パネルを 貼れば、世界中の70億人が「アメリカ人と同じくらいの裕福なエネルギーを 使えるようになる」というものです。(P.49) ========================== クルマはエンジンから力を得て走るか、モーターから力を得て走るかの、 2種類しかありません。(P.84) ========================== 古い技術が新しい技術に変化するのはわずか7年(P.156) マニュアル→オートマ(7年) レコード→CD(1990-1997) 固定電話→携帯電話(1995-2001) フィルムカメラ→デジカメ(2000-2005) ========================== 日本神話は戦後教育からは全く抹殺された内容で 厚くベールに包まれ、すっかり敷居が高くなってしまった。 50才近い私でさえ、実はチンプンカンプン。 若い方は尚更だろう。 本書も読む前は非常に恐れていた。 読みにくい漢字が次々出てきて、 とっつきにくいのではないか、と。 しかし、数ページ読んでそれが杞憂だと分かった。 二千年近く前の話とは思えないほど、 わかりやすく、現代風にアレンジしてあり、 見事にその世界に入り込んでいけた。 著者の神渡氏が如何に深く理解しているかが よく分かる。 我々日本人の中に流れる「何か」を 感じるとることのできる一冊。 なぜか懐かしい気持ちになれる。 作ったが、大コケしたというのはよく聞く話。 本作もそのパターンを秘かに恐れた。 ・・・・ が、 しかし、 全く杞憂に終わった。(^o^) 前作同様、見事にはまった。 号泣。(T.T) 私が涙もろいのもありますが・・・(^_^;) 続編がこれほど愉しめる作品も珍しい。 「涙」「笑い」「郷愁」「人情」 およそ日本人の感性のツボをすべてしっかりおさえて、 一級のエンターテンメントに仕上げている。 クライマックスシーンは、 水戸黄門の印籠と同じくらいミエミエだが、 彼女が戻ってきてくれると手を叩いて喜んでいる 自分がいた。σ(^◇^;) 我ながら単純明快。 主役でないにしても、「容疑者Xの献身」同様、 堤真一が本作品でもいい味を出している。 どんな役でも完璧に演じきる。 本当にウマイ。イイ役者だ!! 一年に一回は見て、温かい気持ちを取り戻したい。 日本人は「自己否定」が強すぎる傾向があるから もう少し「自己肯定」してバランスとった方がいいだろう。 その意味で本書はこれまでだれも決して教えてくれなかった 内容の「肯定要素」をたくさん提供してくれる。 日本人に生まれて幸せだ~~、 と心の底から思える本。 そう思いたい人だけ読めばよい。 疲れ切った彼が、ふとした弾みで「時空のゆがみ(!?)」に 迷い込み、12歳の時に他界した両親(片岡鶴太郎・秋吉久美子)に再会する。 当時の姿のまま(つまり今の彼よりももっと若い姿)で現れ、 ごく自然に息子として受け入れ、一緒にキャッチボールしたり 花札したりして、家族団欒を味わう。 その温かな時間によって、精神は徐々に癒されていくが、 不自然な形での邂逅故、肉体はどんどんやつれ、蝕まれていく。 そのあたり、翌日のできごとを予知できる代わりに、 1回読むと100日ずつ命が縮む「恐怖新聞」の鬼形礼を彷彿させる。 周囲の反対と己自身の恐怖もあり、ついに両親との別離を決意する。 クライマックスは別れの「すき焼き屋」のシーン。 お互い最後の時がすぐそこまで来ていることをを知っている。 「おれたちがいないのに、よくここまでやってきたな」 「あんたのこと、自慢に思ってるよ」 そういって二人は消える。完全に。 さり気ない二人の言葉に自分が深く愛されていたことを実感する。 そして主人公は再び立ち上がり、歩き出すことを決意する。 ・・・ というようなストーリー。 すき焼き屋のシーンは涙無しでは見られない。 一緒に見ていた嫁とともに号泣。(T.T) 無条件の親の愛。 愛おしい家族団欒。 70年代の懐かしい街並み。 曲がりなりにも自分が人の子の親となり、 親と子の両方の気持ちを理解できる、 我々くらいのアラフォー世代には胸に応える作品だろう。 |
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