
さても愚かさの見本市。自己の世界の肥大。世間というものの実体。社会と、世界と。◯か×かの二項対立。
いずれも日々、マスコミに煽られ、騙られているし、そのように騒ぎ立てなくとも、多くの口に戸を立てないインターネットの世界で望見される。
物書きというのは、現実を投影させずにはいられない。ことに、彼のような観察眼とバランス感覚をもったものは。ただ、小説家であるがゆえに、評論の類いではなく物語の中に著す。いさぎいい。
京極堂、関口に曰く「小説如きに己の主義主張や不特定多数に向けたメッセージをな籠めるなんて行為は、海の水に食塩を入れて塩辛さを変えるようなもので、無意味この上ない馬鹿げた行為なんだ。」の割には。
それが、今回はずいぶんストレートに現れていた気がする。同じような印象は、近年では畠中恵著の『しゃばけ』シリーズで感じた。例えば「ねこのばば」例えば「こわい」など。結構の全く違った作品なれど、その印象はとても似通っている。
それにつけても、その結末が好きの嫌いの、泣いた泣かないでは、あまりに大鷹が浮かばれないなあ。読中はあまりの愚かさの描写に舌を巻いたものだが、読後時間が経つにつれ、どんどん哀れさが増した。
京極堂の「騙り」は「語り」で行われるわけだから、環境に因って世界を作り上げた西田の憑物は落とせても、最初から「その世界」に居る江藤や大鷹は落としようがない。救われない。
また、今回は、あまり妖怪との関連、具体的なこじつけが深くないぶん、ミステリーらしい仕立てとなっているのではないだろうか。
しかし、関口の成長ぶりには目を瞠った。いや、成長と言うか、相変わらずの朦朧ぶりを発揮しているのだが。関口ばかりではない。益田や青木、山下にすら。すっかり、この世界に定着した人物の成長も描いてる。個人的には、これ以上「キャラクター小説」化してしまうのには危惧を抱くのだけれど。
京極堂のツンデレぶりも、序盤の関口への説教を初めとして、ますます濃く、さらに『陰摩羅鬼の瑕』の時にも感じたのだが、もっとも効果的な時間に舞台に登場するシアトリカルな登場シインには「いよっ、待ってました」と声をかけたくなるほど。その主役としての愛されぶり、というか自己愛ぶりは、思わず笑みが零れるほどキマッテいる。
そして最後の見せ場はもちろん榎木津礼二郎。かっこよすぎるだろう。
さて結局、物語冒頭の独白は、本当は誰のものなんだろう。
咥え煙草で 海を見ていたら 胸の底が抜けて 砂に帰ってった
人でも掠ってみようか 白けた街の果てに
虹の葬列の 後を追ってたら 割れた遺影の中 俺が笑ってた
誰かを呪ってみようか 道化た唄を歌い
汗を拭いながら 家路辿ってたら 死んだ妹が 石を積んでいた
子供を騙してみようか 馬鹿げた恋のように
そして浮かぶ 心の空に 真っ黒の太陽 やがて沈む 無常の空に 真っ黒の太陽
(『黒い太陽』人間椅子)
各章、冒頭の一文。
「内容紹介」で惹句として列記されてもいる死について、いや、生の遣り取りについての一文。面白そうなので、しつこく抜き書きしてみる。
1 殺してやろう、と思った。
2 亡くなったーー。
3 死んでいる。
4 死にそうだ馬鹿野郎ーー。
5 死のうかなーーと思った。
6 殺したよ、と男は云った。
7 殺される訳じゃあるまいにーー。
8 殺す以外にないーー。
9 死因についてはーー。
10 死んじまっちゃアお終いだねえと云う女将さんの声が聞こえる。
11 殺されたことは間違いないのだね、と関口が捉えどころのない口調で云った。
12 殺されて仕舞いましたーー。
13 殺人事件は専門外だよと中禅寺は云った。
14 殺害されたーー。
15 殺せないだろうと関口が云った。
16 殺人。
17 殺されたみたいですよと斉藤が云った。
18 死んだ。
19 人殺しですかと益田が問うと、人殺しさねと老婆は答えた。
20 殺したんだよと男は云った。
21 殺害された赤木大輔に関する東京警視庁小松川署からの報告は以上ですーーと、青木は結んだ。
22 死んでいた。
23 殺人ですよ殺人と云い乍ら、益田は仮眠室の戸を開けた。
24 殺してしまったーーか。
25 殺す気なのか私をーーと、山下警部補は云った。
26 殺した。
27 死んだのか。
28 死が凝縮された雫ーー。