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井出草平のバインダー
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カテゴリ 読書 購入 所有 お気に入り 1 - 10件目 / 244件
プラグマティズム (岩波文庫)
W. ジェイムズ / 岩波書店 (1957-05-25) / 972円95 users
購入:  2015年11月24日 907円
読了:  2015年11月24日 星3つ
言わんとしていることは理解できるが、それが大変価値のあることだと認識するに至らず。

パースの引用から
およそ一つの思想の意義を明らかにするには、その思想がいかなる行為を生み出すに適しているかを決定しさえすればよい。その行為こそわれわれにとってはその思想の唯一の意義である。すべてわれわれの思想の差異なるものは、たとえどれほど微妙なものであっても、根本的には、実際上の違いとなってあらわれないほど微妙なものは一つもないということは確かに事実である。

こでこれまで述べたところから考えてみると、プラグマティックな方法なるものは、なんら特殊な結果なのではなく、定位の態度であるに過ぎない。すなわち最初のもの、原理、範疇、仮想的必然性から顔をそむけて、最後のもの、結実、帰結、事実に向かおうとする態度なのである。


この引用でだいたいこの本の主張は理解できる。プラグマティズムは実践的営為少し違うかもしれないが、マルクスが社会主義と共産主義の違いはその運動にコミットする否かと言っていたように、このように流動性の中に思想の中核を据えるというのは何かの流行なのではないかと勘ぐってしまう。

上に書いたことをすべて無視して一言でまとめるならプラグマティズムは合理論をさかさまにしたコロンブス卵だというアピールの本だと表現はどうだろうか。批判はされそうだけども、合理論抜きにプラグマティズムの同定はできないのは事実だろう。
思春期挫折症候群―現代の国民病 (1983年)
稲村 博 / 新曜社 (1983-02) / 1,620円1 users
カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 古書 登録日:2015年11月20日 16時14分16秒 2015/11/20
所有 読了:  2015年11月20日 星5つ
ひきこもりや不登校の古典的文献。

思春期挫折症候群という名のごとく思春期に多様な状態で挫折(うまくいっていたことがうまくいかなくなる)ことであって、挫折が原因であることもあれば、精神症候が先に現れていることもある。

精神症候学の立場から言うと、この本で描かれていることは、思春期になって学校に行かない、食べ吐きをする、過度な不安を持つ、強迫行動を持つことなどで、これらは各診断名が対応しているため、新しい症候群概念を作る必要が感じられない。正しく言えば、独立した症候群や精神疾患であると主張する要件がそろっていない(Robins & Guze 1970)。思春期や青年期前期にはさまざまな精神症状が出ることが多く、それは取り立てて珍しいことでもない。本書は新しい症候群を提案しているとのことだが、これは評価することができない。

ただ、臨床面では非常に有意義な本であることはまちがいない。1970年代から本書の上げるような症例は病院で増え始めた、つまり生活場面での解決ができずに、臨床場面に現れるようになったのは事実であろうし、介入が必要とされるようになったことも間違いない。現代でもその状況は変わりなく続いている。

この本で治療のオプションの一つとして奨励されている入院治療も見直されるべきである。精神科の病棟へ入院することは一般的には忌避されている。言い方は悪いが「気がふれた」「狂った」ような人たちが精神科の病棟には収容されていると想像されているからだろう。

無理解というだけではなく、ここには精神疾患に対する差別的なまなざしがみてとれる。

そういった時代背景をもとに稲村に対しては人権侵害であるというような批判がされた。90年代を中心に、テレビをはじめとしたメディアでも稲村批判が行われたし、それを支持した人も多かった。

そこには子どもたちを気が狂った人の収容されているようなところへ入れるのは許されないという考えがあった。子どもたちの人権を守るというお題目は一見まっとうだが、背後には精神疾患への差別的な意識が見え隠れしている。精神医学の現場を知らないということでは済まさない、疾患への侮蔑があったことは忘れるべきではない。

実際の精神医学による介入では、入院とは気がふれることも意味しないし、重症であることも意味しない。入院という環境の変化、生活場所の変更によって回復が期待できる治療のオプションなのだ。

自宅にひきこもる本人の意思を尊重するというお題目の下「なにもしないこと」が支援としてまかり通っているのが現状である。結果として1年、3年、10年と時が無駄に過ぎ、もはや社会生活も送ることができない「かつての」子どもたちが多く生み出された。

稲村が示した治療・介入法は改めて見直されるべきである。本書は洗練された精神医学・精神分析的な記述で構成されているわけではないが、学ぶところは非常に大きい。
母に心を引き裂かれて―娘を苦しめる“境界性人格障害”の母親
購入:  2015年10月25日 2,700円 所有
読了:  2015年10月25日 星2つ
世の中では毒親本と言われているものの一つだそうだ。
境界性パーソナリティ障害(BPD)が母になった場合には子育てや家庭に強力なダメージを与えるという内容。科学的にBPDの診断がされている母親の虐待率は出されていないが、その性質を考えれば非常に高いと思われる。

この本にはいくつかの問題がある。
リンカーンの妻といった18世紀の人間から現代までのBPD的なものを合わせて議論としているところだ。実際には、かつて境界例と言われたものと、BPDはかなり違う。かつての境界例は精神病性症状(精神病性障害ではない)が伴っていたり、現代のBPDと比較してかなり深い病理であったはずだ。

現在のパーソナリティ障害を議論するときに、一つの基準点になるのはDSMに掲載されているパーソナリティ障害の類型論である。この本で寓話を使ってBPDをタイプ分けしているが、このタイプ分けは他のパーソナリティ障害の併存と考えられる。

自己愛性、強迫性、回避性、演技性などさまざまな併存が見受けられた。さまざまなパーソナリティ傾向をBPDだと解釈するのは理解という点でも、診断学的にも、治療においても有用ではない。

例えば、人づきあいで愛想が良く、自身の能力を高くみせるのはBPDだとしているが古典的ヒステリーである。すべてのドアに鍵がかかっていることを何度も何度も確かめるのは、おそらく強迫性障害あり、強迫スペクトラムや強迫性パーソナリティ障害と言う方が妥当である。

境界性パーソナリティ障害がカーンバーグの境界性パーソナリティ構造(BPI)だと捉えれはさほど間違いだとも言えないかもしれない。

ただ、それにしてもパーソナリティの記述は分析的(精神分析にあらず)とはいいがたい。賢明な精神分析家はもっと整理して、説得的なパーソナリティの記述を行うものである。
いじめとは何か―教室の問題、社会の問題 (中公新書)
森田 洋司 / 中央公論新社 (2010-07-01) / 799円40 users
購入:  2015年06月19日 799円 所有
読了:  2015年06月19日 星4つ
4層論で有名な森田洋司。世界的な研究数タイルは加害と被害を計測するのが一般的なので、日本では4層論がある程度影響力があるのは不思議な状態である。
森田さんと大きくことかる見解がいくつかあ。いじめはどこにでも誰にでも起こる現象だとされているが、計量研究をすると属性項目が強く効く。おそらくある特定の地域やクラスでいじめが起こっているという見解が正しい。
第2に4層論はいじめを見て見ぬふりをしている人、はやし立てる人を仮定する。この相互行為はおそらくあるのだろあろうが計量で計測することはできない。できないわけでは担いだろうが、世界的傾向としては。加害者と被害者の2つのアクターに着目がさせれる。
森田さんは計量のパースペークティブとは違ったものを持っ人だな思っていたが、本書の後半で時代の変動などが出てきたこちによってだいたいの謎が解けた感じだ。
こころの治療薬ハンドブック 第7版
購入:  2015年06月19日 2,808円 所有
読中:  星5つ
ときどき役立つ本。今回は抗パ薬を調べる目為に使用した。前から言っているけども、右ページの治療例というが、薬と非常にマッチング(この薬の代表的な使い方)が載っていて、何回か読むと意外な発見がある。
社会不安障害―社交恐怖の病理を解く (ちくま新書)
田島 治 / 筑摩書房 (2008-06) / - 28 users
カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 心理学 登録日:2015年06月19日 03時30分14秒 2015/06/19
購入:  2015年06月19日 734円 所有
読了:  2015年06月19日 星5つ
社交不安障害の概説本。知り合いの関係で読んでみた。新書で精神疾患名を冠した本の中で最もまともな本ではないかと思った。現在、絶版であるが古本で手に入れても読むに価値があるあると思う。
「いじめ自殺」の社会学―「いじめ問題」を脱構築する (SEKAISHISO SEMINAR)
北澤 毅 / 世界思想社 (2015-03-01) / 2,592円6 users
購入:  2015年06月19日 2,592円 所有
読了:  2015年06月19日 星5つ
構築主義的立場からのいじめ研究。
じめがいじめによって「自殺」をしてもよいのだという言説に変貌したことによって、いじめ自殺ず絶えなくなった。いじめと自殺を切り分けること、つまりいじめられても死ぬような体験ではないという、対抗ワクチンを打ち込むことによっていじめ自殺は防がれるのではないかという趣旨の本。教育系や臨床心理系り人たちには誤解されがちな社会学研究のような気がする。
この主張はさておき、本全体での分析は非常に優れており、いじめ研究をするのであれば、一読は必須である。
いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)
内藤 朝雄 / 講談社 (2009-03-19) / 864円178 users
カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 教育学 登録日:2015年06月19日 03時17分20秒 2015/06/19
購入:  2015年06月19日 864円 所有
読了:  2015年06月19日 星3つ
いじめのソリューションとしてバウチャー制度とクラス制度の解体を提唱している。たしかに内藤のような提案が実現すれば、いじめはなくならないまでもかになり減少するはずである。
ただ、問題となるのは、その解決策が実現可能性があるだろうかという点である。あまり現実味のない場合には、溜飲を下げることにはなっても、本気で社会を変える「意図」を感じられないというのが正直なところ。
いじめ研究者や当事者にとってはやってみてみいい提案かもしれないが、大多数の無関係な人間に「いじめ」のためにクラス制度を解体したいと提案してもおそらく聞き入れてもらえないだろう。
バウチャーに関してはアメリカでパブリック・チャーターと同時期に盛んに議論されていた。アメリカの私学のほとんどは宗教団体が経営母体であり、バウチャー制度は教育費を宗教団体に寄付する行為にあたるという批判があった。
日本でももちろん宗教団体がバックにある私立大学があり、アメリカで起こったことは起こりうるだろう。
アメリカではバウチャーだけではなく、公設民営のチャーター・スクールもあり、親や子供がどの学校に行きたいかという選択肢は広かったし、現代日本では受験校の制限をなくする今年などでも対応可能かもしれない。
クラス制度の解体にしても単位制度の学校ができており、あるていどは学生側に裁量がわたっている。
そのあたりで手を打つべきだろうと思われる。
あと、問題なのは閉鎖的な学校の中で非常に生き生きとしていて、自由な大学に行って無気力、ひきこもりになる学生もするということである。
教育の大綱を考えるときに「いじめ」の周辺だけ見るという視点には限界があり、様々な生徒にとってどのような作用があるのかということしを検討してみるべきだと思った。
抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって
所有 読了:  2015年06月19日 星5つ
フォルス・メモリーについての本。一般向け書かれていて、難しい言葉は出てこない。比較的読みやすい本だといえる。ただ、一つ一つのエピソードが長すぎる。100-200ページくらいで言いたいことは伝わっている内容でる。
たしかな長いとフォルス・メモリーを植え付けられた人が親などを虐待で訴えることなどによって家族が崩壊していく様がリアリティを持って感じられる。
ロフタスの研究にはジュディス・ハーマンが批判していたことがおそらく非常に重要。
社会学出身であるためか、家族原因論には非常に懐疑的である。心理学や力動が家族が原因としている多くの現象にエビデンスがほとんどないことが10年来の不思議なこととして持ち越されている。だから社会学と臨床心理学(力動)は本質的にうまくいかないのだろうと思いす。
記憶と治療を考えてみたときに、記憶は改ざんされるものだという意識がないとサイコセラピーは行うことができない。過去のつらい記憶を書き換え、許容できるものにすることこそが治療であるからだ。
そういう意味で、ロフタスと社会構成主義は非常に重要な研究であることは言うまでもない。ロフタスを読んでいない、批判する臨床職にあるものは事態をあまり了解できていないとおそらく考えてもよい。
こころの科学 170 特別企画:いじめ再考
青木省三 , 宮岡等 , 滝川一広 / 日本評論社 (2013-06-25) / 1,337円3 users
カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 登録日:2015年06月19日 02時50分59秒 2015/06/19
購入:  2015年06月19日 1,337円 所有
読了:  2015年06月19日 星3つ
こころの科学「いじめ」の再特集。特に勉強になったところはなかった。各執筆者のありがたい金言集のようなつくりである。エビデンス・ベースドな論考がないというのはゆゆしき事態である。

加納寛子「即レス症候群とネットいじめ」が目新しいがLINE普及以降、即レスという言葉は若年から消え去っている。
現在の大学生に聞いても「即レス」という言葉も知らないし、すぐに返さなくてはならないというルールもないとてう答えが返ってくる。
即レスを社会問題化するのはもう時代遅れではないかと思うのだ。もちろん、即レスを求める人は存在するのだろうが、社会現象とは言えなくなっている。
では、即レスができなかったときというのはどうなるかというと、LINEを見ていななかった時のグループの会話には入ることができなかったという感じ。祭りがあったら、そこに参加できなかったという感じになる。
LINEはウェブ空間でのいじめを緩和していると僕には感じられる。

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