ADD的気質を持つ人のpositiveな面を生かすには・・・やっぱり大変なんです
ADD的気質を持つ人のポジティブな側面を生かすには、あれこれこまごまと自分でやらなくてはいけない個人事業主よりは、会社員が一番。しかも、自分の才能を客観的に知り、それを開花させることの出来る職場で自由な裁量を手に入れよ。現在の仕事をこなしながら、自分の適性を見極めることを考え、安易に転職を繰り返すべきではない、と説く。
まぁ、たしかに、というところもあるのだが、やはり、現代の日本の企業で「やりたいこと」にとことんのめり込めるような環境を求めるのは、現実的には難しく、それ以前に変わり者として潰されてしまうか、仕事そのものに飽きて苦痛になってしまう可能性の方が遙かに高いのではないか。それはまた、ADDである筆者の多彩な転職歴が物語っているようにも思われる。
天才的?異質?ADD的気質を持つ人の際立つ資質
歴史的に残る傑物の中には、ADDと思われる人が多かった、とある。しかし、多くのADDは、紆余曲折の人生の中でその天才的な(というか異質な)資質を開花させ、歴史に名を残した、といった方が現実に近い場合が多い。現に、多くのADDであったとされる偉人たちの人生の多くが苦悩と挫折にまみれていることが知られており、ましてや、本人らが自分の人生を振り返って「幸せだった」かどうかは、微妙なところである。
とりわけ、この現代の日本社会(とくにサラリーマン社会)にあって、ADDはその大半の人たちにとってハンディキャップにしかなり得ない、死にものぐるいでマイナス面を克服してやっと人並み以下。周囲からは、空気の読めない「変なやつ」とみなされるのが、残酷なようだが事実だと思う。
本書に見られるごく一部の例外の天才性(異質性)にスポットを当てれ、ADDに与えられたポジティブな側面を強調するという類著に視られる手法に若干違和感を覚える。
がこの社会で生き抜くためには
しかし、本書の後半では、ADD的気質が非ADD気質に満ちあふれた日本社会で、ADDかその才能を開花させるその日まで、なんとか生き延びてゆく、そのための現代的なサバイバルツールが取り上げられている。これが、冒頭に記した「ビジネス書」たる所以。ADDについて取り上げられた本の中ではADD児の育児ついて書かれた本は多くお目にかかるが、ビジネス書となると自分の知りうる限り異色であり、有益である。
ADDとして診断されていなくても筆者の言うようなADD的気質の人間は多い。自分がADD的な気質を持っている、と思う人にとって得るものは多いと思う。
余談だが、幕の内弁当の様にバラエティに富んだ内容がいかにもADDの書いた本、という感じがしておもしろい。
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