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野本 陽代
/ 幻冬舎
(2011-11-29) /
819円
/ ISBN:9784344982390
この宇宙の93%はなんだか分からない物質でできている---たとえば100年前、100年後の人類がそんなに無知で居続けることなんていった誰が想像したことだろう。科学とは追求すればするほど人類の無知をさらけだしていくのだ。でも考えたらそれは科学だけの話でもなく、なんだってそうなのかもしれない。たとえば本を読めば読むほど、いかに自分が何も知らなかったか、今でも何もわかってないのかを自覚していくばかりだ。 人類はそうやってますます宇宙の奥へ奥へとその興味を広げていくのだろう。”暇と退屈”をやっつけるには最高なのだから。
朝日新聞特別報道部
/ 学研パブリッシング
(2012-02-28) /
1,300円
/ ISBN:9784054052345
「被災した民衆」にスタンスをおいた報道、という感触を受けた。毎日のようにどこかで繰り返されている「何が真実なのか」という議論はとりあえず棚の上に置いておいて、そんな状況に置かれた人々の戸惑いや慟哭、絶望感などを丁寧に拾っていく。読者は記者とともにそんな彼らの証言に狼狽えながら、何かがおかしい、と気づかされ続ける、という構成になっているとおもう。 冷静に振り返り、批判すべきことをきちんと提示することはメディアの重要な仕事だ。だがもっと重要なのはそんな情報に触れた後で、では自分だったらどうすべきだったのだろう、今どうすべきなのか、これは去年原子力ムラで起こった問題だが、もしかしたら自分の働く業界で同じような問題が発生する可能性について考えること・・・なのだと思う。 それこそが次のプロメテウスの罠から逃れる唯一の術に違いない。 ルサンチマンを得るための「読みもの」で終わらせてはいけないと感じた。明らかに事故は現在進行形だろうし、次の事故は未来進行形で確実にいつかやってくる(津波や原発とは限らない)。ここで描かれる世界を脳内に蓄えておくことはとても重要なのだと思った。
今西憲之
, 週刊朝日取材班
/ 朝日新聞出版
(2012-03-26) /
1,260円
/ ISBN:9784023310742
だが最後まで読み進めるうち、いややはり陰謀などはなかったのかもしれない、それどころか(残念なことに)陰謀をめぐらす余裕すらないグダグダな醜態が官邸でも現地でも東電本店でも続いていたのだ、ということに気づく。もっともその醜態を何とか埋め合わせようとして陰謀的な行動が始まったことはたしかにそうだろうが、だけど一時期ネット裏を賑わせたような「政府は日本人を故意に被曝させようとしている」的な、ある方面からはオイシくみえるような陰謀など、どこにも無かったことがわかる。 お国の上層部やエリートたちに過度な期待を持ちすぎるとそれが反転して陰謀論を生むのだろう。この本に描かれるグダグダな世界はその双方を打ち消してくれるに十分な迫力を持っていた。僕ら日本国民は戦前から続いている「国」(オカミと書いたほうが正確かもしれない)に対する盲目的な幻想からそろそろ脱却しなければならないのだと思う。オカミを信用したり、逆にひたすら批判したりして何かが済むような状況はもうとっくの昔に終わっていたに違いない。 1年前に3.11は起こった。だが今でも現場は「収束」などとは程遠い修羅場が続いているようでありけっして終わってはいない。それにもまして地震は続いており、原発は再稼働されようとしている。その意味でこの本は単なる「終わった出来事の裏事情」を知る書ではなく、これから起こりうることに準備を始めるための一つの貴重な情報であると思う。 もっとも現場の感覚=すべて真実、というわけでもない。自分の仕事などを振り返ってみるとそうなのだが、現実にまみれた現場ほど陰謀論を生みやすいこともまたひとつの事実だ。この最高幹部の言葉を頭から信じるということでなく、現場の人達はこういう感覚で動いていたのかという情報として受け取るべきだとも。 いろんな情報に触れて、自分の考えを鍛えて行かなければ容易に流されてしまう時代に入っている。やはり読書は他のツールに比べるとまだまだ格段に有効だなと感じた。
松井 孝典
/ 集英社
(2012-02-17) /
777円
/ ISBN:9784087206319
「人間圏」という言葉が僕の頭に真っ先に思い浮かべさせたのは、クラークが「幼年期の終わり」で描いた惑星を覆う発光する進化した人類の集合体だ。あるいはエヴァンゲリオンAirのラストシーンで融合する人間たち、そして小松左京が描いたタイトルは忘れたけど拡大した人間の意識が月の裏側にまで達する描写。 そして宇宙がビッグバンから冷えること、地球がだんだんと冷えていくことは「分化」でありそこに「情報」が生まれる、という説明を聞けば、「だからクールっていうのか」なんて意味なく納得してみたり。 しかしネットを得た僕らは「均質化」し「拡大」に限界を感じている。なんてことだ、つい数日前に読み終えたばかりの「銃・病原菌・鉄」が提起した問題と見事にシンクロしているではないか。 「資源・エネルギー問題にしろ地球環境共問題にしろ、別の言い方をすれば、急激に拡大した人間圏に対して地球システムからの負のフィードバックがかかり始めたことにより生じた問題と言えます。いずれにしても共通しているのは、人間圏のあり方の変化なくしては解決できないということです」という著者の言葉はとても東洋的だと感じた。「人間よ、空気嫁」という地球の言葉を聞いた気がした。 原発事故によってすっかり科学に対する夢や希望を失いかけてしまっていたのだが、また明るい未来を信じてみようかなって気になった。それは科学とは宇宙の歴史を読み解くことであり、それは人間の認識を拡げること、すなわち日々の生活がより豊かになることだという認識(内部システム)を得ることができたからだ。
大島 堅一
/ 岩波書店
(2011-12-21) /
798円
/ ISBN:9784004313427
アメリカの軍産複合体になぞらえて「原子力複合体」と名付けられた日本のエリートたちの存在はこの1年であらゆるメディアが暴いてきた。だが彼らとて日本列島を破壊しようとして原発推進に勤しんできたわけでもない。彼らなりにさまざまなコスト計算をこねくり回し、日本の国力や経済力を発展させていくため、という大義名分を代々積み重ねてきただけに過ぎないのであろう。 問題は無競争による慣れ合いや慢心、無関心に誘導されてしまった国民感情など、時代が変わろうとも無謬主義を押し通してそれが良しとされてきた腐敗したエリートのあり方だったのだと思う。 この本に描かれる原子力発電の非効率の実態や、現実的に十分可能とされる脱原発、恒久的な節電や再生エネルギーシフトのヴィジョンは1年前の事故直後に僕らが目を覚まし、確信し、そして十分に決断したあの頃の気持ちを思い出させてくれる。その後に流された大量の「情報」を元とした日本経済を立ち直らせるための原発再稼働みたいな論調をもう一度踏んづけてしまうためには、ちょっと難しいこの本を読んでみることはとても有効だ。
中川 恵一
/ ベストセラーズ
(2012-01-07) /
800円
/ ISBN:9784584123584
年間100mmシーベルト以下のグレーゾーンについて、それは「直線閾値なし仮説」という放射線防護のポリシーであって科学的データに基づいているものではない、という説明は確かにわかりやすかった。そのグレーゾーンで長らく暮らすことになる僕ら日本人がいたずらに放射線ばかりを避け続けることで他のリスクを増やしてしまっては元も子もない、という主張には頷かざるをえない。ましてゼロリスクは逆にリスクを生むことは自明の理だろう。 だがしかし一方で、長崎広島の原爆における入市被爆者の多くが無料の医療を受け続けたことによって逆に日本一の長寿を手にしたという記述はどうなんだろう。しかも市民が「避難せずにそこに住み続けたこと」が逆に長寿を助けた、とさえ書かれている。無料で医療を受けることの効果は絶大、と言い添えられて。 著者は医者である。医者の目標は何であろうか。一口では答えられることではないだろうが、彼はおそらく「長生きさせること」と考えているのではないのか。だとすれば東京大学医学部で教えられていることは、僕の考える医療の本質からは程遠いものと言わざるを得ない。たとえ無料であろうと(いや無料であるからこそ)、若い頃から死ぬまで検査と投薬を受け続けながら不安に怯えながら長生きする人生なんてまっぴらごめんだからだ。しかもそれが禁煙や飲酒、暴飲暴食といった自分の責任ではなく、ある日空から降ってきた原爆や原発由来の物質のせいであればなおさらだ。 著者がある種の陰謀論的に政府の手先となり、国民を被曝させるためにこの本を書いた、とまでいえばそれこそ陰謀論だ。有り得ないと思う。おそらくは非常に真面目に自分の信じるところを広く知ってもらい、国民を落ち着かせるために一所懸命に著したに違いないのだ。だがその生真面目さにこそ僕らは漠然とした気味の悪さを感じ、なんだか居心地の悪い読後感を抱えてしまうこともまた事実だ。なにを浅学者がひねくれて、と非難されるかもしれないけど。 だが、知れば知るほど真実はわからなくなるものだ、ということこそが科学の本質の一つであることを知った人間ならば、著書のタイトルに気やすく「真実」などうたうことへの違和感は持って当然だろう。だから僕はこの本は科学の書ではないと感じた。科学的知識やデータを纏いながらもその実、著者の信じたい、著者にとっての「真実」を優しく語りかける「エッセイ」なのかもしれない。 それは長く放射線に関わりその根本に近づいたもののみが感じた「真実への遠大な距離感・絶望感」を自らなぐさめるために紡がれた夢物語のようでさえ。
たくき よしみつ
/ 講談社
(2011-10-14) /
1,680円
/ ISBN:9784062173193
メディアやネットを通してしか知ることのできなかった311以降の現地でいったい何が進行していたのか。そしてそれはその後どのような方向に動いているのか。本書の刊行は昨年9月なのでそれ以降については書かれていないが、村をめぐる状況が改善しているとは思えない。なぜならそこに打倒すべき「悪役」の姿が容易に特定できないからだ。 「善意と正義」から出発した意識がいつのまにか欺瞞の色に染まっていっても、それを止めることができなかった社会が原発を推進し、そして破滅させた。その意識が日本政府や東電、経済界のみならず受け入れた現地の自治体や住民をも巻き込んでいたことは開沼博氏の「フクシマ論」に描かれたことを裏付る。本書の直前に読んだ鈴木智彦著「ヤクザと原発」にて告発されていた多くの事柄がここにも登場し、それらが単なるうわさ話ではないことを僕に訴える。 原発のすぐ近くでありながら奇跡的に東京並みの線量という川内村での生活をつづけ、そこから情報を発信していこうという覚悟を決めた著者を誰も非難することはできないはずだ。 傍観者の僕らは出来事の中心から離れれば離れるほど、つい「味噌も糞も一緒」的な論理に囚われてしまう。声高に「フクシマは終わった」「東日本からすぐに避難すべき」「浜通りに最終処分場を置くべき」と叫ぶことの滑稽さに気づかせてくれるのも彼の決断あってのことだろう。 これだけの災害に直面しながら、まだオカミが何とかしてくれると信じ続けることってやっぱり異常なのだ。 いま僕らがはじめないといけないこと、それは「自らの判断のもと、自らの言葉で話をし、そんな人の話を聞く」ということなのだとつくづく思った。所属している組織の都合や、自分の仕事のメリット・デメリットだけで安易に自分の考えをねじ曲げ、平気で心にもないことを発言する世の中は、もうこりごりだ。そんなことやってたらいつまでたっても同じことの繰り返しだ。でももう次やったらおしまいだ。自分の言葉を持とう。個人に戻ろう。 そう明記してあったわけではないが、著者のそんなメッセージを僕はしっかりと受け取ったつもりだ。
鈴木 智彦
/ 文藝春秋
(2011-12-15) /
1,575円
/ ISBN:9784163747705
FUKUSHIMA50と呼ばれ、世界中からの賞賛を浴びた男たちがけっして表に出てこない理由、それは彼らの中にいてはならないヤクザものが入っていたからだ、という記述にはなるほどそうかもしれないと思わせられる。 「ヤクザと原発」の関係はなにも特殊なものではなく、昭和ならあたりまえだった「公共工事と町の顔役」の関係がいまでもずっと続いているだけなのだという。それは日本政府にとっても、地方自治体にとっても、地域の(一部の)人にとっても、彼らは「必要悪」として存在を許されてきたことだというわけだ。 なるほどこれはまるで「日本国民と原発」という関係と同じではないか。 ある種のタブーを抱えた汚れ仕事。しかし無くてはならない仕事。 そうやって世間に半ば諦められながら続いてきた関係性こそ、それが「ヤクザ」でありそして「原発」なのだと著者は訴える。 一方でそこで働く地元の若者たちは、当初、多くの情報を持たぬが故に純粋であり、郷土や愛する者のために自らの命を顧みず放射能や熱中症の現場に突入していく役回りだった。しかし時間が経つにつれ、東電や政府の危機感のなさや曖昧な方針にいつしか興醒めし、「昭和的な日常」が、この世の終わりのような原発事故の現場にさえ帰ってくる。あの悲惨な地獄絵図の大事故でさえ、日常を打ち負かすことができないとは。 そんなことを考えながらページをめくっていくのだが、著者の文体はあくまで明るく、軽妙ですらあり、ついちょっとした爽快感すら覚えながらあっという間に呼んでしまうのである。 だがしかし最終章。 そこに提示される事故現場における人間軽視のカラクリやあまりに杜撰な状況描写を前にすると、あっというまに暗鬱とした気分に陥る。福島第二原発でさえ実は水素爆発していたのではないのかという現場の噂を聞くにいたっては、おいおいニッポンは本当に大丈夫なのかよっていう、そうあの4月ころに皆が感じていた、まるで未来の見えない、目の前まっくらの気分に再び襲われながらそしてこの本は終わる。 なんとも冴えない気分で本を閉じることになった。 だがこれもひとつの現実であることには違いない。
安斎 育郎
/ 同時代社
(2011-04-26) /
1,260円
/ ISBN:9784886836960
とはいえ、この本もTwitterで薦められて購入したわけだが、非常に分かりやすい説明でいままで混同しがちであった用語や考え方について整理することができた(かと言ってすべてに賛同し信じたわけではない、著者もそういうことはやめろと言っているわけだし)。 タイトルから受ける印象と実際の内容とは多少乖離があるようで、「これから生活する上で必要となる放射能の知識」くらいの表現のほうが当たっていると思う。悲しい事だが、来年から中学高校の家庭科あたりで必須項目として学習してもらいたいくらいだ。 今年発刊された本ではなく、チェルノブイリ後に書かれ、今回増補されているわけだから、数十年の検証に耐えた古典的存在である意味で、なおさら貴重である。 内容とは関連しないが、専門家の言説に信頼をよせるかどうかの僕なりの見極めは、「断言しているかどうか」である。ブログやツイッターはもちろんのこと、紙の本であっても何かについて「断言」し、「言い切る」表現を多用する専門家(自称含め)の言説には眉に唾を数層敷き詰めて当たることにしている。 科学であれ文芸であれ、深く突き詰め、最先端を覗いたことのある者はけっして自説を頭から信じ、決めつけたり、ましてや誰かに押し付けたりはしないものだ。この本の著者のように。これだけは断言できる^^; 安斎先生は僕が通っていた立命館大学経済学部の教授であったということだが、恥ずかしながらそのお名前にはなんとなく記憶があるような気が、という程度でして、いま思えばあの頃もっと勉強しておけばよかったなあと、これも併せて今の学生にむけて断言させていただきます。
村山 斉
/ 講談社
(2011-07-21) /
861円
/ ISBN:9784062577311
原発事故以降、特に「科学」に対する不信感や過度な期待が交錯し、日本はまだ混乱の時期にあると思う。 そんな折にこそ科学の最先端の空気に触れてみることは、自分の中での判断基準を鋭くかつバランスさせることに重要ではないかと感じた。
水口 憲哉
/ 七つ森書館
(2011-07) /
1,470円
/ ISBN:9784822811358
驚愕すべきは、311前の講演ですでに六ヶ所村をはじめ各地の原発から大量の放射性物質が「日常的に」流されていた事実である。この事実を知ると知らぬとでは現在の脱原発運動、放射能忌避運動へのスタンスがまるで違ってくる。 つまりなにも食品にセシウムが混じり始めたのは、311の震災がきっかけではなかったということである。東電は究極の純粋悪であり、一方でひとつも悪いことをしていない善良な民が、その悪魔のエリート集団に無意味に虐められている、だから今は反逆の時である、我々が脱原発を主張すれば世の中はまともに戻ることだろう、といった単純なストーリーだけではけっして解決し得ぬ、高度成長時代の成功談の裏ストーリーがやはり厳然と存在している。煌びやかな成長の裏側にびっしりとこびりついた病因を直視せぬままこの問題を前進させることなどできないのだ。 複雑な社会構成において、それを許し続け、あるい単純な嘘に騙され続けてきた側の責任というものを痛感する。端的に表現すればそれは「無知の罪」である。情報社会においては、じゅうぶんな知る機会を得ながらもあえてそれを無視しつづけた者はもはや無垢ではないのである。そう、それは自分のことだ。
堀江 邦夫
/ 講談社
(2011-05-13) /
680円
/ ISBN:9784062770002
この本が優れているのは、反原発の活動家による告発ではないことである。たぶん僕と同じようなノンポリ青年がまるでインドの貧困を現地取材するようなタッチで、外から見ればあまりに異常な日常を淡々と描くところである。 だからこそ読者はそんな日記の描き出す原子力発電所という常軌を逸した世界を理解することができる。 21世紀に入っての原発事情はここに描かれた世界とは少しは改善されていたのだろうか。それは分からない。だが著者はあとがきで、311以降の福島原発ではさらに悲惨な状況が続いているはずだと訴えている。 詳しくは書かれていないがこの本を書いた後の著者の体も蝕まれ苦しんでいるようだ。 「311以前の日本に戻ることができたらいいのになあ」なんて考えてた自分を恥じる。なんのことはない、放射能まみれの世界はずっと続いてきていたのだ。爆発して広範囲に拡がっただけのことだったのだ。 もうひとつ。僕は地震と津波で破壊されるまで原発で行われている実態に気づかなかった。むしろ未来のエネルギーだと賞賛さえしていた。しかしそれは日雇い労働者たちの酷い現実によって支えられていたものだった。だとすれば今まさに僕らが賞賛しているテクノロジーだって実はそうなのかもしれない。 今度こそはそれが次なる災厄に至る前に知りたいし、知るべきなのだという思いにかられる。
長谷川 英祐
/ メディアファクトリー
(2010-12-21) /
777円
/ ISBN:9784840136617
文系の僕なんかがそんな研究から得るものがあるとすれば、「効率ばかり求めてせかせかしてんのは人間の一部だけさ」という、ちょっとした安心感だったり。 それにしても真面目な本かと思いきや途中からいきなり綾波レイとか出てきて著者が暴走していくあたりがちょっと意外な楽しい読み物でした。そして読後にはちょっとした哲学書を手にしたような希望をも持たせてくれたりで、楽しかった。
本川 達雄
/ 新潮社
(2011-06) /
777円
/ ISBN:9784106104237
「私」の範囲をもっと広げて考えようという著者の提言に共感。確かに長寿を目指す現代人とは、祖先から子孫へと紡がれていく生命のリレーの中の自分のパートだけを殊更に自由に長く楽しもうとしているのかもしれない。 一方で、震災で故郷が破壊された人たちの感じる喪失感は、彼らがその住環境まで含めて「私」だと考えていたからなのだとも。 後段の定年後の生き方への提言は、自分も15年後にはそうしたい、と思わせる内容でした。若いもんにはまだまだ負けん、生涯現役だと血気盛んな団塊の世代に圧倒されている方がいたらさりげなくこの本をプレゼントするのも良いかもです^^ 新書の楽しみは異なる分野の専門家の言葉の中にこそ、新しいヒントを見つけることができることかなとあらためて感じた。
開沼 博
/ 青土社
(2011-06-16) /
2,310円
/ ISBN:9784791766109
著者の分析手法をとれば、日本のさまざまな問題を同じ視座で明らかにすることが可能になるのではなかろうか。 ぜひ今後の活躍に期待したい。 巷にあふれる原発解説びとたち、この本を読む前と読んだ後では、その発言のトーンは変わらざるをえないにちがいない。たとえ主張や結論は同じでも。 時間をみてきっちり再読しなければならない書。
佐野 眞一
/ 講談社
(2011-06-17) /
1,575円
/ ISBN:9784062170383
しかし後半の原発に読み進むと、実は明治から脈々と受け継がれてる日本の歴史に裏打ちされたフクシマという構図が見えてきてしまい、思わず体中の筋肉が硬直してしまう。 まさに高度成長時代と原発とはリンクしていたのだ。原発だけを悪と断ずれば、平成のライフスタイルを継続できると考えていた自分の浅はかさを恥じいる思い。巻末にて紹介されていた開沼博の「フクシマ」論をさっそく購入したのはいうまでもない。著者の「巨怪伝」も同時に。
広瀬 隆
/ 朝日新聞出版
(2011-05-13) /
777円
/ ISBN:9784022733986
書いてある内容を検証したわけではないので頭から信じきるのもどうかと思いつつ、やはり震撼すべき情況に、今ある原発はとりあえずフクシマ後の視点で総点検だよな、と思わせられる。 かといって周りの人に「必読の書です」と言って回る勇気はまだ、ない。
田沼 靖一
/ 幻冬舎
(2010-07) /
756円
/ ISBN:9784344981812
朝永 振一郎
/ 岩波書店
(1979-05-21) /
840円
/ ISBN:9784004200857
朝永 振一郎
/ 岩波書店
(1979-11-20) /
840円
/ ISBN:9784004200864
日垣 隆
/ ワック
(2007-04) /
900円
/ ISBN:9784898315613
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